06 突然の緊急クエスト!?
何が起きたのか、まったく分からなかった。
身体に強い衝撃を受けたと思った次の瞬間には、景色が激しく回転していた。
地面へ叩きつけられ、肺の中から空気が一気に押し出される。
「いった……! はぁっ……な、何なの……?」
身体を起こそうとしても、うまく力が入らない。
痛覚の再現は安全のために抑えられているはずなのに、それでも全身が痺れるほど痛かった。
倒れたまま視界の端へ目を向ける。
私のHPは、わずかな赤い線を残すだけになっていた。
点滅を繰り返すゲージの横には、危険を知らせる警告まで表示されている。
一撃で、ほとんど全部削られたの?
「ラムさん!」
レオさんの声が聞こえる。
いつもより明らかに余裕のない声だった。
こんな状況なのに、私はそのことに驚いていた。
他人と一緒に行動することが少なそうな人なのに、こんなにも必死な声で私の名前を呼んでくれるんだ。
「レ、オ……さ……」
ちゃんと返事をしようとしても、声がうまく出てこない。
レオさんは無事なのだろうか。
さっき逃げてきたプレイヤーは、どうなったのだろう。
自分が危険な状態なのは分かっているのに、それより先に周囲のことが気になってしまう。
けれど、今の私には誰かを助ける余裕なんてない。
それどころか、自分のHPを回復する手段すら持っていなかった。
――あれ?
これ、私がかなり危ないのでは?
今さらその事実に気づいたとき、少し離れた場所から悲鳴が聞こえた。
「うわあああああっ!」
逃げてきたプレイヤーの声だ。
そちらを確認しようとしたけれど、身体が動かない。
「ラムさん、今すぐ回復させます!」
レオさんは悲鳴にも振り返らず、真っ直ぐ私のそばまで駆け寄ってきた。
取り出した小瓶の中身を私へ使うと、身体が淡い光に包まれる。
減っていたHPが一気に回復し、赤く点滅していたゲージが端まで満たされた。
これ、もしかして、かなり性能のいい回復アイテムなのでは?
全身に残っていた痛みが消え、ぼんやりしていた思考も急速に鮮明になっていく。
「今の状況は……っ? さっきの人は!?」
起き上がりながら周囲を見回そうとすると、レオさんの鋭い声が飛んできた。
「ラムさん、説明はあとです。今は自分の身を守ることだけに集中してください!」
「は、はい!」
反射的に返事をする。
私の目の前では、レオさんがこちらを庇うように立っていた。
その向こうにいるのは、昨日戦ったゴブリンなど比べものにならないほど大きなモンスターだった。
全身から禍々しい光を漂わせ、低い唸り声を上げている。
こちらを威嚇しながら、今にも飛びかかってきそうなほど身体を低くしていた。
さっきの一撃で、私のHPは瀕死になるまで削られた。
見た目だけではない。
今の私では、どうやっても敵わない相手だ。
「大丈夫です」
レオさんはモンスターから目を逸らさないまま、静かに言った。
「俺が倒します。だから、心配しなくていい」
私を回復させ、いつでも逃げられるようになるまで、前に立って時間を稼いでくれていたらしい。
恐怖で震えていたはずなのに、その言葉を聞いただけで、本当に大丈夫なのだと思えてしまった。
こんなに心強い人が、今は私と一緒にいてくれている。
絶対に今考えることではないのに。
目の前に立つレオさんの背中から、どうしても目を離せなかった。
「私のことは、もう大丈夫です! 回復してもらいましたから!」
これ以上心配をかけて、戦いに集中できなくさせてはいけない。そう思い、私はできるだけ元気に聞こえるよう、声を張った。
その声に反応して、レオさんが一瞬だけこちらを振り返る。口元が、わずかに緩んだように見えた。
「分かりました。では、そこから動かないでください」
短く告げると、レオさんは再びモンスターへ向き直った。
あの笑みは、私の無事を確認して安心したからだろうか。
そう考えると、胸の奥が少しだけ温かくなる。
――って、だから! 今はそんなことを考えている場合じゃない。
私は邪魔にならないよう後ろへ下がり、レオさんとモンスターの動きを固唾をのんで見守った。
モンスターが低い唸り声を上げ、地面を蹴った。
