表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜のおじさんは今日もパーカーの君と公園でしっぽりする  作者: こうと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

第10話 木曜日 あつあつ焼き芋

木曜日。

 この日、社畜の精神状態は一周回って「無」になる。

 月曜日の絶望も、火曜日の焦燥も、水曜日の背伸びも通り越し、ただ淡々と、壊れた機械のようにキーボードを叩く。

 ふと窓の外を見ると、もう夜の22時を回っていた。


「……あ、そういえば」


 ふと思い出し、俺は会社の近くにあるスーパーの入り口に寄った。

 この時間、運が良ければまだ残っているはずだ。

 ……あった。保温ケースの中で、最後の一組が静かに眠っていた。


 今夜のしっぽりセットは、黄金色に輝く『石焼き芋』。それと、香ばしい香りの『ホットほうじ茶』だ。


 公園のベンチ。

 パーカーちゃんは、今日は少し眠そうに、ベンチの背もたれに頭を預けて目を閉じていた。

 俺が近づくと、彼女は薄く目を開け、ふにゃりと力なく笑った。


「あ、おじさん……。……お疲れ様、です」

「ああ、お疲れ。今日は一段とボロボロだな」

「ん……。一日中、ダンスのレッスンだったんです。足が、もう自分のじゃないみたい……」


 俺は隣に座り、新聞紙に包まれた熱々の焼き芋を取り出した。

 途端に、甘く香ばしい、冬の幸福を煮詰めたような匂いが立ち上がる。


「ほら。これを食って、人間としての感覚を取り戻せ」

「わぁ……! 焼き芋だ! ……しかも、すごくいい匂い」


 俺は焼き芋を半分に割った。

 中から真っ白な湯気が勢いよく立ち上り、彼女の少し青ざめていた頬を赤く染める。


「はい、大きい方。しっぽまで蜜がたっぷりだぞ」

「ありがとうございます……。はふ、はふっ……熱い……けど、甘い……!」


 彼女は火傷しないように慎重に、けれど夢中で焼き芋を頬張った。

 その顔を見ていたら、俺の脳内にこびりついていた無機質なエクセルの表が、少しずつ消えていくのが分かった。


「……ねえ、おじさん。木曜日って、どうしてこんなに長いんでしょうね」

「多分、週末の足音が聞こえ始めるからだろうな。意識する分、時間がゆっくり流れるように感じるんだ」


 俺はほうじ茶を啜り、一息つく。


「でも、こうして焼き芋を食べてると……今日一日の、あんなに嫌だった出来事が、どうでもいいことのように思えてくるから不思議だ」

「ふふ。それはきっと、おじさんの魔法ですよ」

「俺のじゃなくて、焼き芋の魔法だろ」


 彼女は満足そうに最後の一口を飲み込むと、ふぅ、と長い溜息をついて、俺の腕に自分の細い腕を絡ませてきた。

 昨日のワインの時よりも、もっと自然に。もっと、当たり前のように。


「……明日は、金曜日。おじさんは、あと二日ですね」

「ああ。明日の夜を越えれば、本当の週末だ。……パーカーちゃんは?」

「私は……。土曜日も、日曜日も、ずっとお仕事です。……でも、明日の夜もここでしっぽりできるなら、全然平気な気がします」


 彼女の体温が、焼き芋の余熱と一緒に、俺の右腕に伝わってくる。

 

「……おじさん。私の名前、知らなくていいって言ってくれましたよね」

「ああ。今でもそう思ってるよ」

「じゃあ……。私がもし、すごく遠くに行かなきゃいけなくなっても……ここで待っててくれますか?」


 不意に投げかけられた、少しだけ切ない問い。

 彼女の芸能人としての運命が、この平穏な夜をいつか壊すことを、彼女自身が一番分かっているのかもしれない。


 俺は少しだけ時間を置いてから、彼女の肩を自分の肩で軽く押した。


「俺は社畜だからな。会社が潰れるか、この公園がなくなるまでは、毎日ここを通るよ。……だから、君が来たい時に来ればいい。俺はいつも通り、何か温かいものを買って座ってるだけだ」


 彼女は俺の腕を握る力を、ほんの少しだけ強めた。


「……そっか。……嬉しいです」


 木曜日の夜。

 焼き芋の甘さと、ほうじ茶の香ばしさ。

 そして、言葉にしない約束。

 

 一週間の終わりまで、あと少し。

 俺たちの「しっぽり」は、静かに、けれど確かに深まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