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第4話 表

帝都への帰路を急ぐサンドリア帝国軍総司令官、クロノス大公は敗者の憶測にかまっていられなかった。

馬上で冷静な表情をたもちながらも、急ぐ気持ちの焦りから周囲への気遣いなどが見受けられなくなっていた。


アレスはタロンギ峡谷での戦闘を思い出し、クロノスの心情に同情しながらも、どう声をかけようか悩んでいた。


戦場での勝利を確実に掴んだと思った矢先に、帝都からの使者によって急きょ撤退をよぎなくされた。

使者からの報告を聞いたプロメテウスが、急ぎ前線近くの陣頭にやってきて使者に代わって報告を述べたときのクロノスの悔しそうな顔が未だに忘れられなかった。

だからといって使者の報告を無視することはできなかった。

無視することができないほど重大な内容だったからだ。


皇帝陛下、危篤。


その後に続く報告をプロメテウスは話し続けていたが、前述の衝撃が強すぎて耳に入らなかったが、「皇帝が倒れたので早く帝都に戻って来い」と言う内容だったと思う。



皇帝が危篤になったからといっても…



アレスは同僚のプロメテウスへ視線を移すと、同僚もアレスを見ていたようで視線が合うが、同僚はアレスの心情を察した上で悪戯ぽい笑みを浮かべると話し出した。


「アレス、お前は、俺がワザと報告を遅らすような事を、何故しなかったんだと思っているんだろう?」

「ああそう思っている!!報告を聞いたときのクロノス大公の心境を思うと居た堪れない」

「確かに今は悔しいかもしれないが、先の事を考えればできるだけ早く帝都に戻らないと、クロノス大公の身の上が危ない」


驚きの余りアレスは目大きく見開き、いつの間にか無表情になっている同僚の顔を見た。


「皇帝陛下がまだ生きておられるのなら問題は無いが、もし崩御していたら皇帝陛下の近くにいる者、あるいは皇帝の座を狙う者が詭計をかけたらクロノス大公は帝都どころか、サンドリア帝国にいる限り命の保証が無くなってしまう」

