第5話 金曜日 頑張れのコーンスープ
世間では「華金」なんて浮かれた言葉が飛び交っているらしい。
駅前の居酒屋からは楽しげな笑い声が漏れ聞こえ、ネクタイを緩めたサラリーマンたちが解放感に浸っている。
けれど、俺にとってはただの「週の折り返し」に過ぎない。
俺の会社に「土曜休み」という概念は存在しないのだ。
「……あと一日。あと一日耐えれば、日曜日だ」
自分に言い聞かせながら、重い足取りで公園へ向かう。
今夜のお供は、自販機で見つけた「濃厚コーンスープ」を二缶。
本当はもっと洒落たものを買いたかったが、思考回路がショートしていて、温かくて甘い、この黄色い缶に吸い寄せられてしまった。
公園のベンチ。
いつもの定位置に、彼女はいた。
今日はパーカーの上にさらに厚手のコートを羽織り、もこもこした姿で夜空を見上げている。
「あ、おじさん。お疲れ様です」
「……ああ。お疲れ。今日はこれだ。振ってから開けろよ、粒が残るから」
手渡したコーンスープの熱に、彼女の表情がふわりと緩む。
缶をシャカシャカと振る音が、静かな公園に二つ重なった。
「ぷはぁ……美味しい。身体に染みる……。ねえ、おじさん。明日はお休みですよね? 何して過ごすんですか?」
彼女の無邪気な問いが、俺の胸にチクリと刺さる。
俺は苦笑いしながら、自分のコーンスープを一口飲んだ。
「……いや。俺の休みは、日曜日だけだ。明日は普通に朝から会議だよ」
「えっ……」
彼女の手が止まる。
フードの中から覗く瞳が、驚きと、それから同情の色に染まった。
「……日曜日だけ? 一週間、ずっと働いてるんですか?」
「まあ、それが日本の社畜のスタンダード……ではないかもしれないが、俺の日常だな。だから、金曜日の夜は『明日も地獄か』っていう絶望と戦ってるんだよ」
冗談めかして言うと、彼女は少しだけ俯いた。
そして、自分のベンチの端を空けるようにして、さらに俺の方へ寄ってきた。
「……じゃあ、今日は『お疲れ様』じゃなくて、『頑張れ』の日ですね」
「励ましてくれるのか?」
「ん。……はい、これ」
彼女が自分のコーンスープの缶を、俺の缶にコツンと当てた。
乾杯、というにはあまりに静かで、温かい音。
「おじさん、あと一日。明日が終われば、本当の休みが来るから。……明日の夜も、私ここで待ってます。だから、折れないでくださいね」
彼女の言葉は、安っぽい栄養ドリンクよりもずっと、俺の心に直接届いた。
有名芸能人(?)であるはずの彼女が、たった一人の社畜のために、ここで待っていると言ってくれる。
「……ああ。約束だ。明日は、もっと元気な顔でここに来るよ」
コーンスープの底に残った一粒のコーンを、必死に缶を傾けて食べる彼女の姿を見ていたら、不思議と「明日もいける」という気がしてきた。
土曜日の出勤。
それを乗り越えた先にある、彼女との「しっぽり」した時間のために。
「……ねえ、おじさん」
「なんだ」
「明日頑張ったら、日曜日は……一日中、寝てていいですよ」
「はは、許可をありがとう。そうさせてもらうよ」
冷え込む金曜日の夜。
週休一日の絶望は、コーンスープの湯気と一緒に、ほんの少しだけ消えていった。




