第三章「歪んだ黄金郷と、ずぼらの極意」
歴史はもはや、誰にも止められないほどデタラメな方向へと走り出しました。 コーワードが適当にばら撒いた未来の知識は、昭和の街角に空飛ぶ車を走らせ、人々の生活を一変させてしまいます。
しかし、時間の怪物は「帳尻」を合わせるために、さらなる歪みを海人とコーワードに突きつけます。精神を削る時の進みの中で、コーワードが取った「あまりにもいい加減な」解決策とは。 因果律の崩壊と、親子の情愛が交差する第三章の幕開けです。
「……なんだありゃ。やりすぎちまったか?」
コーワードは、サイバーパンク化した商店街のど真ん中で、紫煙を吐き出した。 空にはネオンサインを反射する飛行物体が飛び交い、魚屋の店主はレーザーナイフでマグロを解体している。彼が適当に教えた「効率化のコツ」が、時間のいい加減な性質と結びつき、わずか数日で二十年分の技術進化をこの時代に定着させてしまったのだ。
現代(二〇二五年)の地下室では、海人が発狂寸前でモニターに噛みついていた。 『コーワード! 貴様、何てことをしてくれたんだ! 母さんの住む町が、僕の知らない未来都市になっているじゃないか!』
通信機越しに響く絶叫に、コーワードは耳をほじる。 「いいじゃねえか、便利そうでよ。お袋さんもさっき、全自動洗濯機に感動してたぜ。……まあ、その洗濯機が核融合で動いてるのは、俺も計算外だったけどな」
コーワードの精神は、依然として安定していた。 この異常な歴史改変により、時間軸には凄まじい「修復力」が発生している。普通なら、脳に過電流が流れて一瞬で廃人になるレベルの負荷だ。だが、コーワードは「まあ、街がピカピカなのはいいことだ」と一言で片付け、脳に届くアラートをすべて無視していた。
『いいわけがあるか! 歴史の歪みが限界を超えたせいで、母さんの「死の因果」が変質しているんだ。見てみろ、トラックに跳ねられるはずだった場所には、今や巨大な粒子加速器が建っている!』
「じゃあ、死なないってことだろ? 万々歳じゃねえか」
『違う! 因果律は「死」という結果を求めて、別の形を用意しようとしている。……来るぞ、コーワード。時間の怪物が、整合性を取るために「母さんを消そう」としているんだ!』
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、街の風景が激しく明滅し始めた。 ネオンが消え、人々の姿が透け、電子音がノイズへと変わる。美智子が、存在そのものを「なかったこと」にされようとしていた。
コーワードの目の前で、美智子が苦しそうに胸を押さえて座り込む。 「……海人さん、なんだか……体が、熱くて……」
彼女の指先から、砂のように輪郭が崩れ始める。 生真面目な海人なら、ここで数式を解き、因果の糸を解きほぐそうとして自滅しただろう。だが、コーワードは違った。
「あー……めんどくせえな。おい、時間の化け物さんよ」
コーワードは、あろうことか実体のない「時間の流れ」そのものに向かって、手近にあった空き缶を投げつけた。 そして、自分の記憶の中にある「一番適当な思い出」を脳内に無理やり展開した。昨日食べた、味の薄いコンビニ弁当。どうでもいいパチンコ台のハズレ演出。そんなゴミのような情報を、時間の濁流へと叩きつけたのだ。
「そんなに『結果』が欲しいなら、俺のこのクソみたいな一日でも食ってろ。お袋さんの命と、俺の今日の晩飯、どっちが美味いか試してみな」
時間の性質は「いい加減」だ。 高潔な魂も、ゴミのような記憶も、等しく飲み込もうとする。コーワードが意識的に流した「大量の無意味な情報」は、時間の怪物の喉を詰まらせた。
明滅が止まる。 美智子の輪郭が再び固定され、彼女は大きく息を吐いた。
「助かった……のかしら」 「さあな。まあ、とりあえず腹減ったし、何か食いに行こうぜ。歴史がどうなろうと、飯が美味けりゃそれでいいんだよ」
コーワードは彼女の手を引き、混乱する街の中を歩き出した。 背後の地下室では、海人が「あいつ、マジで何なんだ……」と力なく椅子に崩れ落ちている。
だが、安堵も束の間。 超高度化したこの世界で、美智子の瞳には、かつてなかった「ある感情」が宿り始めていた。それは海人が知る、優しく穏やかな母の姿とは少し違う……もっと強く、欲深い「生命の輝き」だった。
第三章をお読みいただき、ありがとうございます! コーワードの「ずぼらな極意」がついに炸裂しました。高潔な自己犠牲ではなく、どうでもいい記憶を身代わりにするという、彼らしい歴史改変の形です。 しかし、変わりすぎた世界は美智子の心まで変えてしまったのでしょうか?
この物語を面白いと思ってくださった方は、ぜひ感想や評価をお願いいたします! あなたの応援が、コーワードの「やる気(といっても僅かですが)」を左右します。 次回、変貌した母と海人の対峙。お楽しみに!




