◆リザルト2 「切らない」という試行/副作用が、正しく出る
切らない、という試行
ナコハは、紙のメモを一枚、折りたたんだ。
大げさなことはしない。
会議も通さない。
制度も変えない。
ただ、
「切らなくて済む余白」を、
一つだけ残す。
午後、
業務フローの確認ミーティング。
いつもなら、
「誰が担当か」
「誰が最終責任者か」
それだけが確認される場だった。
「この工程」
ナコハは、
自分の担当ではない箇所を指した。
「二人体制にしませんか」
室内が、一瞬、止まる。
「非効率じゃない?」
誰かが言う。
ナコハは、うなずいた。
「はい。
短期的には」
否定しない。
そこが、今までと違った。
「でも、
判断が集中しすぎると
“選ばせる事故”が起きる」
言葉を選んだつもりだった。
それでも、
空気は少しだけざらつく。
新社長は、黙って聞いていた。
「二人で見るだけです。
決定権は一人」
線を引く。
曖昧にしない。
「切らないためじゃありません。
切らなくて済むかを、
先に確かめるだけです」
沈黙。
やがて、新社長が言った。
「……試してみましょう」
その声には、
いつもの即断の鋭さがなかった。
それが、
ナコハにははっきりわかった。
副作用が、正しく出る
数週間後。
数字は、
目に見えて悪化していた。
処理速度は落ち、
報告ラインは増え、
「誰が決めたかわからない」という不満が、
静かに溜まっていく。
「ほらね」
という声は、
誰も上げなかった。
言わなくても、
わかるからだ。
新社長は、
データを前にして黙っていた。
少数精鋭経営推進法。
切ることで、
責任を明確にする。
癒着を防ぐ。
判断を速くする。
――正しい。
――はずだった。
「残った人が、
“選ばれる前提”で疲弊する」
新社長が、ぽつりと言う。
「切られなかった人ほど、
自分を証明し続けなきゃいけない」
それは、
制度設計の段階で
数値に入っていなかった部分だった。
ナコハは、
何も言わない。
これは、
自分が説明すべき失敗ではない。
新社長の、
初めての失敗だからだ。
「切らない構造」は、
万能ではなかった。
だが、
「切る構造」も、
完全ではなかった。
二つが並んで、
初めて見える歪みがある。
夕方。
フロアには、
相変わらず人が少ない。
それでも、
誰かが誰かの資料を見ている。
二人で、同じ画面を覗いている。
効率は悪い。
だが、
孤立は減っている。
新社長は、その光景を見て、
目を細めた。
失敗した。
だが、
壊れてはいない。
ナコハは、
輪っぱの弁当箱を持ち上げる。
今日は、
誰にも見せない。
一人用のまま。
だが、
一人きりではない。
――切らない、とは、
――守ることじゃない。
――壊れきる前に、
――遅らせることだ。
その基準が、
ようやく、
ナコハの中に形を持った。




