エピソード 1ー6
少し重い話をしたが、それはゲーム開始当初の設定でしかない。
俺がやりこんでいるため、最近のヴェルターラインはこの国でも最高基準の快適度を誇る施設となっている。MAHS患者といえど、それほど悲観することはないはずだ。
そんなことを考えているとほどなく目的地へ到着、車両から降りた俺達を警備隊が出迎えた。
「来たか。ヴェルターラインの兵士だな?」
「レンだ、よろしくな」
「ほぅ、おまえが噂のCEOか。俺はここの部隊長リックだ、よろしくな」
「ああ。――それで、MAHS患者は?」
「対象ならあの家屋に立てこもっている」
「立てこもって? 暴走しているのか?」
「その兆候はあった。いまはどうか分からないが――止められるか?」
部隊長の『止められるか?』という言葉に少しだけ嬉しくなった。ゲームでもこういうとき、始末できるか? みたいなやり取りが多かったからだ。
そんな訳で、俺は部隊長の考え方に共感するが、彼の部下はそうじゃなかったようだ。
「隊長、そんな奴らに頼まなくても俺に命じてくれればすぐに片を付けて見せます!」
部隊長の背後にいた若い警備兵が隊長に訴え、俺の方を睨み付けた。
「ゴート、これは治安維持部隊の決定だ。おまえは余計な口を出すな」
「しかし、隊長!」
「ゴート、口を出すなと言った」
「……了解」
明らかに不満げな顔。だが部隊長は取り合わず、俺に視線を戻した。
「話の腰を折って悪かった。早速だが頼めるか?」
「問題ない。――レーネ、対象を無力化して連れてきてくれ」
「任されたのよ。リストレイン限定解除――行くのよ」
リストレインの安全装置の限定的に解除する。
MAHSの力によって魔力を溢れさせたレーネは、死神の鎌の形状をした専用の魔装――冥響を肩に担ぐと大きく跳躍し、MAHS患者が立てこもっているという家屋の屋根に飛び乗った。
その恐るべき身体能力に、警備隊の一部から驚きの声が上がる。
『マスター、天窓から対象を確認、酷く怯えているようなのよ』
『そうか。……なら、対象が暴走する前に取り押さえろ』
『了解、なのよ』
屋根の上に立っていたレーネが鎌を振るった。その足場が切り裂かれ、天井ごとレーネが家屋の中へと落下する。その直後に、家屋の中から男の叫び声が一度だけ聞こえた。
たったそれだけ。
ほどなく、気絶した男を抱えたレーネが戻ってくる。俺はそんな彼女に駆け寄り、男に触れて調律術式を実行し、MAHSの症状を押さえ込んだ。
それから、男の手首にリストレインを填めて沈静化を完了させる。
「これで大丈夫だ」
「……なんというか、恐ろしいまでの手際のよさだな」
部隊長が呆れたように言う。
「慣れているからな」
よくあることだという心の声は正しく伝わったのだろう、彼は「そうか」と目を伏せた。
「……それで、そのMAHS患者だが……」
部隊長が言葉を濁した。彼の言わんとしたことを理解した俺は、ヴェルターラインで引き取ることを提案する。とたん、彼の目元に安堵が滲んだ。
「……感謝する。あとは報酬の方だが――」
「ああ、治安維持部隊から支払われるから気にするな」
「そうか、改めて感謝する。そっちの嬢ちゃんも、助かったぜ」
「私は仕事をしただけだから感謝の必要はないのよ」
レーネがそう言ってそっぽを向く。
その瞬間、ゴートと呼ばれていた警備兵が舌打ちをした。
「はっ、当然だろ。なんで俺達が感染者に感謝しなくちゃいけないんだよ」
「ゴート、止めろ」
「ですが隊長、そいつだってMAHS患者じゃないですか! 未練がましくドレスなんて着やがって、どうせいいところの嬢ちゃんが感染して家を追われたとか――っ」
「ゴート!」
誰よりも早く、部隊長がゴートの顔面を殴り飛ばした。
「た、隊長?」
「いいかげんにしろ! 彼女がMAHS患者だからなんだ? 俺達の街を護るために働いてくれていることに変わりはねぇだろう! 協力者を悪く言うことは俺が許さん!」
「し、しかし、隊長……」
「もういい、おまえには後方待機を命じる! それと、次の訓練では腕立て伏せと腹筋を三百回ずつ、全員連帯責任だ!」
「りょ、了解!」
そう言って慌てて下がっていった。ゴートは他の仲間から「余計なことを言いやがって」と責められている。それを見ていると、部隊長がこちらを向いて「すまないな」と口にした。
レーネは返事をしないが、レースの袖口の下で、指先がわずかに震えていた。
俺は彼女の代わりに口を開く。
「……MAHS患者が周囲からどう思われているかはよく分かっている。部隊長のあんたがそんなふうに言ってくれるだけで十分だ」
俺はそう言って笑うと、レーネの手を引いて踵を返した。背後から視線を感じるが振り返らない。そのままレーネの手を引き、第五環の外に待たせていた車両にまで帰還する。
後部座席の足下には気絶した男を寝かせ、俺とレーネは向かい合って座る。だが、ここまでレーネは一言もしゃべっていない。
ゴートが吐いた言葉は確実にレーネの傷をえぐっている。
それなのに、レーネは言い返さなかった。それはきっと、言い返してしまえば、MAHS患者の立場がいまより悪くなることを知っているからだ。
「レーネ、偉かったな」
席から身を乗り出し、向かいに座るレーネの頭を撫でる。
すると、レーネは俺の手をペチンと叩き落とした。
「ふんっ、馴れ馴れしいわね。一度寝たくらいで彼氏面しないで欲しいのよ」
「あ、ああ、悪か……」
――はあっ!?




