第百五話
「よし!! いけるぞ!!」
オルデンドルフ少将は水柱に包まれた武蔵を見て歓喜の声をあげた。隣にいるディヨー少将もオルデンドルフ少将くらいではないが小さくガッツポーズをしていた。
しかし、水柱が収まると武蔵が反撃してきた事で二人は驚愕する。武蔵は炎上こそしていたが戦闘能力は全く失われてはいなかったのだ。
「大半が至近弾だったこそが幸いか」
白石少将は損害報告を聞きながらそう呟く。武蔵は五発の砲弾が命中していたが実際に爆発したのは二発で残りの三発は一、二番砲塔の天蓋の厚い装甲に跳ね返されていたのだ。
「……艦長、目標を戦艦から敵水雷戦隊の巡洋艦に変更しろ」
「司令官……?」
「乙巡が球磨だけは厳しいだろう。三斉射の支援とする」
「はッ!! 直ちに変更します!!」
白石少将の命令を朝倉大佐は忠実に守り武蔵は砲撃目標を戦艦から巡洋艦に変更して砲撃をする。狙われた軽巡三隻は瞬く間に砲弾が命中、三隻は炎上し大爆発を繰り返しながら波間に没した。
「今だ!! 敵艦隊に突入だ!!」
球磨艦長の杉野大佐はそう叫び、球磨以下の水雷戦隊は阻もうとした敵駆逐艦を撃退しつつ距離一万五千で必殺の酸素魚雷を発射したのである。
「再度照準を敵戦艦に照準!!」
武蔵が砲身を敵戦艦に向けるが敵艦隊も絶え間無く砲撃をしていたが断続的な命中しかなく武蔵に決定打を与えてはいなかった。
「先に炎上させてる敵戦艦を叩く!! 撃ェ!!」
武蔵は斉射を敢行、炎上していた戦艦ーーインディアナは五発が命中してこれが致命傷となった。インディアナは誘爆を繰り返しつつ波間に没していくのである。
「一隻は沈めた……そろそろか」
「魚雷到達まで後15秒!!」
そして敵艦隊に次々と水柱が吹き上がったのである。
「な、何!?」
「ロングランスです!!」
命中したのは戦艦ニュージャージーであった。ニュージャージーは左舷に四本が命中、瞬く間に傾斜していく。
「ニュ、ニュージャージーが……」
「撃ち返せェ!!」
「回避航行だ!!」
残った六隻の戦艦が武蔵に砲撃を集中する。
「三番砲塔被弾!! 砲撃不能!!」
「消火急げェ!!」
「………」
白石は被弾報告が舞い込む中、無言だった。両艦隊は距離25000まで近づいており武蔵は更なる被弾をした。しかし、主砲が一基使えないようが武蔵はその砲撃能力を見せた。
「アラバマ爆沈!!」
波間に没したインディアナの代わりに先頭を航行していたアラバマは砲弾が二番砲塔に貫通し船体の中で爆発、運が悪い事に爆発した箇所は弾薬庫でありアラバマは大爆発をして爆沈した。
しかもその余波は凄まじく、アラバマの後方を航行していたノースカロライナにもアラバマの破片や乗員の肉片等が降り注いだのである。しかも酸素魚雷の雷撃を避けるために回避航行をした事で米艦隊は混乱していた。
それを白石は見逃さなかった。
「更に距離を詰めるぞ!! 面舵!!」
「おもぉーかぁーじ!!」
しかし、後に歴史家は語る。この面舵が無ければ武蔵は救えて水雷戦隊は全滅し面舵があれば武蔵は沈み水雷戦隊は生き延びる事が出来たと……。
「ヤマトタイプが突っ込んでくるぞ!! 砲撃を奴に集中しろ!!」
「イエッサー!!」
オルデンドルフは混乱する艦隊を建て直そうと必死だった。だが完全に建て直す前に今度はマサチューセッツが炎上したのである。
「マサチューセッツ大破!! ヤマトタイプの砲弾が三発食らった模様です!!」
「くっ、急いで陣形を建て直せ!!」
オルデンドルフは焦っていた。
(いくらヤマトタイプだからと言って此方は八隻の戦艦がいるのにも関わらずヤマトタイプに翻弄されている……何だこの差は……)
オルデンドルフは引く事を考えた。しかし、オルデンドルフの意思に反するが如くに味方駆逐艦六隻が武蔵に突撃、一隻は突撃途中で撃沈されるも距離3500にて魚雷を発射して離脱した。
「雷撃!! 来ます!!」
「回避航行!! とぉーりかぁーじ!!」
武蔵は回避航行に移行するが空襲での攻撃で元から22ノットでの航行を余儀無くされていた事もあり結果として右舷に五本の魚雷が命中した。
「反対舷への注水急げェ!!」
「駄目です艦長!! 注水区画が一杯一杯です!!」
応急員が朝倉艦長にそう告げる。しかし、白石は別の区画注水を命じた。
「機械室、機関室への注水をせよ」
「しかし司令、それでは……」
「退避後に注水せよ」
「……はッ!!」
(赦せ武蔵……)
機関・機械室への注水は作業員の退避後に行われたのである。しかし、機関・機械室への注水を行っても武蔵は傾斜が直る事はなく速度も8ノットへ低下した。
勿論、その機会を米艦隊は逃す事はなかった。
「今がチャンスだ!!」
混乱を建て直した米艦隊は砲撃を武蔵に集中させる。この砲撃で武蔵は五発の砲弾が命中、武蔵は一番砲塔も使用不能となる。
「司令、このままでは……」
「………」
だが白石らの祷りが通じたのか二番砲塔が放った砲弾はノースカロライナに止めを刺す事に成功した。しかし、その代償は残ったアイオワ等からの砲撃であり二番砲塔も力尽きたのである。
「……此処までか。艦長、総員上甲板だ」
「……はッ!!」
涙を流す朝倉艦長に白石は静かに告げて一人長官室へ歩き出す。
「司令!!」
「ならん!!」
自分も武蔵と運命を共にと言葉を言おうとした朝倉艦長だが白石に止められた。
「貴様は艦長だ。武蔵の最期を必ず報告するのだ。全ての責任は私にある」
「……はッ!!」
白石は朝倉艦長にそう告げ、長官室に入り内側から鍵を掛けた。朝倉艦長らは敬礼で白石を見送り、長官室は武蔵が沈没するまで開く事はなかったのである。
「……ヤマトタイプは沈める事は出来たがその代償は大きかった」
オルデンドルフは艦隊を纏めると直ぐに離脱した。まだ那智らが生き残っていたが艦隊の損耗が激しすぎるので追撃は止める事にしたのだ。
オルデンドルフの艦隊は戦艦インディアナ、ノースカロライナ、アラバマ、マサチューセッツ、ニュージャージーが沈み、アイオワらも損傷していた。
(ヤマトタイプは後二隻いる……やはり航空攻撃が一番だとは思うがヤマトタイプを航空攻撃した機体は廃棄機体が多数あるという……厄介だな)
そう思うオルデンドルフであった。そして武蔵は夜明け前の0425、那智らに見送られつつ波間に没するのであった。
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