大きな身体が一気に加速し、レオさんへ迫る。
速い。
私はさっき、あの動きに何も反応できないまま吹き飛ばされた。
けれど、レオさんは避けようとしなかった。
静かに武器を構え、正面からモンスターを見据えている。
危ない――。
そう思った瞬間、レオさんの姿が消えた。
「えっ?」
瞬きをした覚えはない。
それなのに、さっきまで目の前にいたはずの姿を見失っていた。
直後、鋭い音が一度だけ響く。
モンスターの巨体が、勢いを失わないままレオさんのいた場所を通り過ぎた。
その背後には、いつ移動したのか、武器を振り抜いたレオさんが立っていた。
何が起きたのか分からない。
モンスターも同じだったのか、数歩進んだところで動きを止める。
遅れて、その身体に光の筋が走った。
頭上に表示されていたHPゲージが、一瞬で空になる。
次の瞬間、巨大な身体が無数の光となって崩れ落ちた。
あとに残ったのは、静けさだけだった。
「……え?」
私は双剣を構えることすら忘れ、その場に立ち尽くしていた。
私を一撃で瀕死にしたモンスターが、たった一度の攻撃で消えてしまった。
いや、一度だったのかすら分からない。
私には、レオさんが何をしたのかまったく見えなかった。
「お、終わったんですか……?」
「はい」
レオさんは何事もなかったように武器を収めた。
息一つ乱していない。
強い人だとは分かっていた。
それでも、実際にその力を目の前にすると、知っているというだけでは全然足りなかった。
これが、レオさんの本当の戦い方なんだ。
そう思ったところで、視界の中央へ次々と通知が現れた。
《緊急クエストを達成しました》
《戦闘への参加が確認されました》
《緊急クエスト特別経験値を獲得しました》
続いて、明るい音とともにレベルアップを知らせる表示が現れる。
《レベルが上がりました》
表示された数字が、6から7へ変わる。
けれど、通知はそれだけでは終わらなかった。
8。
9。
10。
数字が次々と上がっていく。
「えっ、ちょ、ちょっと待って……」
レベルアップを知らせる音は止まらない。
11、12と続き、最終的に表示が止まったのは――17だった。
《レベルが6から17に上がりました》
「じゅ、17!?」
一度のクエストで、レベルが11も上がっている。
ほとんど何もできず、一撃を受けて倒れていただけなのに。
さらに、新しい通知が重なった。
《成長ポイントを55獲得しました》
《未使用の成長ポイントと合算されました》
《所持成長ポイント:80》
《新たなスキル候補が解放されました》
「成長ポイント……?」
聞き慣れない言葉に戸惑っていると、戻ってきたレオさんが私の表示へ目を向けた。
「新しいスキルは、成長ポイントを使えば解放できます。前のスキルをマスターする必要はありません」
「じゃあ、マスターするとどうなるんですか?」
「習得したスキルそのものが強くなります。威力や回復量が上がったり、消費するMPやSPが減ったりします。効果はスキルによって違います」
新しいスキルを増やすなら、成長ポイントを使う。
気に入ったスキルを強くするなら、実戦で使い込む。
どちらを優先するかも、プレイヤー次第ということらしい。
メニューを開くと、今まで見たことのない成長画面が表示された。
画面の中には、攻撃、回避、補助といった項目が、枝分かれするように並んでいる。
「こんなに選べるんですか?」
「はい。ただ、すべてを覚えることはできません。成長ポイントをどこへ使うかは、自分で決める必要があります」
「じゃあ、この先にあるスキルも、ポイントを使えば覚えられるんですか?」
「前提になるスキルや必要レベルなど、決められた条件を満たしていれば解放できます。手前のスキルをマスターする必要はありません」
「それなら、マスターは何のためにあるんですか?」
「習得したスキルそのものを強くするためです」
レオさんが、成長画面に表示されたスキルの一つを示す。
「スキルは実戦で有効に使うと熟練度が上がります。マスターすれば、威力や回復量が増えたり、消費するMPやSPが減ったりします。強化される内容はスキルによって違います」