「そ…そんなこと…」

「貴族の中でも名家生まれのアレスなら、似たような噂や実話などを耳にしたことがあるだろう?皇族が特別じゃないって事だ」


アレスは闇に染まる夜空を見上げ、夜空に彩られる星を見ながら現実から逃げ出したい気持ちになっていた。


貴族の間でも地位継承の為に骨肉の争いを稀に話しで聞いたこともあった、実際にその争いで負け死したと思われる貴族の葬儀にも参加したことすらある。

名家に生まれたアレスの家でも実際に祖父の代で骨肉の争いが起き、争いに負けた祖父の実の兄を罪人に仕立て上げ処刑している。

他家での争いでは死にはしなくても帝国から追放された者や、奴隷として売られてしまった者すらもいるという。


肌寒さからか身震いしたアレスは同僚に視線を戻した。



自分は戦場のことだけしか考えられなかったが、同僚はそれよりも先を見つめクロノス殿下の事を思い、憎まれ役買って出てまで報告に来てくれたのか



アレスは尊敬に近い感情を同僚に向けると、同僚はさらに話し続けた。


「それに、もしもクロノス大公が帝都に戻れない状態になったら、俺も帝都に戻れない状況になるって事だ。

それだけは絶対に避けなければいけない事だ。

最近ようやく彼女ができたのに、戻れなくなったら彼女に会えなくなるわけじゃないか?」

「………」


悪びれる様子を見せずに同僚は心情を打ち明けていくが、アレスの表情はだんだん険しいものに代わっていく。


「俺の初めてできた彼女なんだ。絶対に失いたくないね」


騎乗したまま器用にガッツポーズを決める同僚を冷ややかに見つめたままアレスは小さく呟いた。


「まったく自分勝手な同僚である」






☆☆☆


そのままノロケ話を始める同僚を無視することに決めたアレスは、同僚から離れクロノスの近くへと馬を寄せていた。


戦場からの撤退から休まず働き、今も帝都に向かって馬を駆り立てているクロノスの顔色に疲労が見えてきたからだった。

近くにいる将兵にも視線を送れば、皆黙ってはいるが疲労のため顔色がよくない者が幾人も確認できる。

いくら帝都に戻るのを急ぐ理由があるとはいえ、過労のために死者を出すのは良いものではない。

もしも過労で倒れるのがクロノスだったらなお更のことだった。


アレスは青白い顔に額に冷や汗と思わしき汗をかき始めているクロノスの顔を確認すると意を決して話しかけた。


「クロノス殿下、少しよろしいでしょうか?」

「…どうしたんだ。アレス」

「殿下、顔の色がよろしくありません。あまり無理をしないほうがよろしいかと」


言い終わるとクロノスは下を向き顔を隠した。


「すまない、アレス。さっきからトイレを我慢していたんだ」


アレスは下を向いたクロノスを見て穏やかな気持ちになった。


本当は将兵の様子に気づいていたが、帝都に急ぐ気持ちもありなかなか言い出せなかったのではないかと思ったからだった。

そして今アレスがさりげなく話し出せば、「トイレを我慢してただけ」と嘘をついて、部下に謝罪までしてくるとは…余程、無理な行軍を行っていた自分に恥ずかしさを感じたのかも知れない。

…とアレスは思いクロノスの代わりに休憩を言い出しやすいように誘導するように話し出した。



「それぐらいの事でしたら将兵達を休ませるのと一緒に済ませてしまいましょう」

「…そうはしたいが、行軍を止めて帝都に到着するのが遅れては」

「短い時間の休憩ですから、大して移動する距離に支障は出ません。ご安心ください」

「そ…そうか!では暫し休憩をしよう」


いつの間にか笑顔で答えるアレスを見て安心した様子のクロノスは大きく頷いて行軍を止める号令を出していた。


☆☆☆


五日後…


6日間の急行軍によってアレスたちはサンドリアの帝都に到着した。

皆が皆、急行軍による疲労が色濃くでた顔を隠しもせずに、ようやく到着した帝都を見て歓喜の声を出す者までいた。


アレスや同僚のプロメテウスら軍の高官にあたる者の中から数名はクロノスと行動し、皇宮へ馬を走らせていた。

石畳の街路を抜け、皇宮の正門で同僚が開門を呼びかけている。

門扉が開き、近衛兵は声を高らかに内門にクロノスの来場を告げ終えていく。

見知った皇内を先導する使用人についていくと広間に到着し、アレス達はクロノスや廷臣たちの邪魔にならぬように壁際まで下がっていった。


一人広間の侍従や廷臣達が群がる中心に立たされたクロノスは、周囲にいる者たちに問いただしていた。


「父…、いや皇帝陛下のご病状は?」

「遅うございました。陛下は既に息をお引取りになり、殿下とご対面がかなわず、臣らも真に残念でございます」


クロノスの問いに答えた侍従の無機質な言葉が広間に鳴り響き、周囲に群がる廷臣たちからは息を呑む音が交じり合う。


数瞬の間の沈黙が流れ広間の中で最初に行動を起こしたのはクロノスだった。


顔を青ざめ、疲労と失意に打ちひしがれた様子を見せ、乱れる呼吸の音までもが壁際にいるアレス達にまで聞こえてくる。

クロノスの容態が心配になったアレスが一歩前に進もうとすると腕を引っ張られ壁際に戻されてしまった。

腕を引っ張った相手を確認しようと顔を向けると沈痛な顔をしたプロメテウスがアレスにだけ聞こえる小声で怒鳴りつけていた。


「馬鹿な真似はよせ!」

「だが…殿下が!!」


二人が小言の言い争いを始めようとしたとき、クロノスは周囲に群がる廷臣を無視するように弱弱しく、ただひとり父帝の病室に歩み入っていく後姿を確認するのだった。

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