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第十一話





 奉天会戦を乗り切る事が出来た日本軍だったが、奉天から北上する事はなかった。


「補給の問題もあるが、ここいらが一杯一杯だ」


 戦後に児玉はそう発言している。なお、他にしたのは第七師団と二個後備連隊を樺太攻略に向かわせた事であろう。聨合艦隊は既に二月二一日には朝鮮半島の鎮海湾に入り、同地を拠点に聨合艦隊は対馬海峡で訓練を繰り返していた。

 そして五月十四日、バルチック艦隊はカムラン湾を出港した。そしてバルチック艦隊が十九日にはバシー海峡を通過したと情報を得たがそれ以降は所在が掴めなかった。


「……では二六日午前零時過ぎにバルチック艦隊随伴の石炭運搬船六隻が二五日夕方に上海へ入港するのでごわすな?」

「はい。大本営に入り込んでくる情報です」


 三好は東郷と長官室で話をしていた。勿論バルチック艦隊の動向である。


「……石炭運搬船が上海に入港するという事は……」

「太平洋ルートを通らないという事でごわすな」

「ですが万が一もあります。情報が入るまでは動かない事だと思います」

「分かりもうした」


 東郷はそれから大本営に電報を送らない事にした。業を煮やした秋山参謀と加藤参謀長が「大本営に北海道へ移動する旨の電報を送りましょう」と具申しても聞き入れなかった。


「まだ早か。焦らずどっしりと構えるでごわす」


 東郷は二人にそう諭した。そして二六日午前零時過ぎ、大本営から電報が届いた。


「石炭運搬船が上海に二五日夕方に入港したとの事です。長官」

「うむ」


 喜びの表情をする秋山に東郷はゆっくりと頷いたのであった。既に日本側も準備は万全だった。

 海軍は旅順が陥落すると、艦艇を全てドック入りをさせており更に入念な射撃訓練を行いバルチック艦隊の迎撃に専念出来るようになっていた。

 そして運命の1905年五月二七日0245時、九州西方海域203地点付近において特務艦隊の仮装巡洋艦信濃丸が汽船の灯火を視認した。


「艦長、もしかすると……」

「……近づこう。機関微速前進」

「微速前進ヨーソロー」


 艦長成川揆大佐の命令の元、近づいた信濃丸は病院船オリョールを発見した。


「艦長、敵の病院船です!!」

「「ネ」連打を発信。敵艦ラシキモノ見ユだ」


 電文は各地を経由して三笠に舞い込んでくる。信濃丸は第三艦隊第六戦隊巡洋艦和泉と交代したが、和泉は六時に引き継いでから七時間に渡りバルチック艦隊の位置や方向を無線で通報し続けた。


「長官、無電です」

「………」

「敵艦見ユ。敵ハ東水道ニ向カウモノノ如シです」

「………」


 東郷は無言で立ち上がりゆっくりと口を開いた。


「全艦出撃」


 その短い言葉にはどれ程の感慨があったかは分からない。しかし、東郷の言葉に全艦艇乗員の士気が向上したのは間違いない。

 0535時、聨合艦隊に出港用意が下令された。そして準備が出来た艦艇は順次出撃していく。

 0621時、聨合艦隊は大本営に向けてとある打電をした。


『敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聨合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ波高シ』


 後に有名になる電文であった。三笠は0710時には加徳水道を抜けて鎮海湾から外洋に出るのであった。


「……いよいよか」

「三好参謀、脚が震えてますよ」

「馬鹿、武者震いだよ」


 三好は右舷副砲群で水兵達とそう話していた。何かと参謀達から煙たがられる三好だったが乗員達からは「親しみやすい参謀」という印象であった。

 1339時、南西の経路を単縦陣で航行する第一、第二戦隊は北東の経路を航行するバルチック艦隊をほぼ艦首方向に視認して三笠は戦闘旗を掲揚して戦闘開始を命令した。

 1355時には三笠は経路を西にとり、バルチック艦隊への反航路接近に転じた。


「距離一万二千!!」

「Z旗を掲げよ!!」


 東郷はZ旗を掲揚させた。


「皇国ノ興廃、コノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ……か」


 掲揚されるZ旗を見つつ三好はそう呟いた。1402時、三笠は経路を南西にとり第一戦隊はバルチック艦隊に対して完全な反航路となる。


「長官、このままでは反航戦となります」

「……取舵だ」

「取舵をするのですか?」

「そうだ」

「とぉーりかぁーじ、一杯!!」

『とぉーりかぁーじ、一杯!!』


 1405時、東郷はほぼ同航かつバルチック艦隊先頭を圧迫する隊形に変更するよう第一戦隊に左舷取舵約百五十度の逐次回頭を指示した。後に言われる敵前大回頭――トーゴー・ターン――である。


