第二十話
年は1916年の一月となっていた。三好と夕夏は三好が退院した後も頻繁に会っていた。
「そうですか夕夏さんは向日葵が好きなんですか」
「えぇ、家族で一度一面の向日葵畑を見に行った時に感動して……兄が戦死した時も沈んだ私の気持ちを向日葵は和らげてくれました」
「……お兄さんは戦争で?」
「……旅順で戦死しました」
「……すいません、変な事を聞いてしまって」
「いいんですよ。もう十年も前の事ですから」
(やっべー、地雷だった……)
そんな事をしている二人だった。ちなみに三好の深酒は夕夏が止めさせた。
「酒、飲み過ぎは駄目ですよ?」
「は、はひ……」
なお、薙刀で首元に添えられている状態である。
「あの……何故薙刀があるので?」
「近所に剣道場がありましたので、習いました。師範を越えましたね。ちなみに万が一に備えての薙刀配布ですので」
そんな光景を部下達は安堵していた。
「漸く隊長にも嫁の貰い手が……」
「隊長が独り身だと既婚者の我々が……な?」
「そのためには隊長を何としても敵機から守らなければ……」
「まぁ大抵落とすけどな隊長が」
「ですよね」
安心する部下達である。それはさておき、三好達の部隊にも新型機が配備された。フランスのニューポール11戦闘機である。
(まだプロペラ同調装置が無いからなぁ……もう少しの辛抱だな)
ニューポール11戦闘機を見つつ三好はそう思う。そして他にも日本から漸く二個師団がフランスに援軍の先遣隊として到着していた。先遣隊は第二師団と第六師団である。先遣隊司令官には先の青島攻略で活躍した神尾中将であった。
先遣隊には独自の指揮権は無くフランス軍が指揮をしていた。日本は独自の指揮権を要求したが、フランス側に「ヨーロッパの戦争を体験していない国に独自指揮権など無い」と言われ、イギリス側も日本に説得に当たり単に日本の外交負けである。フランス陸軍最高司令官のジョゼフ・ジョフルから言い渡されたその派遣された先はヴェルダンであった。
「ジョフルの野郎……」
二個師団の派遣場所を知った将和はどうにかしようとしたが今の将和は一介の少佐で(1915年十二月に昇進していた)ありどうにもする事が出来なかった。
そして二月二一日、ドイツ軍はヴェルダン要塞に対して攻撃を開始した。
「流石はドイツか……青島より強力だな」
二四日ドゥオモン要塞に立て籠る日本軍欧州先遣隊司令官の神尾中将はそう呟いた。連続に降り注ぐ重砲弾にコンクリートの要塞は打ち砕けなかった。
「配置急げ。奴等は来るぞ」
兵達は三八式歩兵銃、三年式機関銃、十三年式機関銃、マ式重機関銃、三八式野砲(仏式野砲のライセンス生産)、四一式山砲、三八式十二サンチ榴弾砲等を用意する。
『フラーーー!!』
そして突撃してくるドイツ軍の襲撃隊(約百名)は機関銃の銃撃で壊滅する。ドゥオモン要塞に日本軍がいる事を知ったドイツ軍は二個師団を差し向けてドゥオモン要塞を攻略しようとした。しかし、日本軍の激しい抵抗により二個師団は壊滅的打撃を与えられ、対する日本軍の損害は死傷者が僅かである。
「ドゥオモン要塞を何としても攻略せよ」
ドイツ皇太子ヴィルヘルム中将は総力を挙げてドゥオモン要塞攻略を指令した。ドイツ航空隊もドゥオモン要塞上空に飛来し将和達の日本航空隊もドイツ航空隊を蹴散らすために飛来する。
「落ちろォ!!」
将和が乗るニューポール11の十三年式機関銃が火を噴いてフォッカーE1に機銃弾を叩き込み火を噴かせる。
「日本の戦闘機だ!!」
「もしかしたら三好少佐かもしれんぞ!!」
三好の眼下のドゥオモン要塞に立て籠る日本軍は航空隊の空戦を見て士気をあげる。ドイツ航空隊は更なる部隊を送り込むが将和達が乗るニューポール11の前では敵ではなかった。
三月、ヴェルダン要塞司令官にフィリップ・ペタン将軍が当てられた。この時点でもドゥオモン要塞は陥落せず日本の二個師団と共にフランス軍の第一戦列歩兵連隊、第一二六歩兵連隊、第一五二歩兵連隊が守備をしている。しかしドイツ軍の大半の重砲隊、師団がドゥオモン要塞に集中した事により要塞の各所は破壊され死傷者が続出した。
三月末、神尾中将はドゥオモン要塞の撤退をペタンに具申した。その電文はロベール・ジョルジュ・ニヴェルの元にも届いていた。
「仕方ない。撤退を許可する」
しかし、その撤退の命令を伝えようにもドゥオモン要塞との連絡線が途切れていた。ペタンらは伝令をも出したがドイツ軍に射殺されたのである。
