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社畜のおじさんは今日もパーカーの君と公園でしっぽりする  作者: こうと


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8/11

第8話 火曜日 じんわりのたい焼き

火曜日。一週間のうちで、もっとも「現実」が重くのしかかってくる日だ。

 月曜日に気合で片付けた仕事の後に、新たなトラブルが雨後のたけのこのように湧いてくる。今日も今日とて、客先での謝罪と、帰社してからの修正案作成に追われた。


「……あ。そうだ、たい焼き」


 駅に向かう途中で思い出し、俺は少し遠回りをして、商店街の端にある老舗のたい焼き屋へ走った。閉店ギリギリ、滑り込みセーフ。

 約束通り「つぶあん」を二つ。

 紙袋越しに伝わる熱を、スーツの内ポケットに滑り込ませる。

こうすれば、冷え込む夜道でも少しは温かさが長持ちする。社畜が編み出した、ささやかな生活の知恵だ。


 いつもの公園。街灯の下に、パーカーの彼女がいた。

 今日はなんだか、いつもよりフードを深く被り、膝を抱えて小さくなっているように見えた。


「……待たせたか。パーカーちゃん」

「あ、おじさん……。……お帰りなさい」


 顔を上げた彼女の鼻の頭が、ほんのりと赤い。寒さのせいか、それとも。


「ほら。約束のつぶあんだ。まだ熱いぞ」

「わぁ……。本当だ、熱々……。おじさん、どこに入れてたんですか?」

「内ポケットだ。俺の体温で保温しておいた」

「ふふ、おじさんの体温……。ちょっとだけ、加齢臭が移ってないか心配ですね」

「失礼な。石鹸の香りの柔軟剤を使ってるよ」


 冗談を言い合いながら、並んで袋を開ける。

 香ばしい皮の匂いと、甘いあんこの香りが、二人の間にふわりと広がった。


「パーカーちゃんは、どっちから食べる派だ? 頭か、しっぽか」

「私は……しっぽ。美味しいものは最後に取っておきたいから」

「俺は頭。一番熱いところを真っ先に攻略するのが、仕事の効率化と同じだ」


 サクッ、といういい音が二つ。

 はふはふと息を吐きながら、熱いあんこを口の中で転がす。


「……んーっ、美味しい……。しっぽまであんこ、詰まってますね」

「老舗のこだわりだからな。……どうだ、少しは元気出たか?」


 彼女はたい焼きを頬張ったまま、少しだけ動きを止めた。

 それから、ゆっくりと俺の肩に、昨日よりも自然に頭を乗せてきた。


「……今日、すごく怖かったんです。新しいドラマの顔合わせがあって。……みんなが私のことを『商品』として見てて、私の心がどこにあるかなんて、誰も気にしてなくて」


 彼女の吐息が、俺のスーツに白くかかる。

いつの間にか彼女は「自分」について話してくれるようになった。


「でも。ここでたい焼き食べて、おじさんとどうでもいい話をしてると……私、ただの女の子に戻れる。商品でも芸能人でもなくて、ただの『つぶあん好きのパーカーちゃん』に」


 俺は何も言わず、ただ、自分自身のたい焼きを噛み締めた。

 俺にできることは、彼女に気の利いたアドバイスをすることじゃない。ただ隣にいて、一緒にたい焼きを食べて、この静かな夜を共有することだけだ。


「……俺も、会社じゃ『替えのきく部品』だよ。でも、ここで君といる時は、ただの『たい焼きを買ってくるおじさん』だ。それって、案外贅沢なことだよな」


 彼女は俺の肩に頭を乗せたまま、小さく笑った。


「贅沢ですね。……世界で一番贅沢な、公園の夜です」


 たい焼きを食べ終える頃には、彼女の微熱のような不安も、少しだけ冷めて落ち着いたように見えた。


「……ねえ、おじさん。明日は水曜日。一週間の真ん中ですね」

「ああ。折り返し地点だ。……何か、リクエストはあるか?」

「水曜日は……。ちょっとだけ、背伸びしたいな。……ホットワイン、とか」

「……またハードルの高いことを。コンビニにカップのがあれば、考えておくよ」


 俺たちは、どちらからともなく立ち上がり、それぞれの「戦場」へと帰る準備を始めた。


「また明日。……おやすみなさい、おじさん」

「ああ。また明日な。……パーカーちゃん」


 火曜日の夜。

 たい焼きのしっぽに残っていたあんこの甘さが、帰り道の俺の心を、じんわりと温め続けていた。

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