主人公? それは彼女のことだ
前作の別視点。
前作を読んでいなくても大丈夫だとは思いますが、読んでた方が楽しめます。
見つけた。
彼女こそ、俺の光だ――。
俺は化け物らしい。
よくそう言われた。
幼い時はただ運動神経が良過ぎるだけのただの子供だった。
全てが変わるキッカケになったのは戦いの修行を始めてからだ。
ある日、母親の知り合いの騎士が我が家にやって来た。
「今日からお前を鍛えてくれるから、強くなってちょろっと稼いできなさい」
にっこり笑って言った母親の顔は今も忘れられない。
しかも騎士の休暇の間しか時間が取れないらしく、二週間、地獄を見た。
最初の一週間は毎日ボロボロになりながら基本的な戦い方をみっちりと教え込まれ、次の一週間は只管実戦経験を積ませられた。
基本しか知らない上に、戦闘訓練を初めてまだ一週間しか経っていない六歳の子供を、魔物が蔓延る森の奥に置き去りにして一人で帰って来い、とか正直大人としてどうかと思う。
しかも母親はちゃっかり「お金になるものは出来るだけ取って来なさい」と大きな道具袋を渡してきた。
その袋の大きさに、母親の期待が痛い。
……まぁ、何度も死にかけたが何とか地獄の特訓を終え、騎士は「その調子で頑張れば騎士になれるかもよ~?」と軽く笑って帰って行った。
あ、オイ! 何ドサクサに紛れて母さんにキスしてんだよ! やめろ!!
そう怒鳴ろうと思って開けた口は、しかし母親の瞳を見て閉じた。
ゾクゾクゾク! 背筋が寒い。
俺ハ何モ見テイナイ。見テイナイッタラ見テイナイ。
その後騎士がどうなったかは知らないが、俺はこの日以来、絶対に母さんを怒らせないことを誓った。
追記すると、俺は今でも母さんに勝てる気はしない。
一般市民な主婦なはずなのに何であんなに強いんだ?
母は強し、という格言もあるくらいだし母親はみんな強いのか?
と、俺の疑問は置いておいて。
それからも母親に稼いでこいと毎日大きな道具袋と共に家を追い出されていた俺は、十二歳になる頃にはそこらの魔物や人間に負けることはなくなった。
というか、チョロいと思うくらい簡単に勝てるようになっていた。
今だから分かるが、この時の俺はかなり思い上がっていた。
だから周囲から【情熱魔法騎士】への入学を勧められても断ったのだ。
もう強い自分が今更何を教われと言うんだ?
そんな風にすら思っていた。
実際、自分と同年代の少年たちで自分に敵う人間はいなかったし、都市巡回をしている戦闘職の警備隊にすら片手で勝てたほどだ。
唯一畏れる存在である母さんも何も言わなかったので、自分はそれでいいと思っていた。
そんな態度が人々に、特に騎士や強さに憧れる少年達や自分が負かした警備隊員にどう映ったのか。
その頃から俺は化け物と影で囁かれるようになった。
その蔑称が決定的に広まったのは、ある事件のせいだ。
衆目がある中で、圧倒的な戦闘能力を見せてしまった。
素手で簡単に人間を屠れるほどの能力を。
その後の人々の視線は、怯えと拒絶ばかり。
自分のことをよく知る友人たちは態度を変えることはなかったが、自分が異常なのだと自覚するには十分だった。
それからの俺は、自分の異常性故に強さを持つことに恐怖を感じるようになった。
と言うのも、恥ずかしながら、自分は特別で最強なんだと思い込んでしまったのだ。
まぁ、それでも母さんに道具袋と一緒に追い出されて狩りには行っていたのだが。
そんなある日、ひょっこり現れたのが地獄の特訓をしてくれた騎士だ。
皆には思い上がっていた俺が取った行動もその結果も想像に難くないだろう。
ボロボロに負けた。
久々に傷だらけのボロボロになって地面に這いつくばった。
あの時は楽しかったな。
身体中傷だらけで痛いのに、楽しくて嬉しくて仕方なかった。
そんな俺に騎士は言った。
「お前の強さは何のためにある? お前の力は何のために揮われる?
……お前には信念がない。だから皆に恐れられるんだ」
「意味が、分からない」
「……俺たち騎士が国民に恐れられないのは何故だ? 頼られるのは何故だ?」
「……」
そう言えばそうだ。
この騎士なんて化け物と呼ばれる俺を叩きのめせるくらい強いのに、皆に怯えられてない。
寧ろ好意的に声を掛けられてるくらいだ。
俺と、何が違う? どこが違う?
