第十二話
ロシア海軍バルチック艦隊第一戦艦隊旗艦クニャージ・スヴォーロフに砲弾が命中し、クニャージ・スヴォーロフは火災が発生した。
「命中です!! クニャージ・スヴォーロフに火災を視認!!」
長谷川少尉候補生が叫んだ。
「クニャージ・スヴォーロフとオスリャービャに砲撃を集中させよ!!」
東郷長官が叫んだ。
「は、はい!! 照準をクニャージ・スヴォーロフとオスリャービャに合わせろ!!」
三好はそう指示を出して第一戦隊はクニャージ・スヴォーロフとオスリャービャに砲撃を集中させる。
「用ぉぉぉ意――」
その時、クニャージ・スヴォーロフから放たれた砲弾が右舷後部の十五.二センチ単装砲に命中した。砲員達は瞬く間に肉片に変えられて戦死した。更に、他の参謀達がいる司令塔にも砲弾が命中した。
『司令塔負傷者ありィィィーーー!!』
破片を受けて頭から血を流している水兵が伝声管に向かって叫ぶ。その水兵の周りには呻き声をあげる参謀達が倒れていた。
「看護兵は負傷者を運べ!! 消火急げッ!!」
三好は伝声管に怒鳴る。それに呼応するかのように水兵達が慌ただしく動き回り消火活動をしていく。
「艦長代理、バルチック艦隊との距離をつめよ!!」
「了解!! バルチック艦隊と距離を詰めろ!!」
東郷長官の命令で第一戦隊はバルチック艦隊との距離を詰めていく。第一戦隊が詰めてくるの気付いたバルチック艦隊は更なる砲撃を展開する。そしてその頃には第二戦隊の回頭も終了してバルチック艦隊に砲撃を開始した。
第一戦隊は砲撃をしながら14時35分が過ぎた。
「三好、東に転針せよ」
「東ですか?」
「そうだ」
東郷長官が頷いた。
「分かりました。操艦手!! 東に転針!!」
三好は伝声管に怒鳴り操艦手に伝える。
『ヨーソロー!!』
第一戦隊は東に転針をして14時43分になった。
「三好、東南東へ転針せよ」
「分かりました。東南東へ転針!!」
第一戦隊は東南東に転針をした。これによりバルチック艦隊の頭を抑える「イ字」(不完全な「丁字」)の形への遷移を行 い、バルチック艦隊のウラジオストックへの進路も遮蔽していったのである。
『一番主砲用意完了!!』
『二番主砲用意完了!!』
「撃ェッ!!」
主砲の三十.五センチ連装砲が砲撃する。そのうちの二発がクニャージ・スヴォーロフに命中した。
「クニャージ・スヴォーロフに命中!!」
長谷川少尉候補生が三好に報告する。そしてクニャージ・スヴォーロフとオスリャービャは砲弾の命中で甲板上や艦内の各所で火災を起こしながら戦列から離脱した。
「あ!?オスリャービャが沈没しつつあります!!」
「何?」
測定儀を覗いている長谷川少尉候補生の報告に俺は炎上しているオスリャービャを見た。
オスリャービャは大傾斜をしていて、ゆっくりと海面下に没しようとしている。
「長谷川、今の時間は?」
三好は長谷川に聞いた。
「1450です」
「………」
長谷川の言葉に三好は頷いて、沈没しつつあるオスリャービャに敬礼をした。いつの間にか東郷長官も沈没しつつあるオスリャービャに敬礼していた。
「距離三千になります!!」
長谷川が叫んだ。
「三好、砲弾を徹甲榴弾から徹甲弾に切り替えるのだ」
「分かりました。砲弾を徹甲榴弾から徹甲弾に切り替えろ!!」
三好は伝声管に怒鳴る。砲員達は新たに徹甲弾を装填する。
「クニャージ・スヴォーロフが北へ転針します!!」
「何?」
炎上するクニャージ・スヴォーロフは徐々に北へ向かおうとしている。
(確かあれは舵が故障したような………)
「東郷長官、クニャージ・スヴォーロフを追いかけましょうッ!!」
長谷川が東郷長官に詰め寄る。
「………艦長代理はどう思う?」
東郷長官が三好に聞いてきた。
「恐らく舵が故障したのではないですか?」
「むぅ………」
東郷長官は腕を組んだ。
「ですが艦長代理、クニャージ・スヴォーロフはバルチック艦隊の旗艦です。北へ逃げるためじゃないのですか?」
長谷川はそう具申してくる。
「だが、あの回頭は急すぎる。少し様子を見てみるのが手だ」
「ですが黄海のようになれば……」
長谷川は尚も具申しようとしたが東郷長官が口を開いた。
「………クニャージ・スヴォーロフは捨て置く。砲撃は二番艦に集中でごわす」
目を閉じていた東郷長官はそう決断した。
「分かりました。照準を敵二番艦に固定!!」
第一戦隊は照準を敵二番艦のインペラートル・アレクサンドル三世に合わせる。インペラートル・アレクサンドル三世の艦長ブフウオトフ大佐はクニャージ・スヴォーロフの回頭を舵故障と見抜き、取り決め通り先頭に立つ事にして東南東の経路を保持していた。
しかし第一戦隊の猛攻によりインペラートル・アレクサンドル三世も集中砲火を受けて炎上し列外に出た。これによりバルチック艦隊主力は同航戦で南東に経路を取る聯合艦隊第一、第二戦隊に先行され北東からの圧迫・追撃を受けて東南東への進路も遮られつつあった。
「敵艦隊の後方からすり抜ける!!」
引き継いだ戦艦ボロジノ艦長セレブレーンニコフ大佐は第二戦隊の後方を北方にすり抜けるため艦隊を率いて左へ回頭し変針した。
「艦長代理、左八点一斉回頭をするべきか?」
「いえ、恐らくバルチック艦隊は第二戦隊後方からすり抜けるつもりでしょう。このまま南東にほぼ直進して舷側戦闘をしましょう」
「良かろう」
史実では左八点一斉回頭をするが、第一戦隊はそのまま砲撃を続行した。第一戦隊と第二戦隊はバルチック艦隊と近距離になり北東から東に回り込み圧迫・戦闘を行う。この最中に波間に甲板が浸かっていた戦艦オスリャービャは沈没していた。
第一戦隊と第二戦隊は距離三千まで近づき砲撃をしていたがバルチック艦隊は右へ回頭を続けていたが両戦隊は南東へ直進したため次第にバルチック艦隊との距離は遠ざかった。
「左十六点逐次回頭せよ」
「左十六点逐次回頭ォ!!」
両戦隊は1516時には経路を北西にして再びバルチック艦隊との再接近を始めた。しかし距離三千まで近づいたが濃霧と爆煙で見失ってしまう。
「何としても見つけるでごわす」
東郷長官はそう呟いた。
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