第6話 表
「クロノス、クロノス…」
クロノスの名を呟く皇帝の声は、自身が想像していたよりも、それは低い生気を欠く、空気の泡立ちのようであった。
クロノスはよほど驚いたのだろう、驚愕する顔を隠さず皇帝を見つめたまま次の行動を起こすまで数瞬を必要とした。
「父上、これはどういう事情でございますか?」
皇帝が凝視しているのに気付いても、クロノスは未だに驚きからくる動揺が隠せない様子が窺い知れる。
皇帝は満足していた。
計算された優雅な動作ではなく、予想外な出来事から出る自然な動作の一つ一つが、クロノスが犯人である可能性を低くしている事に。
気をよくした皇帝は沈黙したクロノスに、試した理由の一部を話すことにした。
「もしもお前が、わしの死を喜ぶような素振りを見せれば、お前は無事ではすまなかった」
皇帝はクロノスに期待した。けれど試した本当の理由は話す気にはならなかった、まだクロノスを信用できないのだから。
「そのときは、お前の両眼はつぶされ、僧院で虚しい生涯を送ることになったであろうな。だが、お前の孝心がお前を救ったようじゃの。さしあたってお前はわしの試練に耐えた。この次はわからぬが、いまはとにかく試練に耐え抜いたと言っておこうかの」
だらだらと皇帝は語り続けた。
老いてなお権力の座にしがみ付く、愚かな皇帝である姿を偽りながら。
試練の対象を主だった廷臣全員に拡大する計画を。
試練に耐えられなかった疑わしい廷臣は、まとめて処刑するという恐ろしい計画を。
皇帝の心は復讐心で燃え上がっていた。
犯人を見つけ八つ裂きにできれば、周囲から糾弾され処刑台に送られても悔いないほどに。




