エピソード 1ー8
色々あったが、俺は自分の部屋に帰ってきた。そこで一息吐いた俺はようやく、自分がChord MAHSのレンに転生したのだと実感を抱いた。
自分がやりこんでいたゲームの主人公に転生する。近年であれば、そういった夢を見る人間も珍しくはないだろう。俺もそんな思いを抱いたことのある人間の一人だ。
でも、なんでよりによってダークファンタジーの世界なんだよ、とは少し思う。
このゲーム、ストーリーが重い。
そもそも、一度滅んだ世界だし、MAHS患者は差別されているし、新章のムービーで見たように、人が死ぬのも珍しくない世界だ。
でも、改めて考えると、そう悪い状況ではないとも思っている。なにしろ、俺はこのゲームをやりこみ、課金もかなりしている。
つまり――と、俺は部屋の内装に目を向ける。
施設のレベルが限界まで上げられた施設は充実している。内装を変えられるのは娯楽室や訓練所なんかだったが、幸いにして俺の部屋もそれに準じているようだ。
荒廃した世界でありながら、自室は冷暖房完備で、パソコンが備え付けられており、最高級のベッドや冷蔵庫、それにシャワールームまで用意されている。間違いなく、転生前の俺の部屋より快適である。
俺の生活環境は転生前よりも確実に向上している。
「……せっかくだ、シャワーでも浴びてゆっくりするか」
俺は服を脱いでシャワールームに入り、レバーを捻って頭からお湯を被る。身体を洗いながら、考えるのは女の子達との関係だ。
正直、それが一番の問題。
ダークファンタジーの世界に転生してしまったことなんかより、よほど問題だ。俺は推しキャラ全員に課金指輪を贈っただけなのに、なぜレンは三つ股なんてしているのか――と。
……というか、課金指輪がトリガーなのか?
システム的には、好感度の上限を突破させ、戦闘能力を向上させる装備。使用者の精神を安定させるという描写はあったけれど、それ以外の意味なんて……と、そこまで考えた俺はふと、アマリリスに指輪を上げたときの、セフィナの反応がおかしかったことを思い出した。
課金指輪……そう言えば、正式名称ってなんだっけ?
ソシャゲでよくあるシステムだからずっと課金指輪って呼んでたけど、正式名称があるはずだ。
文字通り課金することで何個でも手に入る課金指輪だが、本来は一つしか入手できない。その正式名称は……そうだ、エンゲージリング!
コネクトとか、そういう単語がよく登場するゲームだから、エンゲージもそっち関連の意味だと思っていたけど……もしかして、婚約指輪的ななにかなのか!?
……え? じゃあ、まさか、使用者の精神を安定させるって、リストレインみたいな機械的な効果じゃなくて、ただの――精神論!?
あり得ない、とは言い切れない。
MAHS患者は、精神的に不安定になれば暴走する危険が高まる。誰かと結ばれて幸せになっていれば、たしかに暴走の危険は下がるだろう。
そして、指輪をプレゼントしたあと、シーンの外で結ばれている理由にも説明が付く。健全なゲームだから、結ばれた後のシーンは描写されていないだけ、と。
でも、だとしたら……俺はセフィナの前で、アマリリスに婚約指輪を渡したって、こと?
