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鈍感娘と苦労性男の噛み合わない関係

作者: 永井悠佳


異性同士の幼馴染って、男と女――というより兄弟に近いと思う。

むしろ、いまさら異性として見ろっていう方が無理な気がするのよね。

多分、お互いそうだと思うし、幼馴染――智哉には手のかかる姉扱いされてる気もする。ちなみに姉なのは、私の方が数カ月、誕生日が早いから。これは個人的に譲れない。

まぁ、どっちにしろ、アイツとは血のつながらない姉弟って感じで接してるし、これからも多分それは変わらないと思うんだよね。






「ねぇ、智哉。アンタって今まで彼女いたことないよね?」


智哉の部屋でベッドに寝そべり、漫画を読みながら、私はふと漫画から顔を上げて、智哉にそう訊いてみた。すると、それに対して、智哉はあからさまに眉間にしわを寄せ、


「は? 何、急に」

と、低い声で私に尋ね返してきた。

あーぁ、自分に都合悪くなったから怒ってるわ、と思わず内心で笑う。


「まぁ、いいじゃない。で、ないよね?」

「―――ないけど。それが何だよ」

「だってさ、私たちって高校生よ? 世間で言う、華の高校生?ってやつ。なのに、入学以来、ずっと“二人ともこんな”じゃない。だからさ、ふと、思ったわけ」


「ふぅん」と気のない返事を寄越し、智哉は興味なさげに視線を手元の漫画本へと戻した。

しかしそのすぐ後、私が言った「私たちって枯れてるわよねぇ」という言葉に、智哉は憤然と顔を上げた。

「枯れてる…?」

智哉の眉間のしわは、さらに深さを増していた。私はふふふと含み笑みを漏らしながら、智哉の眉間をゆるゆると撫でて均してやった。だって、しわって癖になるからね。智哉も案外眉間にしわ寄せること多いし、あくまでこれは私の好意によるものだ。…が、私の内面から滲み出るアタタカイ笑みが全てを台無しにしていたらしい。

智哉は鬱陶しそうに私の手を振り払った。でも、私はヌルイ笑みを止めない。―――だって、智哉の反応が面白いから。悪趣味だってことは、自分でも気付いてる。


ちなみに私の言う“二人ともこんな”――とは、今さっきからの私たちの状況を指す。つまり、学校が終わると直行でどちらかの家に行き、色気も無く二人で漫画や雑誌を読む、と、まぁ、そんなところだ。


智哉は不貞腐れたようにそっぽを向くと、私を睥睨した。


「別に付き合ったことなくたって枯れてることにはなんないだろ。…大体、告白はたまにされるし、俺だって付き合えるもんなら付き合いてぇよ」

「告白されてるなら、その中の誰かと付き合えるじゃん。ホントに告白されてんの?」

「誰でもいいわけじゃねぇんだよ。告白してきた子の中に付き合いたいと思える子がいなかっただけだし」

「ははん。見栄、張んなくたっていいって」

「見栄じゃねぇし! お前と一緒にすんな!」

「ほほう、私は今日、告白されたんですが? 智哉さんと一緒にしないでくださいな?」


そう得意げに言うと、智哉は「はぁ!?」と声を張り上げて叫び、目を丸くした。

そんなに私が、自分より最近告白されたことが悔しいのか。なかなか負けず嫌いなところがある困った奴である。仕方なしに、私はその結末も付け加えてやった。


「ま、断わったけどね。タイプじゃなかったし」

「タイプじゃなかったって…」


智哉はしばらく忌々しげに唸った後、私の頭を力の限り小突いた。その衝撃に、目前に星が飛ぶ。


「痛ぁっ! 何すんのさ、バカ!」


思わず奴に噛み付く。

婦女子の頭を力の限り殴るとは何事だ。男の風上のも置けん奴だ。

英国までは行かなくてもいいから、『男なら女に優しく』をモットーに紳士を目指せ。

そんな思いで智哉を睨むと、奴はいい気味だとばかりに、私を鼻で嗤い、


「お前こそ男に夢見過ぎなんだよ、バァカ」

と、私の男性観を一蹴してくれやがった。


智哉には私の男に求める理想像がモロバレだったりする。あとは、お互い頭の中が筒抜けだったり。一緒に居すぎた弊害だ。

かくいう私も、学校では清廉潔白、好青年で徹す智哉が、その実、内面エロエロなことを知っている。さらには奴のエロ本・エロビの隠し場所、しまいには奴のエロの傾向も知ってしまっている。

だって、ベッドの下とか、本棚の参考書の間とかに、本とかビデオ・DVDとか置いてあったりするんだもん!分かりやすすぎでしょう!目に着いちゃう私にどうしろと!?見つけちゃってから、そっと元に戻す女の子の気まずい気持ちをもっと理解してほしい。つーか、隠すなら、もっと分かりにくいところに隠してよね、まったく!

