第百二十話
明けましておめでとうございます
本年も宜しくお願い致します
「『ミッドウェイ』を鹵獲したのは不幸中の幸いかもしれませんな」
無事に横須賀鎮守府に帰還した第一艦隊と空母『ミッドウェイ』、将和は堀長官らと会談をしていた。
「だがその代償は大きかった……」
「『阿蘇』『笠置』を始め特に『大和』の喪失、更には南雲、宇垣の戦死も大きかった」
将和はそう呟きながら宇垣との最期の会話を思い出す。
《長官は……まだ死ぬ運命ではありません》
(宇垣……)
「それで向こうは動きますかな?」
不意に堀はそう言う。将和の雰囲気を察して空気を変えようとしたのかもしれない。
「動かざるを得んよ。この一連の海戦前、宮様がスイスに派遣した吉田や白洲等に『赤紙』を送っておいたからな」
「それは……もしや例の……?」
「……アメリカは大いに動く事になるな」
堀の問いに将和はそう答えたのであった。そしてホワイトハウスではウォレス達は驚愕する報告書に唖然としていた。
「……ハリー・ホプキンスの居場所は?」
「……自宅で自殺していました。現段階では毒による服毒と思われますが……現場はどうも荒らされていたようです」
ウォレスの問いに国務長官のエドワード・ステティニアスはそう答えた。
「つまりはなんだね? ルーズベルト前政権の時からソ連シンパが数多く存在しその筆頭であるハリー・ホプキンスはソ連に原爆の情報をも流していたと?」
「……最悪の状況はまさにそれに当てはまります」
「最悪の状況と想定しよう。では諸君、これから合衆国が取るべき道を考えなくてはならない」
ウォレスは閣僚達を座らせ全員分のコーヒーを秘書が持ってきてから再度口を開いた。
「諸君、現段階では対日和平をするべきだと思うがどうかね?」
ウォレスの言葉に陸軍長官のスティムソンが立ち上がりかけたが隣にいた海軍長官のフォレスタルに制止された。
「スティムソン長官、対日戦を此処まで行ってきた君の行いは私も評価している。だが、敵は味方にいた」
「……はい……」
スイスからもたらされた情報(ソ連シンパ情報)は米政界に大打撃を与えていた。特にマンハッタン計画がソ連に流れていたのは大失態である。その情報を流していたとされるハリー・ホプキンスは自宅で自殺した事で真相は闇の中へと消えた。
だがウォレスはホプキンスが流したと断定して話を進めた。
「イギリスの内部事情もソ連に流れていると仮定した方が良いだろうな」
「プレジデント……」
「味方はアカによってボロボロであり腹を蓄えるのはソ連、そしてその情報を以て元からアカと対敵する日本……どちらを取るかね?」
『………』
言わずもなかった。全て我々はソ連の、あのグルジアの髭親父の手中に収められていたのだ。
「……ではスイスにいるダレスに伝えてくれ。日本と和平交渉に移るとな」
斯くして1945年6月28日、スイスにて日米の停戦が合意した。勿論、イギリスのチャーチルは猛反発をしたがウォレスからのソ連情報に驚愕をし以降は口を挟む事はなかったのである。
「そうか……マサカズはやれたようだね」
欧州、ルクセンブルグのモンドレフ=レ=バンにあった連合国が設置したアシュカン収容所で日米停戦の報を聞いたへルマン・ゲーリングはニヤリと笑ったのである。
ゲーリング達、ドイツ軍はベルリン市街戦で米軍が到着するまでソ連軍の侵攻を抑え、ベルリン市民を強制的に西へ避難させ連合軍に保護をさせていた。そして自身達は連合軍がベルリン郊外に到着すると市内を脱出、意気揚々と米軍の捕虜となったのである。
「全く……あのちょび髭に邪魔されなかったら米英とは上手くやれたかも……ま、結果論かな」
そう呟くゲーリングだった。
「そっちは上手くやれよ……マサカズ」
「ふむ……ヤポンスキーとアメリカが停戦したか」
モスクワ、クレムリンでグルジアの髭親父ことヨシフ・スターリンはタバコを吹かせながら呟く。
「ヨーロッパの状況も今一つなのは確かだな……」
スターリンとしてはソ連軍が先にベルリンになだれ込み、占領をする予定だったがマンシュタイン元帥率いる残存ドイツ軍の粘りに粘られた戦闘によりベルリン市民は西に脱出する事に成功し、また残存ドイツ軍とその司令部も脱出して捕縛する事すら出来なかったのだ。