「それにだ。お前に勝てる人間なんていくらでもいるぞ?」
「……流石に俺だって、今は国の精鋭騎士たちにも勝てるとは思ってない」
「お前なぁ……。お前じゃこんな小い少女にも勝てないよ」
呆れたように溜息をついた後、そう言って自分の腹辺りを指した男にムッとする。
いくら俺だってそんなちびっ子少女に負けるわけがない。
「そんな小さい女の子に負けるはずないだろ」
「断言しても良い。お前じゃ絶対に勝てない」
いくら最強じゃないと思い知ったとは言え、自分の強さに対する認識が変わったわけじゃない。
だけど、いくら俺が否定しても騎士は断言をするばかりで、俺の敗北宣言を撤回する気はないらしい。
そこまで言うなら実際に戦ってみて証明してやる。
宣言した俺に騎士はニヤリと笑うと、
「そうだな。彼女と戦いたいなら【情熱魔法騎士(PMK)】に行くことだ」
と告げて去って行った。
そう言えばあの騎士は何しに来たのだろうか?
兎も角、俺はその年の【PMK】の入学試験を見事突破し、十五歳でその門を潜った。
騎士の言っていた小さい少女はすぐに分かった。
元々【PMK】に女子は少ない。
更に“小さな少女”という特徴を持つ女子は一人しかいなかった。
というかよく入学試験通ったな。あんなに小さいのに。
七~八歳くらいじゃないか?
やっぱり特別枠生なのか?
いや、でも騎士が……。
色々考えてみたが答えは出ない。
まぁ見てみれば分かるか。
そしてやってきた戦闘訓練。
運が良いことに最初に彼女と戦えることになった。
珍しく戦いを楽しみに思いながら、頭はすーっと冷えていく。
向かい合った彼女は本当に小さかった。
俺自身も174cmと大きい方ではないが、彼女の身長は120cm前後に見える。
いや、もっと小さいか?
これだけ小さいなら、戦い方は小柄な身体を活かしたスピード重視の戦法だろう。
スピードなら俺も自信がある。負ける気はしない。
――――――だが。
俺はあっさりと負けた。
本当に呆気なく、たったの一撃で沈められた。
呆然としたまま彼女の方を見ると、明らかに失敗したと顔を顰めている。
勝ち誇るでもなく。
それを当然と受け止めるでもなく。
失敗した?
ク。
ククク。
クククク、アッハッハハハハハ。
おかしくて、嬉しくてたまらない。
この痛みすら至福だ。
学園に行く前に母さんに言われた言葉を思い出した。
「お前は父さんと同じだからね。早くお前の主を見つけることだ。
そうすれば今のお前が抱える葛藤なんかどうでもよくなるだろうさ」
たった一撃で俺を沈めることが出来る実力。
それを誇ることのない精神。
寧ろ、実力を隠そうとする意志。
彼女なら俺を止められるだろう。
彼女なら俺のように思い高ぶることもないだろう。
彼女なら俺を受け入れてくれるだろう。
強者であることを理解出来るがために。
同じ、異常者であるが故に。
見つけた。
彼女こそ、俺の主だ――。
それからの日常は楽しくて仕方がない。
毎朝彼女を寮の部屋まで迎えに行って、共に朝練をし。
共に朝食を取って。
共に登校し。
共に授業を受け。
共に昼食。
共に実技訓練をして。
共に自主訓練をし。
共に帰宅して。
共に夕食を取り。
彼女を寮の部屋まで送って、一日を終える。
共にいるだけで幸せな日々だ。
ただ注意すべきは彼女と共に在ろうとする人間は俺だけではないということだ。
その中でも特に注意すべきは数少ない女子。
【PMK】に入るだけあって大きかったり色々と個性的過ぎる面々が揃っているだけに、小さい少女の姿形をしている彼女は、女子たち共通の愛でる対象になっている。
「彼女は私たちの天使なのよ!」
「【PMK】女子みんなの妹なの!」
「ロリ最高!」
「フリフリヒラヒラにさせて!」
「ずっと抱いてたい」
「舐めたい」
など、自分たちの欲望丸出しで叫んでいた。
ハァハァと鼻息荒く興奮している奴など、俺の主に近付けたくない。
とは言え、流石に俺一人で守るには限度がある。
だから同じ目的を持つ者同士で同盟を組み、女子たちの魔手から彼女を守っている。
本当は他の男も近付けたくないが、仕方ない。
女子に彼女を取られて、共にいられなくなるよりはマシだ。
それに彼女は可愛らしいことに寂しがり屋だ。
強がってはいるが人がいなくなるとシュンとしてしまう。
その姿も可愛いのだが、出来ることなら笑っていて欲しい。
ああ、彼女の笑顔を思い出したら本物を見たくなってしまった。
いつもより少し早いが、彼女を迎えに行こう。
俺の主。俺の女王。
あなたをドロドロに甘やかしたい。
俺がいなければ生きていけなくなればいい。
だから。
早く溺れておくれ。
頼って、
甘えて、
委ねてくれ。
あなたの願いは叶えるから。
早く俺に堕ちてくれ。
主人公?
それは彼女のことだ。
愛おしい我が主――――。
あれ?
子煩悩なお父さんというかシスコン過ぎるお兄ちゃんみたいになるはずが、オープンストーカーなワンコに……。
しかも病み臭がする……。
ははははは(遠い目)