「日本軍を生きて帰すな!! 黄色い猿を捕虜にして宣伝させてやる」
皇太子ヴィルヘルム中将はそう叫ぶ。東洋からの援軍だろうが何としても叩き潰す必要があった。ドイツ軍はドゥオモン要塞の周囲を包囲して残存遣欧軍を攻撃する。
「司令官、伊地区が占領されました。生存者はいません」
「閣下、既に兵力は一個大隊とフランス軍の一個残存歩兵中隊しかおりません」
「……そうか」
参謀の言葉に神尾は頷いた。既に先遣隊の二個師団はほぼ壊滅しており、負傷者は後方に退避していた。そして参謀の一人である東條英機歩兵大尉に視線を向ける。
「東條参謀、我々が敵の包囲に穴を開ける。君は残りの負傷兵と共に後退せよ。そして陛下に先遣隊の全てを語ってくれ」
「閣下、自分は残ります!!」
「君には子どもがいるだろう。その子のために生きて帰るんだ」
「閣下……」
「行きたまえ」
東條は涙を流しながら神尾中将達と最後の別れをして負傷兵と共に後退する準備をする。
「フランス軍残存部隊にも負傷兵と共に後退するよう言ってくれ。責任は全て私が取る」
しかしフランス頃残存部隊は後退するどころか司令室になだれ込んだ。
「閣下、我等は最期まで閣下にお供致します」
負傷した大尉のフランス兵はにこやかにそう告げる。また残存部隊も後退する気は更々なかった。
「……馬鹿野郎」
そう言う神尾中将だったが苦笑していた。
「通信兵、平文で構わないから最大出力で後方のフランス軍に知らせてやれ」
「了解!!」
ドゥオモン要塞司令部から放たれる電文は第一次大戦を通じて一つの悲劇と語られる。電文は以下の通りである。
『サクラサクラサクラ、我、武器弾薬欠乏セルモ士気高揚也、サレド兵ノ欠乏ノタメ後退許可願ウモフランス軍最高司令官ノ許可降リズ、我、ドゥオモン要塞ニテ、フランス第一戦列歩兵連隊、第一二六歩兵連隊、第一五二歩兵連隊残存部隊ト共ニ最後ノ突撃ヲ敢行ス。天皇陛下万歳、オ父サン、オ母サン、先逝ク私ヲオ許シ下サイサヨウナラ、日本ノサクラハ綺麗デショウカ、サクラサクラサクラ』
「総員、斬り込み用意」
その命令に薩摩隼人の歩兵第四五連隊の残存兵は歩兵第六五連隊の負傷兵達に声をかける。
「おはんらははよぅ行けぇ」
「五月蝿い。俺達は最期まで戦う」
「此処からは捨て奸の出番じゃ」
「そうじゃ。おはんらはよう戦った」
先遣隊は幕末から仲が悪い会津と薩摩だったがドゥオモン要塞の戦闘で奇妙な仲となり幕末からの仲はほぼ解消されていた。
「はよぅ行け」
「……死ぬなよ。帰ったら一杯飲もう」
「焼酎に叶わんがまぁそれもよかと」
会津と薩摩の兵はにこやかに笑い会津の負傷兵は後退する。
「欧州で捨て奸とはのぅ」
「島津の豊久様も関ヶ原の戦でこんな気持ちだったかもしれんでごわすな」
「違いなか!!」
薩摩隼人の兵達はそう言って笑う。
「ならば薩摩此処にありを示そう」
「うむ。ドイツ軍、見ちょれよ!!」
そして突撃ラッパが鳴る。
「此処が死に場所だ!! ドイツの奴等においどんらの存在を知らしめろ!! 薩摩を、日本をみくびっどじゃなかどォ!!」
『オオォォォォォーーー!!』
そして神尾中将以下ドゥオモン要塞の残存部隊はドイツ軍陣地に銃剣突撃を敢行。包囲に穴を開けて東條参謀達負傷兵を後方に逃すと再びドイツ軍へ銃剣突撃を敢行する。ドイツ軍は約三百数名の損害を出すもドゥオモン要塞の残存部隊は全滅するのであった。
「くそ!!」
全滅の報を聞いた将和は食堂のテーブルを叩きつけた。周りにいたパイロット達も報を聞いて悲痛な表情をしている。
(救えなかった……もう少し早く気付ければ……)
将和は食堂から日本酒を貰いやけ酒する事にした。部屋に戻ると部屋の前に看護婦姿の夕夏がいた。
「どうしました夕夏さん?」
「酒の御相手、しますよ?」
「……すみません」
将和は夕夏を招き入れた。数十分が経過する。コップに注いだ日本酒を将和は一気に飲み干す。
「もう少し早くに救出出来れば……」
「そうですね」
「くぅ……」
飲み過ぎた将和はテーブルに身体を預ける。暫くすると寝息が聞こえてくる。夕夏は毛布を将和にかけて部屋を後にする。
「……無理はなさらないで下さいね」
夕夏はそう呟くのであった。なお、一升瓶を空にしても夕夏は酔っていなかったのである。
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