ぷりぷりと怒りながら、智哉のエロ傾向――黒髪ロングの貧乳色白女子を頭に浮かべて、―――そこで、ようやく本題を思い出した。さっき、智哉に彼女について聞いたのは、実は訳ありなのだ。


「あ、時にエロエロ智哉さん、耳寄りな話があるんだけど」

「誰がエロエロだ、おい」

「え、自覚なかったの?事実なんだから認めなよ。罪は認めてしまった方が楽に―――って違う、そうじゃなくてっ」


あやうく、また話が逸れるとこだった。危ない危ないと息を吐き、なるべく丁重かつ低姿勢をとる。ここが肝心だ、がんばれ、私!


「あのね、由美子知っているよね?」

「お前のクラスメートの?」

「そう。その由美子がアンタのこと、気になるらしいんだけどさ…」


メアド教えてあげてもいいかな、と訊くより前に智哉が大きく溜息をついた。え、何、いきなり。驚きに目をぱちぱち瞬いていると、ジト目でこちらを睨みつけた智哉が「――無理。」とそれだけ言い放つ。

それに慌てたのは私で。由美子から頼まれているのに、そんな簡単には諦められない。それに由美子と智哉なら結構良いカップルになると思うのに、なんで奴はこんなスパッと一瞬で切って捨てたんだ。内心、首を傾げながら、智哉にしがみ付き、なんとかせねばと言い募る。


「え、ちょ、決断早くない…? 由美子いい子なんだよ? もうちょっと考えても…」

「付き合いたいと思えないから。―――お前から、断っといて」

「え―……まだ、知り合ってもないじゃない。これから思うかもよ? 付き合ってる子いないし、付き合う予定の子もいないんでしょ? だったら、いいじゃん。由美子、今フリーだけど、校内で人気あるの知らないの? 性格もよし、顔もよし。こんな好条件の子、なかなかいないよ?」

「………」


そこで黙った智哉はもう一度大きく溜息をつき、呆れ眼でこちらを見やった。それから渋い顔で髪の毛をがしがしと掻き、小さく舌打ちをした。智哉の機嫌はみるみる内に急降下し、今は底辺を低迷中。ここまで機嫌悪くなることって滅多にないのに、いったいどうしたというんだ。オロオロとしながら、智哉の顔色を窺う。


「え、何。なんでそんなに不機嫌になるの…?」

「………。もういい。とにかく頼まれても無理なものは無理だから」

「えー、もったいない…。由美子、アンタの好みでしょうに」

「…なんで俺の好みは分かってるのに、肝心なトコ、分っかんないかなぁ…?」

「なんか言った?」

「なんも。とにかくごめんって断っといて」


にべもなく切り捨てる智哉に、不満ながらも頷いた。智哉が全く乗り気じゃないなら、この話はなかったことにするしかない。

あーぁ、でも、ホントにもったいない。私がもし男だったとしたら、由美子と付き合えるなら、喜んで付き合うのに。智哉は由美子のどこが不満だっていうのよ。贅沢なのか、それとも…。


「智哉、やっぱ枯れてんじゃないの?」

「…~~っ! あぁもー! だから、お前には言われたくねぇよ、絶っ対に!!」


ふーふーと興奮しきった様子で、智哉が私に怒鳴る。

ホントになんでこんなに怒ってんの、コイツ。尋常じゃない智哉の怒りに、困惑した私は「ちょ、落ち着きなよ、ね?」と智哉を必死に宥めようとする。と、それまでいきり立っていたはずの智哉は途端にしゅるしゅると気落ちし、やがて肩を落としながら「もうやだ、なんなのコイツ…」と力なく首を振った。


「ホントごめんって、ね?」

「謝るくらいなら、いい加減俺の気持ち気付くか、なんかしろよ……」


意気消沈した智哉が、何事か呟いたが、生憎それは小さすぎて私の耳には届かずに終わった。






以心伝心で兄弟みたいな私たちだけど、ときどき私には智哉が分んなくなるときがあるのよね。

もしかして、反抗期? お姉さまに逆らいたいお年頃? ははは、なんつってー。


と、私が呑気に笑ってる横で、智哉が私の鈍さに頭を抱えていたなんて、

―――全く想像だにしなかったのだった。



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