第二十八話
時系列的に先にこっちを見てから27.5話のがいいかも。
パッシェンデールの戦いから十日あまりの後、イギリス軍の攻勢作戦としてカンブレーの戦いが発生する。この作戦には遣欧軍は投入されなかった。パッシェンデールでの被害が大きかったのも一因である。
そのため、カンブレーの戦いには観戦武官を派遣して詳しい状況を調べるのであった。このカンブレーの戦いには世界初となる大規模な戦車の投入が行われた戦いでもある。
「戦車の有用性が認識されるな。これはこれからの戦いは変わる」
「うむ。是非とも戦車は我が軍でも導入すべきだろう」
観戦武官として参戦した東條や永田達はそう話し合うのである。一方でドイツ軍は西部戦線としては初めて突撃歩兵による浸透戦術を使用した。これは第二次世界大戦に機甲師団が登場するまでの歩兵戦術の基本と見なされるのであった。
「……遣欧軍の損害が酷いな……」
東京の首相官邸で首相の伊藤博文は陸海の首脳を集めていた。特に陸軍の山縣有朋は陸軍の損害に頭を悩ませていた。
「ヴェルダンの喪失が痛いな……」
「ですがヴェルダンのは予想出来ませんでした」
累計としては既に四個師団が欧州で倒れている。
「引き揚げるのは少々難しいのでは?」
「いや、手はある」
「それは……?」
伊藤の言葉に山縣は伊藤に視線を向ける。
「三好君の情報だと来年の八月にロシア革命に対する干渉戦争のシベリア出兵がある」
「……成る程。シベリアは我が国に近いから引き揚げる口実にはなりますな」
伊藤の言葉に山縣は納得する。
「だがその前にドイツ軍の最後の攻勢がある。それに粘って引き揚げるしかない」
「既に交代師団として第三師団、第十師団の二個師団が欧州に出発してそろそろフランスに到着するだろう。第八師団と第十一師団は引き揚げる」
「準備はしませんとな……それに何やら陸さんはロシアでコソコソしていると聞きますがね」
「……何の事かね?」
海軍大臣加藤友三郎の言葉に山縣は視線をそらす。何かをしている事は間違いなかった。
「まぁ宜しい。兎に角、もう一踏ん張りだ」
伊藤はそう締め括ったのであった。そして1918年の幕が開ける。1918年三月三日、中央同盟国(ドイツ・オーストリア=ハンガリー帝国・オスマン帝国・ブルガリア王国)はロシア共和国及びウクライナ人民共和国のボリシェヴィキ政府(ソ連の前身)と講話を結んだ。後に言うブレスト=リトフスク条約である。
この講話条約によってロシアは第一次世界大戦から正式に離脱。更にフィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ウクライナ及びトルコとの国境付近のアルダハン、カルス、バトゥミに対する全ての権利を放棄してトルコとの国境地域を除くそれらの大部分の地域は事実上ドイツ帝国に割譲されたのである。これによりドイツ軍の影響下に入った地域では次々と独立国家が誕生する事になる。
また、八月二十七日にベルリンで調印された追加条約でロシアに多額の賠償金の支払いが課せられる。ロシアの正式な離脱で連合軍は大いに慌てた。
「東部戦線にいる兵力が西部戦線に集中されるぞ」
「ルーデンドルフめ、中々の策略じゃないか」
事実、西部戦線のドイツ軍は英仏軍と比べて数的優位を作っていた。ルーデンドルフのドイツ軍が着々と攻勢の準備を進める中、連合軍は未だに士気と統一指揮権を巡って問題が発生していた。
「さっさと決めろ!! ぐずぐずしているとドイツ軍がパリにまで来るぞ!!」
遂には上原も指揮権を巡るイギリスとフランスに怒り出す。だが決まる前にドイツ軍が動いた。三月二十一日、ミヒャエル作戦が発動、ドイツ軍はアミアンの鉄道結節点のイギリス軍に対して攻撃が開始される。この戦いではドイツ初の戦車A7Vも投入されている。この攻勢でドイツ軍は60キロという空前の前進を達成した。(1914年以来)
快進撃を続けるドイツ軍は遂にパリの120キロ圏内へと進撃してとある列車砲をパリに照準した。パリ砲である。口径は210ミリではあるが有効射程はなんと130キロという超長砲身の大砲である。
この砲はパリに合計183発の砲弾を叩き込んだ。この砲撃で多くのパリ市民がパリから脱出する。連合軍はパリ砲を破壊するために航空隊を出撃させる。その中には第一航空隊も含まれていた。
「敵機発見!!」
上空の雲に隠れてきたフォッカーDr.1、D.7、アルバトロスD.2、D.3らが急降下してくる。将和らは回避機動して難を逃れる。
「向こうも新型だが此方も新型だ!!」
第一航空隊にも僅か九機だがスパッドS.13が配備されていた。将和はフォッカーDr.1に追いつき、二丁に増やされたヴィッカース七.七ミリ機銃を叩き込んだ。Dr.1はエンジンから火を噴き出して爆発四散する。脱出用のパラシュートが無いパイロットは吹き飛ばされて地面に墜落死するのが運命である。
「攻撃隊は……」
将和らの任務は爆撃隊のブレゲー14二四機の護衛である。数機のブレゲー14が火を噴いて墜落しつつあった。ドイツ戦闘機の攻撃を受けたのであろう。
「クソッタレ!!」
将和は罵倒しつつDr.1やD.2等を追い払い、撃墜したりして爆撃進路を何とか確保する。
「投下!!」
ブレゲー14から次々と小型爆弾が投下されていき、パリ砲付近に着弾していく。
「戦果は……分からんか」
着弾してもパリ砲の超長砲身はパリに向いたままである。将和らは仕方なく帰還するのであった。多くのドイツ国民はヴィルヘルム二世が三月二十四日を国民の祝日とすること宣言していたので戦争の勝利を確信していた。しかし速い進撃速度に補給線が追い付かず更に激しい消耗で攻勢は止まってしまうのである。
「〇〇新聞です!! 三好大佐、今日は何機落としましたか?」
「〇〇新聞です!! 既に撃墜数が九十を越えていますが今の心境は?」
「三好大佐!!」
「三好大佐!!」
将和が飛行場に帰還すると日本からやってきた従軍記者達に囲まれてしまう。前年の戦闘前に撮られた夕夏との写真が内地で大々的に報じられ将和は連日のように記者達に追い回されていた。
「全く……記者達は元気なものだよ」
「まぁそれが新聞の仕事ですから」
記者達から逃げ切った将和は夕夏と自室で話をしていた。
「もう少し、新聞は戦争の事にでも目を向けてほしいがね」
「残念。新聞というのは読者に売れる記事を書きたいのさ」
「「!?」」
不意に窓際から声が聞こえた。窓から顔を出すとそこには中折れ帽を被った一人の外人がいた。
「私はアメリカのジャーナリスト、ラッセル・ウィルソン。マサカズ・ミヨシキャプテンとお見受けする」
「……アメリカのジャーナリストがどうして自分に?」
「なに、世界の撃墜王と呼ばれるミヨシキャプテンに会いに来ただけだよ」
ラッセルはニヤリと笑うのであった。
「ついでなんだがその赤ん坊はどうした?」
ラッセルの視線は夕夏が抱く赤ん坊にあった。ラッセルの指摘に二人は照れながら答えた。
「俺達の子ども」
「……日本人って進んでいるのか?」
そう呟くラッセルだった。
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