第7話 月曜日 魔法のみたらし
月曜日の朝ほど、この世に不要なものはないと思う。
日曜日の昼過ぎまで泥のように眠り、溜まった洗濯物を片付け、気づけば外は暗くなっていた。
唯一の休みは、砂時計からこぼれ落ちる砂のように、あっけなく消え去った。
そして迎えた今日。案の定、仕事は山積みだった。
週末に溜まったメールの処理、週明け早々の会議、そして上司の機嫌取り。
「……ああ、死ぬ。今週はもう、今の時点で限界だ」
22時。重いカバンを肩に食い込ませ、俺は夜の街を彷徨う。
向かう先は、いつもの公園だ。
今夜の「しっぽりセット」は、スーパーで見つけた三本入りの『みたらし団子』。それと、渋めの『濃いお茶』。
なんだか無性に、ベタベタに甘くて、少ししょっぱいものが食べたかった。
公園に入ると、いつものベンチに「彼女」の影を見つけた。
パーカーのフードを被り、スマホをいじることもなく、ただ夜の闇を眺めている。
「……パーカーちゃん。生きてたか」
「あ、おじさん。……お帰りなさい」
彼女の声が、いつもより少しだけ低く、掠れている気がした。
俺は隣に腰を下ろし、みたらし団子のパックを開ける。
「ほら。今日は和菓子だ。月曜から飛ばしすぎた俺たちには、これくらいのご褒美が必要だろ」
「わぁ……お団子だ。おじさん、分かってますね」
彼女は一本、お団子を手に取った。
とろりとしたタレが、街灯に反射して琥珀色に輝く。
「……昨日、お仕事大変だったのか?」
俺が尋ねると、彼女は団子を頬張りながら、小さく頷いた。
「ん。……朝から晩まで、ずっと別の自分を演じてました。カメラの前で笑って、可愛いこと言って、ファンの人に手を振って。……さっき楽屋で鏡を見たら、顔が笑ったまま固まってて、ちょっと怖かった」
彼女は団子をゆっくりと噛み締め、それから深く、深く溜息をついた。
「……でも、ここでお団子食べてると、やっと顔の筋肉が緩んでくる感じがします」
「それは良かった。俺も、さっきまで部長の顔を思い出すだけで吐き気がしてたが、君のパーカー姿を見たら、ようやく『夜』が始まった実感が湧いてきたよ」
俺たちは並んで、お茶を啜った。
みたらしの甘辛い味が、疲れた身体に染み渡る。
「ねえ、おじさん。……一つ、わがまま言ってもいいですか?」
「なんだ。高いものは買えないぞ」
「そうじゃなくて。……少しだけ、手を貸してください」
彼女はそう言うと、俺の左手を取り、自分の両手で包み込んだ。
彼女の手は驚くほど冷えていて、けれど、微かに震えているのが分かった。
「……おじさんの手、あったかい。……パソコンばっかり打ってるからかな」
「ただの血行不良かもしれないがな。……冷えてるな。今日は風が強いから」
「いえ、そんなことないですよ?」
俺はそのまま、手を引かずにいた。
恋人同士のような繋ぎ方じゃない。ただ、凍えた小鳥が温もりを求めているような、そんな切実な温もりの共有。
「……これで、明日も『可愛い私』になれそうです」
「そうか。なら、好きなだけ握ってろ。俺の手で良ければ、いくらでも貸してやる」
月曜日の夜。
絶望から始まった一週間だったけれど。
手のひらから伝わる微かな体温と、みたらし団子の甘い香りが、俺たちの夜を優しく、しっぽりと包み込んでいた。
「……明日は、何を持ってきてくれるんですか?」
「そうだな。……温かい『たい焼き』なんてどうだ?」
「最高です。……あんこは、つぶあんでお願いしますね」
彼女の少しだけ明るくなった声を聞きながら、俺は冷たい夜風が、さっきより少しだけ心地よく感じられた。




