第十話
一月二五日、彼等は遂に来た。
『ypaaaaaaa!!』
「こりゃ豪勢じゃのう」
攻めてくるロシヤ軍に秋山は李大人屯でそう呟いた。この時、ロシヤ軍は第二軍司令官グリッペンベルグ大将を司令官にしたシベリア第一軍団、第八軍団、第十軍団、パーヴェル・ミシチェンコ中将の大機動軍が参加していた。
苦戦すると思われた。何せロシヤ軍は約十万の軍勢である。既に総司令部に伝令を走らせた。
「此処が踏ん張りどころじゃ」
秋山は司令部で日本酒を飲みながらそう呟いたのであった。
『ypaaaaaaa!!』
「撃ェ!!」
雄叫びをあげて突撃してくるロシヤ軍に秋山支隊は機関銃で答えた。保式機関砲は三十発の保弾板を絶えず撃ちまくっている。ガトリング砲もクランクを回して射撃している。対照的にマキシム機関銃はベルト給弾方式なので何回も装填しなくて良い。
「こいつは良い機関銃だ」
射撃をしている歩兵はそう呟いたのであった。それは兎も角、史実よりも機関銃が多く存在していたためロシヤ軍の迎撃はやりやすかった。それに児玉の手回しで二個連隊と一個砲兵中隊が存在していた。
この砲兵中隊は三十一年式速射野砲ではなくフランスから輸入していたM1897七五ミリ野砲(日本では仏式野砲)を装備していた。
「撃ェ!!」
砲兵中隊は榴弾を発射しつつ機関銃隊や歩兵隊の援護をしていた。
「この仏式野砲はやりやすいな」
「うむ。駐退複座機というやつだな」
「三十一年式みたいにわざわざ再照準しなくて良い」
「おい!! 喋ってないで装填するぞ!! 露助は待ってはくれんぞ!!」
砲兵中隊は仏式野砲を以てその威力を発揮するのであった。一方、満州軍総司令部では秋山支隊からの報告に騒然としていた。
「敵はグリッペンベルグだと!?」
「奴なら数個軍団で攻めて来ているはずだ!!」
「誰だ!! 二個師団程度の威力偵察だと言い放った奴は!?」
「秋山支隊などあっという間に踏み潰されるぞ!!」
「急いで援軍を送れば良い!!」
「予備隊は弘前の第八師団、宇都宮の第十四師団、名古屋の第十五師団、久留米の第十八師団の四個師団だ。それを全て送れば良い」
「馬鹿な!? 全て送れば中央や右翼からロシヤ軍が総攻撃を仕掛けてみろ。総崩れになるぞ!!」
参謀達がそう激論する中、児玉は黙っていた。
(これが史実であれば予備隊の第八師団、中央部の第五師団、右翼第一軍の第二師団の一部、第二軍の第三師団か……だが三好君のおかげで四個師団が予備隊であるか……ククク、三好君に感謝せねばならんな)
「総参謀長?」
一人笑う児玉に松川は怪しげに問う。
「……落ち着け諸君。取り敢えずは第八師団長の立見中将を臨時派遣軍とし第八、第十四、第十五の三個師団、二個砲兵連隊を送ろう」
児玉の落ち着いた声は参謀達を冷静にさせて作業に取り掛からせた。その時、総司令部の扉が開いて二人の将官が現れた。
「御主らは……」
「第三軍に派遣された第十三師団と第十六師団であります」
「乃木司令官の命令により第三軍より一足早く到着しました」
第十三師団長原口兼済中将と第十六師団長山中信義中将はそう説明をした。旅順を落とした乃木は増援として第三軍に追加配属されていた第十三師団と第十六師団を一足早くに満州軍総司令部に送ったのである。
「『これくらいしか児玉に恩返しが出来ん』と乃木司令官は言っていました」
「……ハッハッハ!! 乃木の奴め、中々の事をしてくれるじゃないか!!」
児玉は乃木の行動に感謝していた。
「これで予備隊は三個師団になった。諸君、腰を据えて対局に望もうじゃないか」
児玉はそう言ったのであった。その頃の秋山支隊では激戦が続いていた。
「伝令!! 黒溝台がロシヤ軍に占領されました!! 種田支隊は後退!!」
「流石はロシヤじゃのぅ」
伝令からの報告に秋山は酒を飲みながら受けていた。
「伝令!! 第八師団が先発して大台に到着!!」
第八師団長の立見中将は岡見旅団、依田旅団を編成して黒溝台方面の対処に当たった。
「此処が踏ん張りどころだ。なぁに幕末の頃に比べるとまだマシだ」
