表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

 ■ 冒頭:いつもの日常 (明るさの中に未来の影)ほか

 CHAPTER 1

 ■ 冒頭:いつもの日常 (明るさの中に未来の影)



 昼下がりの職場は、今日もゆるく賑やかだった。


「ナコハさーん、これ食べます? 昨日の残りだけど美味しいよ」

「また? ありがとう、でも三日連続だよ? 絶対作りすぎでしょ」

「ほら、うちの母がさ、作る量の感覚バグってるんですよ」


 そんな他愛もない会話が、午後の眠気をほどよく散らしてくれる。

 社食なんて立派なものはないけれど、同僚がよく弁当を差し入れてくれるせいで、

 この部署はいつも“腹が満ちて人間関係も満ちている場所”だった。


 私は、クズミ ナコハ(42)。

 器用に立ち回れるわけじゃない。

 誰かに取り入る才能も、成果を数字で積み上げる力も、とくにない。


 ただ、

「この職場の空気が好きだなあ」

 と思いながら、静かに、淡々と、日々の仕事を回していた。


 それで充分“充実”だった。

 ――2026年の、あの日までは。





 ■ じわじわ忍び寄る制度の影



 三月の終わり。

 社内Slackの上部に、妙に堅い文章が固定された。


 〈 少数精鋭経営推進法 施行に伴う組織見直しについて 〉


「なんか難しそうな名前だね」

「いやでも、うち中小だし関係なくない?」

「まあ、大企業ほどやばいでしょ。うちは“ゆるゆる”だし」


 誰も深刻には受け取っていなかった。

 私もそうだった。


 ただ、その日の夕方。

 人事部の主任が、どこか沈んだ顔で私にだけこう言った。


「ナコハさん、今日ちょっと気をつけて帰ってね」

「え、え? なんで?」

「……いや、なんとなく。ごめん」


 意味不明だった。

 でも胸の奥が、少しだけひやっとした。





 ■ひとり、またひとり



 最初に姿を消したのは、

 課長に甘えるのが上手い女性社員だった。


 昨日まで普通に笑っていたのに、

 翌日には席が空いていた。


「え、休み?」

「なんか、異動じゃない?」


 噂が飛び交うけれど、確証はない。


 翌週、成果横取りで有名だった男性社員が退職扱いになった。

 社内Wikiから名前がきれいに消えていた。

 “なかったこと”にされるような消え方だった。


 妙な静けさが職場に流れ始める。





 ■そして、気づく



 ある朝出社すると、

 フロアの半分以上の席が空いていた。


 まだ温かさの残るマグカップも、

 充電されたままのイヤホンも、

 読みかけの書類もそのままなのに、

 “持ち主だけがいない”。


 私は思わず総務に聞いた。


「今日、みんなどこに?」

 総務の女性は、少し困った顔で言った。


「さっき発表があったの。見てないの?」

「え、まだ…」


「……新社長の判断で、人員整理。

 “初期対象”が一斉に」


 胸が固まった。

 頭が動かない。


 私の席の周りだけ、ぽつんと取り残されていた。


 私は、ナコハは——


 “初期対象”に入っていなかった。


 理由はわからない。

 でも結果だけが、静かにそこにあった。


 そしてその瞬間、私は気づいた。


 > 私以外、いなくなってた。





 ◆消えていく同僚たち、と ナコハ



 ■ Scene 1:弁当の彼


 冷蔵庫の最上段。

 いつも入っていた手作り弁当が、今日は無い。


「今日、珍しくないね」

 と言おうとした相手は、もう出社していなかった。





 ■ Scene 2:課長に甘える女性


「ねえ課長~、これ見てくださいよ~」


 あの声が聞こえない。

 席には新品のストールだけが忘れられていた。





 ■ Scene 3:成果横取りの男


 彼のPCはまだ電源が入っている。

 未送信のメールが画面に残っている。


「例の案件、俺のモノ――」


 カーソルが途中で止まったまま、

 彼だけが消えていた。





 ■ Scene 4:昼休みの雑談組


 三人がいつも食べていた島。

 今日はひとつも弁当が置かれていない。


 でも椅子は微妙にずれ、

 “さっきまで誰かがいた”気配だけが残る。





 ■ Scene 5:ナコハ


 残ったのは私ひとり。

 机の間を抜ける風の音がやけに冷たくて、

 パソコンの起動音だけがやけに大きい。


 私は、

 なぜか“選ばれて残された側”だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