第九話
第三軍は二百三高地攻略のために砲兵隊の移動を開始させた。この砲兵隊には揚陸されたばかりの二八サンチ榴弾砲十二門を追加させ、高崎山に配備させた。
増援の師団は日露戦争前に創設された仙台の第十三師団と京都の第十六師団である。
「……今度は勝たねばならん」
「三度目の正直……というやつか」
乃木と児玉は高崎山近くに作られた穴の中でお茶を飲んでいた。
「済まんな乃木……御主の指揮を取るような形をして」
「いや……構わんよ。児玉には助けられてばかりじゃ」
謝る児玉に乃木は微笑む。二人がいる時だけは互いに遠慮無しに言えたのだ。
「攻撃開始日は十二月五日だ。何としてもやろう」
「無論だ。儂が一個大隊を率いてでも二百三高地を落とさねばならん」
奇しくも史実と同じ二百三高地攻撃日であった。そして十二月五日、第三軍は行動を開始する。その頃、三好は海軍重砲隊と共に高崎山にいた。
「二百三高地を見届けてほしい」東郷長官からの言葉だった。
「……見届けろ……か(多分、参謀達が原因だろうね。あれ? これじゃあ俺山本五十六じゃないか!?)」
内心そう思う三好だったが、気にしない事にした。なお、三好の上官は永野修身中尉だった。
「三好君、陸軍から二百三高地に絶えず砲撃してくれと言われたが陸軍は味方もろとも撃つ気かな?」
「でしょうね。そうでもしないと二百三高地は元よりロシヤには勝てないでしょう」
「成る程な……陸軍も苦渋の判断なのだな」
三好と永野はそう話していた。そして時刻は総攻撃の時間を指した。
「突撃ィ!!」
『ウワアァァァァァーーーッ!!』
連隊長の号令と共に兵士達は三十年式銃剣を装着した三十年歩兵銃を抱えて一斉に散兵壕を乗り越え雄叫びをあげて突撃を開始した。
突撃を見たロシヤ兵達はマキシム機関銃を筆頭に必死の抵抗を試みる。
「陸軍が突撃を開始しました!!」
「撃ちぃ方始めェ!!」
陸戦重砲隊も十二サンチ砲で支援砲撃を始める。それを尻目に三好は双眼鏡で突撃をする歩兵達を見ていた。
「………」
マキシム機関銃で薙ぎ倒されていく歩兵達に三好は目を背けようとしたが歯を食い縛り、彼等の死闘をその目で見続けた。そして幾多の犠牲を経て彼等はロシヤ軍の防衛線に辿り着き、激しい白兵戦を展開する。
「おりゃァ!!」
日本人より体格がデカイロシヤ人に日本軍は柔道で対抗する。ロシヤ兵も自慢の腕力で彼等の命をもぎ取るが彼等は数で押してきた。
兵力が少ないロシヤ軍は一人、また一人とその数を減らしていき、遂に二百三高地に高々と日章旗が靡いたのであった。
「………」
一連の戦闘を見ていた三好が双眼鏡を取ると知らずに涙を流していた。それは周りの陸戦隊や永野中尉も同様だった。
そして高崎山には乃木と児玉達がいた。
「此方高崎山司令部、そこから旅順港は見えるか!?」
児玉は電話を通して二百三高地に問い合わせた。返ってきた返答は嬉々した言葉だった。
『見えます!! 二百三高地から旅順港は全て見渡せます!!』
涙を流す伝令兵の周りで二百三高地を攻略した兵達の万歳の声が聞こえてくるのに児玉は安心感を覚えた。
「……落としたな乃木……」
「……そうだな児玉……」
二人はそう呟くと後は何も言わなかった。二百三高地を攻略しただけでロシヤ軍は降伏する事はなかった。逆に他の堡塁から抽出した一個師団がその日の夜半に夜襲を敢行したのである。
『ypaaaaaaa!!』
ロシヤ軍は雄叫びをあげて二百三高地を駆け登る。しかし、日本軍は逆襲に備えていた。
「撃ェ!!」
銃剣突撃を敢行するロシヤ軍に対し、開戦前に日本軍が採用した保式機関砲が一斉に火を噴いた。保式機関砲から放たれる六.五ミリ弾は突撃するロシヤ兵の命を刈り取る。他にも二百三高地で捕獲したマキシム機関銃が使用され、ロシヤ兵にその威力を発揮させた。
また木製迫撃砲も二百三高地に配備され曲射からの砲撃を加えていた。今まで斜面を這い上がる日本軍に対して散々に悩まし続けたマキシム機関銃を猛射していたロシヤ軍だったが今度は自分達に降り注がれたのだ。
ロシヤ軍は僅かな時間で約半数の兵を失い、指揮官は二百三高地への占領を諦めたのであった。
「これで大丈夫だろう。待っているぞ乃木」
「うむ」
二人は握手を交わして互いの場所に赴くのであった。そして第三軍は引き続き東鶏冠山北堡塁への攻撃を開始した。この攻撃でコンドラチェンコ少将が二八サンチ榴弾砲の直撃を受けて戦死した。第十一師団はニトンの爆薬を使い胸壁を破壊、ロシヤ軍守備兵と激しい白兵戦の末に占領する。
翌年の一月一日、第三軍は重要拠点である虎頭山や望台への攻撃を開始した。対するロシヤ軍は兵力の枯渇、コンドラチェンコ少将の戦死、重要堡塁が陥落した事で士気は落ちていた。
旅順要塞司令官ステッセリは降伏を決意し旅順近郊の水師営で乃木と会見して降伏したのである。漸く陥落した旅順であったが、満州ではロシヤ軍が動こうとしていたのである。
「総参謀長、また秋山支隊からです」
松川敏胤高級参謀が児玉にそう報告をした。松川はうんざりした表情を見せていた。
「騎兵は敏感なのでしょうか? いくらロシヤ軍でもこの冬では動かないと思いますが……」
そう喋る松川だったが児玉は違っていた。
「(……これが黒溝台会戦に繋がる……か)念のためだ。秋山支隊には予備の二個連隊と一個砲兵中隊を送ろう」
「は、はぁ。宜しいので?」
「誤報ならそれで構わない。いない回れ右をして帰ってくればいい」
児玉はそう言って秋山支隊に予備部隊を送った。そしてこれが功を成したのである。
「秋山司令官、何故総司令部はガトリング砲を送ったのでしょうか?」
ガトリング砲を設置している兵達を見ながら秋山支隊の豊辺大作は秋山少将にそう言った。
「いや……児玉さんは中々の事をしてくれた」
「どういう意味ですか?」
「機関銃の威力は旅順で証明されとる。我々が拠点防御方式の戦術を採用しておるからガトリング砲やロシヤ軍から捕獲したマキシム機関銃は絶大な威力を発揮するだろう」
この入れ知恵は三好の一計だった。児玉は内地の倉庫に埃を被って眠っていたガトリング砲十門とこれまでの会戦で捕獲したマキシム機関銃を予め秋山支隊に配備していたのである。
「……児玉さんも来ると思っとるな。陣地の構築を急がせろ。ロシヤは来るぞ」
「は!!」
そして一月二五日、彼等は来たのであった。
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