「トーゴーは気でも狂ったのか?」

「ですがこれを見逃す手はありません」

「直ちに砲撃開始せよ!!」


 バルチック艦隊は照準を三笠に合わせて砲撃を開始した。


「右舷戦闘!!」

「右舷に集まれ!!」


 砲員達が右舷に集まり砲撃の準備をする。三笠の付近に砲弾が落ちて至近弾となり水柱を上げていく。


(バルチック艦隊の射撃は相当落ちてたけど、三笠も損傷している。問題は無いはず……)


 そう思う三好だったが、その時に三笠が震えた。


「前部主砲被弾!! されど跳ね返した!!」


 伝令の報告に三好は直ぐに最上艦橋に登る。


「おぉ三好参謀、水兵達はどうかね?」

「は、皆意気揚々と励んでおります。前部主砲は大丈夫ですか?」

「敵さんのが当たったが角度的に跳ねたよ」


 三好は秋山とそう話す。しかし――。


「うわァ!?」


 バルチック艦隊から放たれた一弾が三笠の右舷信号探照灯付近に命中。爆風と破片が容赦なく三好や東郷達に襲い掛かる。


「………」


 三好は何が起きたか分からなかった。少しぼうっとしたが次第に意識が回復してきた。


(……倒れていたのか)


 三好は起き上がろうとした。しかし、腹に誰かが倒れていた。


「……秋山参謀!?」


 倒れていたのは秋山参謀であり、秋山は参謀は頭から血を流していた。三好が周囲を見渡すと伊地知艦長、加藤参謀長も倒れており東郷長官はゆっくりと立ち上がっていた。


「長官!! お怪我は!?」

「おいどんは大丈夫でごわす……」


 三好が見た限りでは東郷にそれらしい傷は見受けられなかった。


「看護兵ェ!!」


 三好は下に向かって叫び、数人の看護兵が慌てて艦橋に登る。


「急いで医務室へ送れ!!」

「はい!!」


 看護兵達が参謀長達を担いで艦橋を降りていく。無傷に近かったのは東郷の他に測距儀係の長谷川少尉候補生だろう。三好は破片が左腕を切り裂いていたが看護兵の手当てで済ませた。


「三好参謀……三笠は沈むのですか?」


 長谷川は顔を青ざめながら三好にそう聞いてきた。参謀長達が負傷したのでパニックになっているのかもしれない。


「馬鹿野郎!! 三笠が簡単に沈むか!!」


 三好はそう怒鳴り返した。


「三好参謀、三笠の艦長代理として三笠の指揮を取れ。長谷川少尉候補生、測距儀で距離を測れ。反撃するでごわす!!」


 東郷の言葉に二人は即座に動いたのであった。


「距離……六千四百!!」

「うむ。砲撃開始せよ!!」

「距離六千四百、右舷六インチ砲試し撃ちぃ方始めェ!!」


 三好が伝声管に向かって叫ぶ。副砲の十五.二サンチ砲が照準を合わせる。


「準備良し!!」

「用ぉ意……撃ェ!!」


 右舷の十五.二サンチ砲七門が一斉に射撃を開始する。試射一射目、七つの砲弾は目標のクニャージ・スヴォーロフを飛び越えて海面で炸裂した。


「何だあの砲弾は!?」


 海面を見ていたロシア海軍士官はそう叫ぶ。日本海軍は徹甲弾ではなく榴弾を使用していた。更に二射目はクニャージ・スヴォーロフの手前の海面が炸裂する。


「距離六千二百!!」

「距離六千二百に修正!! 主砲十二インチ砲撃ちぃ方始めェ!!」


 三射目からは主砲の三十.五サンチ砲も射撃を開始する。そして数秒の時を越えて三笠が放った砲弾はクニャージ・スヴォーロフの前部煙突に命中して前部煙突を吹き飛ばした。





 聨合艦隊の反撃が始まった。






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