第二十三話
ビーティを失ったイギリス艦隊ではあるがジェリコー大将の指揮の元、何とか統制の回復はしていた。しかし1913時にヒッパーの突入――「死の騎行」――によりシェアの主力部隊は敵前での困難な右一斉回頭を成し遂げイギリス艦隊の追撃を振り切る事が出来た。だが大洋艦隊はまだ安全ではなかった。
「突撃!! シェアに楔を撃ち込め!!」
日本海軍の遣欧艦隊である。遣欧艦隊の砲撃に反撃出来たのは満身創痍の偵察部隊と旧式戦艦からなるモーフェ少将の第二戦隊だけだった。戦艦河内の砲撃で戦艦ポンメルンを中破させた。遣欧艦隊が大洋艦隊を抑えている間にジェリコーの部隊も追いつくが2024時から日が落ち始め、艦艇の区別がつかなくなりジェリコーは追撃を断念して南に転進した。今度こそ大洋艦隊は離脱に成功したかに見えた。しかし遣欧艦隊の攻撃はこれからであった。
「訓練の成果を見せる時が来たぞ!!」
防護巡洋艦平戸率いる水雷戦隊の突撃であった。平戸は探照灯を照射して水雷戦隊の突撃を手助けを行う。
「平戸に構うな!! 駆逐艦は突撃せよ!!」
平戸の艦橋で水雷戦隊司令官の岡田啓介少将は吠える。無論、探照灯を照射する平戸にドイツ艦隊は砲撃を集中する。だが駆逐艦部隊は四五サンチ魚雷を距離四千で発射して離脱、72本の魚雷は大洋艦隊に突き刺さった。
「命中、命中!!」
「そうか……」
炎上する平戸で負傷した岡田少将は見張り員の報告にニヤリと笑う。水雷戦隊が放った魚雷は戦艦ヘルゴラント、ポーゼン、ラインラントに命中。三隻は大傾斜をして総員退艦が発令されるのであった。
「長官、今がチャンスです!! 突撃しましょう!!」
「駄目だ、夜戦に馴れていない我々ではトチナイの遣欧艦隊の足を引っ張る事になる」
旗艦アイアン・デュークの艦橋で参謀達の具申にジェリコーはそう判断していた。確かに本国艦隊は夜戦に馴れていなかった。
「ですが援護くらいは出来るはずです!!」
「……分かった。遣欧艦隊に任せるのは癪だが援護に回ろう」
ジェリコーはそう判断するが別の部隊がジェリコーに押し寄せた。満身創痍のヒッパーの偵察部隊である。ヒッパーは巡洋戦艦を下がらせて軽巡と駆逐艦のみで突撃してきたのだ。
「せめて一撃を食らわせる!!」
偵察部隊の突撃にジェリコーの主力部隊は舵を切るがその先は――大洋艦隊の方向だった。ジェリコーの主力部隊が向かってくる事にシェアはヒッパーに感謝した。
「助かるヒッパー。全艦、探照灯を照射!! ジェリコーを仕留めろ!!」
探照灯によりジェリコーの旗艦アイアン・デュークは闇夜の中から映し出されドイツ艦隊からの砲撃が集中してしまう。そして戦艦ケーニヒから放たれた305ミリ砲弾がアイアン・デュークの艦橋に飛び込みジェリコーを吹き飛ばしたのであった。
「ジェリコー長官戦死!!」
炎上するアイアン・デュークからもたらされた情報にイギリス艦隊は混乱する。第四戦艦戦隊司令官のダブトン・スターディー中将が直ぐ様指揮を継承するがその混乱をシェアは見逃さなかった。
「突撃!! ジョンブルを沈めろ!!」
大洋艦隊は混乱する大艦隊に突撃するがそれを抑える艦隊もいた。遣欧艦隊である。
「大艦隊を逃せ!! ドイツ艦隊の好きにさせるな!!」
金剛型四隻、河内型二隻を主力とする遣欧艦隊は第六戦艦隊のカイザー・カイザリンを砲撃、二隻とも複数の直撃弾を受けて転覆。脱出した第六戦艦隊司令官ノルトマン少将も波間に消えたのである。
「ヤーパンの戦艦に集中砲撃!!」
シェアは遣欧艦隊が厄介になると判断して遣欧艦隊に照準を合わせる。このおかげでスターディー中将は大艦隊を纏める事に成功した。しかし遣欧艦隊は大洋艦隊からの砲撃が集中、比叡は二本の煙突が吹き飛ばされ榛名は速力が低下する。
そして将和が艦長をする霧島にも命中弾を受けた。最初は何か分からなかったが次第に『霧島が揺れた』そう判断した時、将和は床に倒れていた。
「艦長!?」
誰かに起こされる感触がある。将和は一瞬、何が起きたか分からなかった。しかし再び揺れた感触に記憶が思い出す。
霧島の艦橋直下に直撃弾があったのだ。幸いにも砲弾は不発だったが将和らを床に叩きつける事には成功していた。
「艦長!?」
七田航海長に起こされた将和は脳をフル回転させる。
「……被害知らせ!」
「艦橋直下のは不発、四番砲塔に直撃弾。四番砲塔は使用不能、火災が弾薬庫に迫る勢いとの事です!!」
「四番砲塔弾薬庫に緊急注水だ!」
「し、しかしそれでは霧島は砲戦能力の一つを……」
「砲一つと乗員、霧島のどっちが大事だ!!」
将和の叫びに七田航海長は息を呑む。将和の気迫に押されてしまったのだ。
「四番砲塔弾薬庫に緊急注水!!」
『緊急注水!!』
直ちに四番砲塔弾薬庫に注水される。この注水で霧島は爆沈という事態からは免れた。
「使える火器は全部敵に叩きつけろ!!」
将和は落ちていた帽子を拾い被る。
「霧島が簡単に沈むか!!」
将和の叫びに答えるかのように霧島の二番砲が射撃を開始するのであった。一方、スターディー中将は艦隊を纏めてドイツ艦隊の後方に回ろうとしていた。
「遣欧艦隊には悪いが囮となってもらう。大洋艦隊を逃すわけにはいかん!!」
しかしシェアは包囲されつつある事に気付き、艦隊を反転させて退避行動に移った。
『ドイツ艦隊が反転します!!』
「逃がさんぞ!!」
中破していた金剛の艦橋で栃内大将はそう叫び、大洋艦隊に食らいつこうとする。遣欧艦隊の砲撃でハノーファー、チューリンゲン、オストフリースラントが砲撃機能を失い炎上するのであった。しかし大洋艦隊も反撃して装甲巡洋艦八雲と出雲が被弾炎上したが沈没する気配はなかった。0200時には第一巡洋艦戦隊のブラック・プリンスがオルデンブルクの砲撃で致命傷を受けて轟沈してしまう。
仇とばかりにイギリス第十二水雷戦隊が大洋艦隊に魚雷を発射するが軽巡ロストックとエルビングを波間に沈めるのみだった。他はリュッツォウとチューリンゲンが生存者の退艦後に金剛型、河内型六隻による砲撃自沈したくらいだった。
結局大洋艦隊は夜の闇に紛れて撤退、スターディー中将の艦隊も追撃していた遣欧艦隊と合流後の夜明けに帰還するのであった。このユトランド沖海戦でイギリスはビーティとジェリコーの将の戦死の他に史実より少し上回る喪失をした。しかしドイツも史実より上回る喪失をしたので引き分けに近い海戦であった。
遣欧艦隊も六隻の戦艦は中破以上の損害であり八雲、出雲も中破、平戸は沈没するも岡田少将は救助され駆逐艦は三隻が撃沈する被害だった。
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