立見中将は緊張が高鳴る司令部でそう言った。なお立見中将は戊辰戦争の生き残りの将官でもあった。そして二個砲兵連隊の援護射撃の元、黒溝台奪還へ向かった。
しかし、黒溝台を占拠したロシヤ軍は態勢を整えると第八師団と激しい白兵戦を展開した。
『ウワアアアァァァァァーーーッ!!』
『Ypaaaaaaaーーーッ!!』
日本兵は柔道でロシヤ兵を地面に倒して銃剣をロシヤ兵の胸に一刺しする。対するロシヤ兵もその力の限り日本兵の首を閉めて窒息死させようとしている。そのような光景が何処の陣地でも行われている。
旧式なはずのガトリング砲がその威力を発揮して雪が積もる満州の地に血液を染み込ませていく。駐退複座機を備えている仏式野砲が三一式速射野砲には出来ない連続射撃を行い、ロシヤ兵を吹き飛ばしていく。
そして立見派遣軍は二八日朝から秋山支隊の各拠点に移動して秋山支隊に重圧を与え続けているロシヤ軍を撃退しだした。その日の深夜、第八師団は夜襲を敢行して黒溝台の奪還をしようとする。
ロシヤ軍は必死に抵抗しようとするが、グリッペンベルグの元にクロパトキンから命令が来ていた。
「何!? 撤退しろと言うのか!!」
「は、クロパトキン閣下からの指令ではそのようにと……」
部下からの報告にグリッペンベルグはクロパトキンに怒っていた。
「おのれクロパトキン!! 勝ちを捨てるのか!!」
グリッペンベルグはクロパトキンの指令を無視しようとした。しかし、皇帝陛下の信頼を損なうと思い撤退を開始するのであった。第八師団は二九日の夜明け前に黒溝台を奪還に成功した。
ロシヤ軍が撤退した事により史実と同じく首の皮一枚で生き残った日本軍。死傷者は史実より低い7960名だった。これはガトリング砲や仏式野砲等を予め秋山支隊に配備させた事によりおかげであった。
「……三好君のおかげだな」
報告を全て聞いた大山元帥と児玉総参謀長はそう話していた。
「残るは奉天の戦です」
「児玉さぁ、頼みもうしたでごわす」
「お任せ下さい」
三月一日、日露両軍は奉天において最後の会戦を行った。後に言われる奉天会戦である。
日本軍三十万、ロシヤ軍三六万の参加兵力で双方約六十万の将兵が十八日間に亘って満州の荒野で激闘を繰り広げ、世界史上でも希に見る大規模会戦となる。
「日露戦争の関ヶ原でごわす」
戦闘前、大山は児玉にそう呟いた。戦闘は終始日本軍の有利な戦闘となっていた。
乃木大将の第三軍はロシヤ軍第二軍に攻撃を掛けつつ北上を開始する。
「ノギ軍を抑えろ!!」
クロパトキンは乃木の第三軍を必要以上に恐れていた。クロパトキンは第三軍の兵力を約十万と見積もっていたが実際は四万五千である。クロパトキンは第三軍に軍を投入した事により第三軍は苦戦を強いられた。
「弾薬が底を尽きつつあります!! 弾薬の補給か後退の指示を下さい!!」
第三軍参謀の津野田大尉は電話で総司令部にそう告げた。電話口に出た松川参謀は津野田に冷酷な指示を出した。
『弾薬の補給もない。後退もするな』
「し、しかし!!」
『我が総司令部は第三軍にそこまでの期待をしておらん!!』
「――!!」
松川はそう罵って電話を切った。津野田は悔しげにガチャンと電話を叩きつけた。
「閣下……総司令部は我が軍にそこまで期待していないと……」
「……そうか。なら我等も往こう」
乃木は司令部を出て軍刀を抜いた。
「我等が肉弾となり、第三軍の兵の命を一人でも助けよう」
「――閣下!!」
乃木は参謀長の一戸少将に後を託して津野田らと共に前線に赴いたのである。
「……秋山支隊、第三軍の援護に向かえ」
「承知しました」
児玉は松川の言動に腸が煮えかる思いだったがそれを押さえつつ秋山支隊に第三軍の援護を命じたのである。
結果としては奉天会戦は史実と同じく勝ったには勝った。しかし兵員と弾薬不足が発生してしまい更なる決戦を行う余力はなかった。更に第三軍司令官の乃木も敵弾を受けて重傷だった事も要因の一つであろう。斯くして舞台は満州から海に変わったのであった。
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