表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜のおじさんは今日もパーカーの君と公園でしっぽりする  作者: こうと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/11

第9話 水曜日 ふわふわのワイン

水曜日。一週間の折り返し地点。


 この日を境に、週末へのカウントダウンが始まる……はずなのだが、社畜にとっての水曜日は、溜まった疲労が「常駐」し始める一番厄介な日でもある。


 俺は約束通り、コンビニの酒コーナーで足を止めた。

 あった、カップに入ったレンジで温めるタイプのホットワイン。それから、少し贅沢な厚切りのカマンベールチーズ。


「……背伸び、か」


 彼女が言った言葉を思い出し、少しだけ気恥ずかしくなる。

 いい年をしたおじさんが、夜中の公園で女の子とホットワイン。客観的に見れば浮ついているが、今の俺たちには、これくらいの「非日常」が必要だった。


 いつもの公園。

 ベンチに座る彼女は、今日はフードを被らず、夜風に髪をなびかせていた。

 街灯の下、さらりと流れる髪が、どこかのシャンプーのCMよりもずっと綺麗で、俺は一瞬、足を止めてしまった。


「あ、おじさん。……本当に買ってきてくれたんだ」

「約束だからな。ほら、零さないように」


 レンジで温めてもらったカップを手渡すと、ふわりとシナモンと果実の甘い香りが漂った。

 

「わぁ……。いい匂い。本当に、ちょっとだけ大人な感じです」

「俺はもう十分すぎるほど大人だがな。……じゃあ、一週間の真ん中に」

「乾杯」


 プラスチックのカップが、小さく「ポコッ」と音を立てる。

 一口飲むと、芳醇なワインの香りと熱が、喉から胃にかけてじんわりと広がっていく。


「……んん。美味しい。……身体の中から、とろけていきそう」

「チーズも食べろ。これがまた、ワインに合うんだ」


 カマンベールを口に運びながら、俺たちはしばらく言葉を交わさなかった。

 ただ、ワインの温かさと、夜の静寂を味わう。


「ねえ、おじさん。……どうして、おじさんのほうから何も聞かないでいてくれるんですか?」

「ん?」

「私が誰か、とか。どうしてここにいるのか、とか。普通、もっと気になりますよね?」


 彼女はカップを両手で包んだまま、俺を上目遣いに見た。

 その瞳は、どんな名作映画のヒロインよりも、真っ直ぐに俺を射抜いていた。


「……さあな。多分、俺が疲れてるからだろうな」

「疲れてるから?」

「ああ。君の正体を知って、サインを貰わなきゃとか、誰かに言いふらさなきゃとか……そういう『社会的な対応』をする元気が、俺には残ってないんだ。ただ、ここで温かいものを飲んで、しっぽり笑い合える。それだけで、俺のキャパシティはいっぱいなんだよ」


 彼女は少しだけ意外そうに目を見開き、それから……。

 くすくすと、鈴を転がすように笑った。


「……やっぱり、おじさんは最高ですね。……私、この一週間で、今の言葉が一番嬉しいかも」


 彼女はそのまま、そっと俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 ワインの酔いのせいか、それともこの空気のせいか。

 彼女の体温が、いつもよりダイレクトに伝わってくる。


「……ちょっとだけ、酔っちゃったかもしれません」

「ワインのせいか? それとも俺の加齢臭か?」

「ふふ、ワインのせいです。……おじさん、明日は木曜日。……あと二日、頑張れますか?」

「……ああ。君とのこの時間があるなら、あと一ヶ月くらいは無休でもいける気がするよ」


 それは、社畜としての誇張ではない、俺の本音だった。


 水曜日の夜。

 赤色のワインと、彼女の微かな体温。

 俺たちの関係は、どこまでもゆっくりと、しっぽりと、深まっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