新しいスキルを解放するか、今あるスキルを使い込んで強化するか。
あるいは、成長ポイントをHP、MP、SPに振り分けるか。
選んだ内容によって、同じレベルでも戦い方は大きく変わるらしい。
「これ、ものすごく迷うやつでは……?」
双剣による連続攻撃なら、敵を一気に押し切れるかもしれない。
回避時のSP消費を抑えるスキルなら、危険な攻撃をかわしながら反撃の機会を増やせる。
最大HPやSPを強化すれば、強敵を相手にしても倒れにくくなる。
どれも、これから先の戦いに必要になりそうだった。
正面から攻めるのか。
身軽さを活かして翻弄するのか。
それとも、耐久力を高めて仲間を守るのか。
今ここでの選択が、これからの自分の戦い方を決める。
そう考えると、簡単には決められなかった。
その中で、ひときわ目を引くスキルがあった。
対象のHPを回復する《ヒール》だ。
自分だけでなく、傷ついた仲間も助けられる。
攻撃や回避とは違う力だけれど、誰かが倒れそうになったとき、このスキルがあれば救えるかもしれない。
《ヒール》を覚えるべきか。
それとも、まずは自分が生き残るための力を選ぶべきか。
魅力的な候補が多すぎて、どれを選んでも後悔しそうだった。
けれど、どの道を選んだとしても、今までとは違う戦い方ができる。
この先、どんな敵と戦うことになるのか。
そのとき、自分はどんな力で立ち向かうのか。
考えがまとまらないまま、成長画面を見つめていた。
そのときだった。
「うっ……」
少し離れた場所から、苦しそうな声が聞こえた。
そうだ。
逃げてきたプレイヤーが、まだ残っている。
私は開いていた成長画面を閉じ、声のした方へ駆け出した。
「大丈夫ですか!?」
倒れているプレイヤーのそばまで駆け寄り、私はその場に膝をついた。
HPは半分近くまで減っている。
それだけではない。
SPのゲージもほとんど空になっていた。
どうやら逃げている途中で何度か攻撃を受け、走り続けたことでSPまで使い切ってしまったらしい。
今も少しずつ回復しているものの、すぐに立ち上がれる状態ではなさそうだった。
「す、すみません……。俺がこっちへ逃げてきたせいで、あなたまで……」
「謝るのはあとで大丈夫です。それより、回復アイテムは持ってないんですか?」
「逃げている間に、全部使い切りました……」
苦しそうに答える声を聞き、私は先ほど閉じた成長画面をもう一度開いた。
攻撃力を上げるスキル。
SPの消費を抑えるスキル。
HPを増やすための強化。
さっきまで、どれを選ぶべきか迷っていた。
けれど今は、自然と一つのスキルへ目が向いていた。
《ヒール》
対象一人のHPを回復する初級スキル。
必要な成長ポイントは15。
今の私が持っている80ポイントなら、問題なく習得できる。
これを選んでよいのか、レオさんに相談した方がいいのかもしれない。
けれど、目の前には傷ついている人がいる。
迷っている時間の方が、もったいない。
私は《ヒール》へ15ポイントを使った。
《スキル《ヒール》を習得しました》
《残り成長ポイント:65》
新しい表示が現れると同時に、スキルの使い方が感覚として伝わってくる。
私は倒れているプレイヤーへ右手を向けた。
「ちゃんとできるか分かりませんけど……やってみます」
意識を集中させ、覚えたばかりのスキルを発動する。
「ヒール!」
手のひらから淡い光が広がり、傷ついた身体を包み込んだ。
減っていたHPのゲージが、少しずつ戻っていく。
全回復には届かなかったものの、危険な状態からは抜け出せたようだった。
「回復、できた……」
初めて使ったスキルが無事に発動したことに、思わず安堵の息が漏れる。
「どうして……」
回復したプレイヤーが、驚いたように私を見上げた。
「俺のせいで、あなたは死にかけたのに……」
「確かに、ものすごく怖かったですけど……」
怒っていないわけではない。
本当に、あと少しでHPがなくなるところだった。
それでも、相手も好きでこんなことをしたわけではないはずだ。
「でも、わざとじゃないんですよね?」
「それは……はい」