報告を聞いたスターリンの怒りは凄まじく、攻略司令官のジューコフ元帥とチュイコフ元帥の両名はシベリア方面に更迭された程である。
「ふむ……確かシベリアにはジューコフらがいたな?」
「は、はい」
部下の頷きを見たスターリンは何か考えたのかニヤリと笑う。
「シベリアに兵を増やせ。可能な限り大急ぎでやれ」
「ダ、ダー同志」
「……ククク、残した魚は腹を肥やして食べるものだ」
笑うスターリンであった。そして7月7日、ハワイオアフ島において日米の和平停戦交渉が開始されたのである。
日本側は外相東郷茂徳、総理補佐官吉田茂、岸信介、白洲次郎、野村吉三郎。軍代表として東條英機、そして将和だった。
なお、アメリカ側はステティニアス国務長官、スティムソン陸軍長官、フォレスタル海軍長官等が参加していた。
「一先ずはこの交渉テーブルに両国が座れた事を神に感謝します」
冒頭、ステティニアス長官はそう述べてから協議が始まった。
「まず、我が国が占領している地域から述べましょう」
東郷は落ち着き、ゆったりとしながら話す。
「我が国は1940年以降から占領した地域を順次撤退、関係各国に返還していく予定です」
「ほぅ……(大胆に出たな……)」
ステティニアスは表面上は驚きながらも裏では感心していた。
「それはインドシナも撤退する……と?」
「はい。貴国との関係悪化はこれを境に起きました。なのでこれを我が国の誠意とします」
「ふむ……」
この時点で占領地域の日本軍は大規模な撤退準備に移行していたので強ち嘘ではない。特に南方作戦で占領したマレーシアやシンガポール、インドネシアやボルネオ等の東南アジア、フィリピン地域、ニューギニア、ソロモン方面等も準備に移行していたのだ。
「成る程。では………」
そして協定の案は次々と決まっていき、ある程度のところで将和が立ち上がる。
「アドミラル・ミヨシ……」
将和が立ち上がった事で何かあるのかとステティニアス長官らは警戒したがそれを見た将和は苦笑した。
「あぁご心配なく。実は返還で我が海軍も鹵獲した空母を返還しようと思いましてな」
将和の言葉にフォレスタル海軍長官は目を見開いた。
「鹵獲……まさか『ミッドウェイ』を返還して頂けるのですか?」
「はい。無事に和平停戦が出来た曉に……ですな」
将和の言葉にフォレスタルの表情が綻んだマリアナ沖を一連とする大海戦で米海軍は大規模な痛手を被っており今は一隻でも欲しい状況だったのだ。勿論、この返還で米海軍は日本海軍に借りを作ってしまうがそこは目を瞑ろうとするフォレスタルである。
「ステティニアス国務長官、和平交渉とは裏腹にもう一つ協議したい事があります」
「ほぅ、それは何ですかな?」
「……同盟を組みませんか?」
『ーーーッ』
東郷の言葉にステティニアスらは驚愕した。
「……トーゴー外相、我々はつい先日まで争っていた同士ですぞ?」
「無論、我々も承知しています」
「私もつい最近、乗艦した戦艦が沈没したので海水浴をしましたよ」
将和の言葉に日本側は苦笑する。
「ですが、我々は未来を見据えねばなりません」
「……ソ連の事ですな?」
「如何にも。ドイツにいる駐独大使館から連絡が来ましてベルリンにいる兵力は治安維持用の部隊を残して撤退しているとか……」
「狙いは恐らくマンシュー……ですが本当にやるでしょうか? 此処だけの話ですがソ連大使もソビエトはマンシューには侵攻しないとは何度も言ってきてはおりますが……」
「かの国は火事場泥棒が好きですからな。貴国が定めたレンドリース法も、もしかしたら……」
「踏み倒す可能性がある……と?」
「必ずとは言い切れませんがね」
東郷の言葉にステティニアスは唸る。
(もしトーゴーの話が真実であれば前政権はとんでもない国と友好を結ぼうとしていた事になるな……)
「分かりました。ですが一先ずは国内で同盟の話を進めねばなりません。同盟はそれからになると思います」
「えぇ、それで構いません」
斯くして7月15日、日米の和平は合意に至り8月1日に調印され同月15日に発効される予定(ハワイ和平条約)となったのであるが8月8日、一方の緊急電が大本営に届いたのである。
『ソ連軍、満州ニ侵攻ス。敵兵力100万以上也』
日ソによる半年戦争の始まりであった。
御意見や御感想等お待ちしていますm(__)m