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ネストキィレター  作者: 光太朗
赤い魔女
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赤い魔女 1

 カイミーア・ユイファミーアは、王城の廊下で一人、立っていた。

 正確には、一人ではない。近くに──というよりは遠巻きに、三人の護衛が控えている。本当ならばもっと人数を増やさなければならないのだが、彼女が多くても三人と決めた。彼女の決定は絶対で、それに逆らえるものはいない。

 乳白色のドレスは裾の広がらないタイプで、細身で背の高い彼女の姿を、いっそうすらりと見せている。金色の髪は高い位置でまとめられ、踵の高い靴の効果もあり、総合身長は頭を垂れているだれよりも遙かに上だ。

 その彼女に、メイド服の女性が一人、そっと近づいた。顔色をうかがいながら、うなずくようにしてつばを飲み込み、口を開く。

「ユイファミーア様。オングルの使者が、黄の間に……」

「良い。待たせておけ」

 良く響く声で、ユイファミーアは答えた。怒気を含んでいるわけではないが、迫力がある。彼女の顔は決して不機嫌ではない。とはいえ、上機嫌というわけでもないのは、誰の目にも明らかだ。

「ですが……」

 メイドは引き下がらなかった。しかし、続きをいうのはためらわれるのだろう、ユイファミーアの相貌を見上げ、白いエプロンを握りしめる。

「あの……」

「待たせておけば良い」

「……かしこまりました」

 結局、頭を下げ、ユイファミーアに背を向ける。ユイファミーアは眉一つ動かさず、歩き去るメイドの姿を一瞥で確認した。

 彼女が、こうして客が待っている旨を伝えに来るのは、これで三度目だ。ユイファミーアは、客に会う気がないわけではない。ただ、いまは優先すべきことがほかにある。

 引き続き、ユイファミーアは待った。

 前国王である父は何年も前に身罷り、その後のカイミーア王国を支えた母も、病に伏せている。いまや、王権を授かる身であるユイファミーアには、自由になる時間などほとんどない。

 それでも、こうして時間を使ってでも、ユイファミーアはここにいなければならなかった。

「ユイファミーア様。珍しいですね、こんなところで」

 廊下の角を曲がり、弟──カイミーア・ルーガルドが姿を現した。驚いた顔をしたのは一瞬で、すぐに品の良い笑顔になる。

 ユイファミーアがここに立っていたのは、まさにこのためだった。睨むような目を向けるが、気づいていないのか、弟は穏やかな微笑を浮かべたままだ。

「ここのところ寒いですから、どうかお身体にお気をつけください」

 まったく自然な挙動で、そう姉を気遣う。ユイファミーアは露骨に眉をひそめた。

「ずいぶん他人行儀だな、ルーガルド。姉と呼べと、いっているだろう」

「ですが、あなたはこの国の王です」

「貴様はその弟だ」

「ええ、弟です」

 ユイファミーアは黙る。そんな問答がしたかったわけではない。 

 ルーガルドはユイファミーアとは違い、護衛を連れていなかった。カイミーアでは、現王の弟であろうとも、厳密には王位継承権を持たない。それを決めるのはまさに現王であるユイファミーアであり、彼女はルーガルドに継承権を与えることを否としている。だからこそルーガルドには自由が許され、そして守られることもない。

「部屋に入れろ。大事な話がある」

 眉間に深くしわを刻み、ユイファミーアはそれでも怒りを堪えるように、静かにいった。ルーガルドはすぐにうなずく。

「もちろん、僕にそれを拒否する権利なんてありません」

「ルーガルド」

 語調を強める。ルーガルドは、己を呼ぶ声から身をかわすかのように、ユイファミーアに背を向けた。

「どうぞ」

 ユイファミーアがずっと立っていたその隣の、重厚な作りの扉を開ける。ルーガルドは姉を待つことなく、先に自室へ入っていった。

「ここで待て」

 ユイファミーアは三人の護衛に厳しく声を投げ、弟のあとに続く。言葉が返ってくるよりも早く、ぴしゃりと扉を閉めた。

 ルーガルドの部屋は、ユイファミーアの記憶にあるそれとはずいぶん様変わりしていた。

 幼いころから几帳面な弟だったが、それに拍車をかけたように整えられた室内。必要最低限のものしかなく、飾り気もほとんどない。望めばなんでも置けるはずの広い室内に、デスクとベッド、チェストのみ。

「おまえの部屋には、腰を落ち着ける場所もないのか」

 部屋をぐるりと見回し、結局は立ったままで、ユイファミーアがつぶやく。ルーガルドは、自分もすわることなく、姉に向き直った。

「場所を変えますか?」

「いや、いい。二人きりで話したいのだ。ほかでは邪魔が入る」

 ユイファミーアは、扉から距離を取った。小さな窓の向こう側にも注意を払い、それから部屋の中央、なにもない絨毯の上に立つ。

 背筋を伸ばし、顎を下げ、弟の目をじっと見つめた。ルーガルドが真っ向から視線を受け止めたので、迷わず口を開く。

「なにを、企んでいる」

 しかし、彼女の質問は、宙に浮いた。

 ルーガルドは表情を変えなかった。沈黙が降りる。まるで言葉など発せられなかったかのように、変わらず、対峙する。

 ユイファミーアは苛立ちを抑えながら、息を吸い込んだ。

「私がなにも知らないと、思っているのか。おまえが赤い魔女を捕らえようと躍起になっていることも、そのために伝師やレッドウォーカーを使っていることも、知っている。なにをする気だ、ルーガルド」

「ユイファミーア様こそ、なにをお考えですか」

 ルーガルドはまったく怯まなかった。それどころか瞳に光を宿し、まるで敵対するものを見るかのように、姉を射抜く。

「僕は赤い魔女を捕らえたいと思っています。でもそれは、当然のことです。いままでに赤い魔女が、いくつの町を滅ぼしたでしょう。放っておけば、カイミーアは完全に加護を失うことになる」

「他国では、あたりまえのことだ」

「他国!」

 ルーガルドは笑った。だがそれは、奇妙に歪んだ顔だった。どこか泣きそうな、しかしそれを無理矢理に抑えているような表情だ。

 ユイファミーアは、気づいた。彼は、軽蔑しているのだ。

「姉さんは、カイミーアの誇りを忘れてしまったんですね」

「違う」

 きっぱりと、首を左右に振る。

「この国の未来を考えればこそだ。ずっとこのまま、塀の中に閉じこもっているわけにはいかない」

「だから、人の作った文字を?」

 ユイファミーアは瞳を伏せた。様々な思いが身体中を一気に駆けめぐり、すぐに凪ぐ。

 答えは決まっていた。

 弟を見る。

 この国のすべてが正しく、この国のすべてが素晴らしいものだと信じて疑わない彼の目を、真っ直ぐに。

 そして、うなずいた。

「そうだ」

 ルーガルドが目を見開く。ユイファミーアはあえて、強く続けた。

「この国は、ネストキィレターと決別しなければならない。ルーガルド、余計なことはするな。私の邪魔をしたいわけではないだろう」

 ルーガルドは答えなかった。ユイファミーアは弟の言葉を待とうとしたが、ついに堪えきれなくなったかのように、扉がノックされる。

 もうこれ以上、ここにいることはできなかった。黙ったままの弟を残し、ユイファミーアは部屋を出た。







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