「だったら、今はみんな無事だったことの方が大事です」
私がそう答えると、プレイヤーは何も言えなくなったように俯いた。
少し離れた場所には、こちらを見つめるレオさんが立っていた。
その表情は、いつもと変わらないように見える。
けれど、なぜか私を見る目だけが、さっきまでとは少し違っているような気がした。
回復の光が消えたあとも、レオさんは少し離れた場所から私を見つめていた。
「レオさん?」
呼びかけても、すぐには返事がない。
やっぱり、相談せずに《ヒール》を選んだのはまずかったのだろうか。
緊急事態だったし、回復アイテムも残っていなかった。
限られた手段の中では、これが最善だったと思う。
それでも、初心者の私が勢いだけで成長ポイントを使ってしまったことに、呆れているのかもしれない。
「あの、勝手にスキルを選んじゃったことなら――」
「それは問題ありません」
言い終える前に、レオさんが否定した。
「成長ポイントはラムさんのものです。どのスキルを選ぶか、俺の許可を取る必要はありません」
「じゃあ、どうしたんですか?」
レオさんは倒れているプレイヤーへ一度目を向け、それから私を見る。
「ラムさんは、怒っていないんですか?」
「え?」
「あなたは、あの人が連れてきたモンスターに巻き込まれて、瀕死になりました」
落ち着いた声だった。
けれど、普段よりも少しだけ硬く聞こえる。
「今回は回復が間に合いましたが、少しでも遅れていれば戦闘不能になっていたかもしれません。それなのに、自分の成長ポイントを使ってまで、相手を助けた」
そこで言葉を切り、レオさんは私の答えを待った。
やはり、私の行動が理解できないらしい。
「怒っていないわけじゃないですよ」
私は正直に答えた。
「ものすごく痛かったですし、本当に駄目かと思いました。今も、思い出すとちょっと怖いです」
「それなら、なぜ?」
「でも、この人もわざと私たちを巻き込んだわけじゃないですよね?」
倒れているプレイヤーを見る。
逃げている間、きっとこの人も怖かったはずだ。
何度も攻撃を受け、回復アイテムも使い切り、それでも助かりたくて必死に走っていた。
「レオさんが私を助けてくれたから、私は今こうして無事でいられます」
もし、レオさんが回復してくれなかったら。
もし、あのモンスターを倒してくれなかったら。
私は何もできないまま、戦闘不能になっていた。
「だから今度は、私にできることがあるなら、この人を助けたいと思ったんです」
レオさんは何も言わなかった。
ただ、少し驚いたように私を見つめている。
「……変でしたか?」
「いえ」
レオさんは静かに首を横へ振った。
「俺なら、同じ選択はしなかったと思っただけです」
その言葉に、今度は私が戸惑った。
「助けなかった、ということですか?」
「必要な回復はしたと思います。ただ、自分を危険に巻き込んだ相手に、ラムさんと同じように接することはできません」
冷たい言い方には聞こえなかった。
むしろ、自分自身へ言い聞かせているように感じた。
「だから、少し驚きました」
「私、そんなに変なことをしました?」
「変だとは思っていません。ただ……俺にはできない選択だと思っただけです」
レオさんはそう言うと、私のことを静かに見つめた。
私とレオさんでは、きっと考え方が違う。
ただそれだけのことなのに、その目は少しだけ、私という人間を知ろうとしてくれているように見えた。
ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
私はゲームだと周りを回復する事ができる時はそういう立ち回りをすることが多いのですが、皆さんはいかがでしょうか?
火力を重視の方、攻撃を受け止めるタンク、どんな立ち回りでも素敵だし、それができる人はすごいなと思ってます。
なんて、自語り失礼しました。
レオはソロプレイヤーが楽。1人でも何でもこなしてしまうのかなと思います。
今後、プレイスタイルが違う2人の距離が縮まっていい影響を与えあえる存在になると嬉しいなと思いました。
また次回もお会い出来ると嬉しいです。




