第三十二話
ランツァウ外相の発言に日本は勿論、連合国は混乱する。
「他の事には我がドイツも従いますが、これに関しては譲れる事はありません」
ランツァウ外相の言葉に伊藤はチラリとロイド・ジョージ首相を見る。ロイド・ジョージは少しだけ頷いた。
「……分かりました。ですが二隻ではなく一隻で構いません」
(……ほぅ、ドイツの面目を保たせたか)
伊藤の言葉にロイド・ジョージは内心、伊藤に感心していた。だがフランスとしては面白くない。クレマンソー首相は反論しようとしたがロイド・ジョージに押さえられた。
「反論するのは国民の願いか? それとも一個人の感情か? ユトランド沖に参加していない国の口出しは御免被る」
「………」
ロイド・ジョージの言葉にクレマンソーは反論する事なく黙ったままだった。その後の会議はほぼ史実通りになる。ちなみに領土に関しては南洋諸島とニューブリテン島にニューアイルランド島だった。
遣欧軍等を派遣した成果が徐々にだが出てきていた。しかし、これに異を唱える国がオーストラリアである。オーストラリアの主張は「ビスマルク諸島等は我がオーストラリアが大戦が始まると占領した領土でありそれらの領土は我がオーストラリアとするべきである」との事だった。
流石に二島もは強引だとは伊藤も思った。しかし、イギリスとしては「わざわざ極東から十数万の援軍と艦隊を派遣してくれたのだからその恩に報いなければならない」のでありオーストラリアの要求は甚だ却下とされる。また、山東問題では袁世凱との交渉で日本が一時的に青島を占領していたが中華民国に返還する事になる。此処までは順調だった。(人種差別撤廃案は史実通り否決されている)それを乱す国がいた。
「我が大韓帝国は日本に有利な条約によって外交権を接収された。是非とも我が大韓帝国の外交権回復を御願いしたい」
皇帝高宗の密命を帯びた密使が講和会議となるフランス外務省の前に陣取り公然と活動を始めたのである。
「何で大韓帝国が此処にいるんだ!!」
伊藤は思わず叫んでしまうほどである。そして大韓帝国の活動は直ぐに終了させられたが会議でオーストラリア首相のビリー・ヒューズは改めて二島の割譲は承知しないと叫ぶ。
「躾が出来ない国に二島を渡す事は出来ない」
「………」
まさかの大韓帝国の登場に伊藤は頭を抱えてしまうが気を取り直す。
「それならばニューアイルランドはオーストラリア領で構わないです」
「……うむ(くそ、日本に借りが出来てしまう。ヒューズめ……)」
伊藤の提案にロイド・ジョージは頷く。しかしヒューズは譲歩した事に活路を見いだせたと判断したのか更に捲し立てる。
「我がオーストラリアが要求するのは二島だ。それ以外にない!!」
「我がフランスも賛同だ。それに大韓帝国の主張も日本は取り入れるべきではないのかね?」
そこへこれまで口を出さなかったクレマンソーが口を開いて反撃する。クレマンソーの反撃にロイド・ジョージは内心舌打ちをする。
(日本との仲を引っかけ回す気だな)
ロイド・ジョージは一旦休憩としてヒューズを呼び出して怒号を含む叱責した。
「貴様は日本とイギリスの同盟を潰す気か!! わざわざ極東から援軍を持ってきた恩に報いなければならないのに貴様はどうしようもない要求をしよって!! そもそもオーストラリアは自治領だろう!! 貴様こそ何様のつもりだ!! 場合によって東洋艦隊を編成してシドニー沖に向かわせるぞ!!」
ロイド・ジョージの怒号にヒューズも流石にマズイと思ったのか二島の割譲を取り下げるのであった。そして六月二十八日、連合国とドイツの間で講和条約が締結された。ヴェルサイユ条約である。なお、その七日前の六月二十一日にスカパ・フローに抑留されていたドイツ艦隊は全艦艇が接収され分配されるのを恐れて一斉に自沈してしまう。
しかし、日本が賠償艦として通告された巡洋戦艦デアフリンガーは自沈せずにそのままとされていたので座礁以外で唯一の残存艦である。なお、他にもUボートのU-125を筆頭に七隻のUボートが賠償艦として日本に与えられ日本に回航されたのであった。
一方で今、日本が頭を抱えているのは大韓帝国の対応だった。
「……三好君、どう対処するかね?」
「保護国で終わりでいいんですほんとに。併合は絶対に反対です」
首相官邸で伊藤達はそう話していた。
「既に日本に多くの朝鮮人が密入国しているが、見つけ次第逮捕、強制送還をしているが……」
「軽工業まで育て上げたのに……掌返しか」
「本当にどうする? よもや向こうが勝手に暴走して戦争とはならないと思うが……」
「言霊って怖いですからそう言うのはやめましょう」
「……不謹慎だったな。済まない」
将和の言葉に加藤大臣は謝罪する。しかし、高宗は何と日本に対して宣戦布告を宣言もする。これには流石の将和も唖然としてしまう。
「何でやねん……」
一方、高宗としてはパリ講和会議でまさか半分成功するとは思ってもなかった。ハーグの時のように各国から無視されると思っていたからだ。
「これは好機かもしれない。今、立ち上がれば我々を擁護してくれたフランスやオーストラリアが後押しをしてくれるかもしれない」
しかし事態は高宗の思惑通りに進まなかった。高宗は史実より遅いが七月にこの世を去ってしてしまうのである。大韓帝国は振り上げた腕を降ろせなくなってしまったのだ。
それに対して日本は関東州から一個連隊、内地から二個師団と海軍陸戦隊一個大隊がそれぞれ朝鮮半島の釜山、仁川、蔚珍に上陸してソウルを目指した。
大韓帝国軍は迎え撃とうとしたが国民の大部分を占める白丁(農奴・所謂奴隷階級)等が大韓帝国軍に反発して大韓帝国軍を妨害、日本軍を迎え入れたりしたのである。これ等などにより日本軍は予想以上早くにソウルに入城したのである。
なお、この戦争にフランスやオーストラリアが干渉してくる事はなかった。裏でイギリスが自制を促していたおかげであった。
「骨折り損だが……これで貸し借りは無くなったな」
報告を聞いたロイド・ジョージはホッと溜め息を吐いたのであった。
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