さすがに、12歳のアマリリスに手を出すことはないけれど、セフィナが微妙な顔をするのは無理もない。端から見たら、婚約者の横で幼女を口説いているもヤバいやつである。
いや……マジでヤバいって。
ゲームのストーリー上では、パラレル的な設定で複数の相手と純愛をしていたのかも知れない。でも現実となったいま、様々な関係性が破綻を始めている。
なにより最大の問題は、エンゲージリングという浮気の物証があることだ。複数の女の子が同じ指輪を填めていたら怪しまれるに決まってる。
三つ股がバレるのも時間の問題だろう。
もう一つの問題は、肉体関係かどうかの問題だけじゃなくなった、ということだ。俺の仮説が正しければ、レンは少なくとも、推しキャラ全員、数十名に婚約指輪を渡していることになる。
……どこの人格破綻者だよ。
まだハーレム設定の方がよかった。パラレル設定で展開されていた複数の純愛ルートが統合なんて、無茶もいいところだ。こんな状態、長続きするはずがない。
いままでバレなかったのは、それがゲームの行間でしか語られなかったからだ。現実となったいま、すぐにバレて刺されるのが関の山だ。
だから、バレる前に自分から白状して過去を清算する必要がある――と、そんなことを考えながら髪を洗っていると、不意に背後から物音がした。
「……誰かいるのか?」
声を掛けるが返事がない。次の瞬間、背後から伸ばされた手に抱きしめられた。
「……マスター、来ちゃいました」
不意に響いたのは優しい、けれどどこかイタズラっぽい声。聞き間違えたりしない。その声の主はリーシアだ。まさかと肩越しに振り返ると、彼女はバスタオル姿になっていた。
「おまえ、なにをやってるんだ!?」
「マスターの背中を流しに来ました」
「そんなの頼んでないぞ――って、おいっ!」
リーシアが俺の背中に寄りかかりながら手を伸ばして壁に掛かったボディタオルを掴み、そこにボディソープを落として泡立てる。
「リーシア、ちょっと待て――っ」
体格差があるのだが、MAHS患者のリーシアの身体能力は高い。抵抗も虚しく、リーシアがボディタオルで俺の身体を洗い始めた。
そのくすぐったさに震えていると、また背後から物音がした。
びくりと身を竦め、二人で息を潜める。
「マスター、シャワーですか?」
今度はセフィナの声だ。
ヤバい、とんでもなくヤバい。
セフィナは俺とリーシアの関係を応援しつつも、酔った勢いで、俺と一夜の過ちを犯してしまったのだと思っていた。
でも、もしもパラレル設定なら、セフィナは、リーシアを優先してあげてと言いつつも、俺に惹かれて関係を持ってしまい――という流れだった可能性が浮上する。
その場合、彼女は俺とリーシアが関係を持っているなんて夢にも思っていない。それどころか、リーシアに後ろめたく思いつつも、俺との純愛ルートに突入していた可能性がある。
なのに、セフィナと関係を持つ裏側で、リーシアとお風呂に入っている――なんてバレたら、医療用のメスで解剖されても文句は言えない。
「マスター、聞こえていますか?」
「あ、ああ、聞こえてるよ、セフィナか?」
「はい。ノックに返事がないのに鍵が開いていたので入らせていただきました、すみません」
「いや、それはかまわないが――っ!」
リーシアが俺の背中を指でつぃっと撫で、俺は息を呑んだ。肩越しに振り返り、リーシアに「なにをやっている」と睨み付ける。
彼女は「バレたら叱られますね」と悪戯っ子のように笑う。
いや、叱られるどころじゃないんだよ! 下手をしたら解剖されるレベルだよと、慌てた俺は大人しくしてろと睨むが、彼女はクスクスと笑っている。
純情なリーシアをこんなふうにエッチな小悪魔に育てたのは誰だ! 転生前の俺だよ! てめぇは絶対に許さない、グッジョブだけど!
「マスター? どうかしましたか?」
「い、いやなんでもない。それより、なにか急用か?」
「あっと、そうでした。実はアマリリスの件で少し相談がありまして、マスターの意見を伺いたいのですが……後でいいので、医務室に来てくれますか?」
「……分かった、後で必ず行く」
俺は絞り出すように答え、セフィナの気配が消えるまで息を潜めた。そうして彼女の気配が完全に消えるのを確認した俺は、振り返ってリーシアを睨み付けた。
だけど――
「……マスター、悪いことをした私にお仕置き、しますか?」
濡れたバスタオルを摘まんだリーシアは、少し熱に浮かされたような顔で俺を見上げている。そんな彼女の色気に惑わされた俺の理性は――そこで潰えた。




