エピソード 1ー4
リーシアとセフィナに対する二股疑惑はひとまず棚上げにした。俺は目先の問題を解決するべく、セフィナと共にアマリリスの病室を訪ねる。かすかな消毒液の匂いが漂う病室のベッドの上、桜色の髪の女の子が、ぼんやりと天井を見つめていた。
「……アマリリス?」
静かに声を掛けると、アマリリスはゆっくりと首をこちらに向けた。
なにがあったのか、おおよそを理解しているのだろう。ガチャのムービーでは愛らしい姿を見せていたはずの彼女だが、いまはその青い瞳から光が失われている。
「アマリリス、大丈夫か?」
「……お母さんはどこ?」
俺の問い掛けに対して、返ってきたのはそんな一言。
「キミの、お母さんは……」
キミを庇って死んだんだと、どうしても口にすることが出来ない。だが、その沈黙自体が答えになってしまったのだろう。彼女は大粒の涙をこぼした。
「――私の、せいだ。私が言いつけを破ったから……っ」
涙が止めどなく溢れる。そして、瞳が紅く染まり始めた。MAHS患者特有の初期症状。膨大な魔力が制御しきれずに瞳が赤くなり、続けて魔力があふれ出る――寸前。
「――マスター!」
セフィナに呼びかけられて我に返る。
幸いにして、こういった状況でどうすればいいかは体が覚えていた。俺はアマリリスの腕を掴み、調律術式を使って荒れ狂う魔力を抑え込もうとする。
俺の意識がアマリリスに浸食し、彼女のぐちゃぐちゃになった逆流してくる。深い悲しみと後悔、そして自責の念。それらの感情に呑み込まれた。
アマリリスは決して一人で部屋から出ないようにと言い含められていた。だけど外で遊ぶ子供の声を聞いて、アマリリスは約束を破ってしまった。
それが悲劇の始まり。
自分が約束を破らなければという自責の念と後悔。そして母を失った悲しみ。どうしてこんなことに。自分は悪くないのに。そうだ、悪いのは世界だ。
こんな世界なんて壊れてしまえばいいんだ!
「マスター!」
――っ、違うっ!
しっかりしろ、俺!
アマリリスの想いに引きずられて自分を見失う寸前、俺はセフィナの声で自分を取り戻した。アマリリスの感情に同調しないように気を付けながら、彼女の魔力の流れを整えていく。
だが、俺が不慣れなせいか、あるいはアマリリスの状態が酷いせいか、上手く症状を抑えられない。それに気付いたセフィナがカートリッジ式の注射器を取り出し、その先端をアマリリスに押し当てた。プシュッと音がして、アマリリスの身体がびくりと震える。
「うあああああああああっ! お母さんっ! お母さん! 私、私のせいでお母さんが!」
叫びながら暴れる。
それでも、アマリリスの手を握りながら調律術式を使い続けていると、ほどなくして抵抗が弱まり、瞳の色も赤みが薄れてもとの青色に戻っていった。
「……よかった。鎮静剤が効いてきたようね。でも……マスターがいて助かったわ。調律術式がなければ、完全に暴走していたかもしれないもの」
「……リストレインを着けているのに、どうして……」
そう言ってアマリリスの手首に視線を向ける。そこには、腕輪型のリストレインが鈍く輝いていた。本来なら、それだけで暴走は防げるはずだ。
「まだ調整前の汎用型だからね。でも、それでも、ちょっとやそっとじゃ暴走しないはずよ」
「なのに暴走したのは、それだけ彼女の闇が深いからか……」
つまり、強い負の感情は、MAHS患者を暴走させる引き金になり得るということ。
そして公式設定によると、アマリリスはまだ12歳。そんな女の子が、母親が死んだのは自分のせいだと自らを責めている。その精神状態がいかほどのものかは考えるまでもない。
俺はベッドの横にある丸椅子に座り、アマリリスの頬をそっと撫でた。
「アマリリス、キミのせいじゃない」
俺ではなく、レンの口調を意識して声を掛ける。アマリリスは鎮静剤の効果でぼんやりとしていたが、それでもゆっくりと俺を見上げた。
「……お兄ちゃん?」
「キミの母親は暴走状態で理性を失っていたはずなのに、最後までキミを護ろうとしていた。彼女は、キミのために立派に最後まで戦ったんだ」
「でも、そのせいでお母さんが……」
そうだなと、彼女の髪を撫でる。
現実を教えるのが正解なのかは分からない。けれど、もしも間違ったことをしていたのなら、専門家のセフィナが止めてくれるだろう。
そう思って話を続ける。
「お母さんのことは残念だ。だけど、キミが無事なことを彼女は喜んでいるはずだ。だから、自分のせいだなんて悲しんじゃいけない。キミのお母さんが心配するだろ?」
「……心配? お母さんが?」
死者はなにも言わず、なにも想わない。
そのことを、レンに転生したいまの俺はよく理解していた。だけど、あるいは、だから、だろうか? 自然と、伝えるべきことは理解していた。
「お母さんは、キミが幸せになることを願っている。キミを頼むと、そう言っていたから」
「お母さん、が?」
「ああ、そう言っていた。だから、いい子にしていたら、お母さんは喜ぶはずだよ」
俺はそう言いながらポケットを探った。
いまの俺に、レンとしての記憶はない。けれど、なんとなく覚えていることもある。そしていまも、課金指輪が懐のポケットに入っていることを知っていた。
俺はそれを取り出し、アマリリスの手の平の上に落とした。
「……お兄ちゃん、これは?」
アマリリスがぼんやりと俺を見上げて問い掛けてくる。
「俺がキミを守るっていう誓いの証だ」
通称、課金指輪。
フレーバーテキストには、装着者の精神を安定させることで暴走の危険を下げ、能力を最大限まで引き出すことが可能になるといったことが書かれていた。
リストレインだけで不安なら、課金指輪を追加すればいい。
これを着ければ、アマリリスが暴走する可能性はより低くなるはずだ。好感度が最高じゃない状態で渡すことがどういう影響を及ぼすかは分からないけれど、なにもしないよりはマシだろう。
「……お兄ちゃんが、守ってくれるの?」
「ああ。必ず守る」
「……本当の、本当に?」
「本当だ。だから心配することはない。まずは、ゆっくり休むといい」
そう言って頭を撫でると、アマリリスは目に一杯の涙を浮かべて視線を彷徨わせた。それから俺に視線を戻すと、その大粒の瞳から涙が止めどなく零れ落ちた。
「……ありがとう。お兄ちゃん。……私、怖かったの。瞳が赤くなっただけなのに、みんなの反応が変わって、おまえは生きていちゃいけないんだって、そんなふうに言われて……っ」
「そうか。でも、大丈夫だ。ここに、MAHS患者はたくさんいる。誰もキミがMAHS患者だからって差別することはない。だから、安心してお眠り」
「……うん、うんっ」
アマリリスは嗚咽を零して泣き続け――やがて、彼女は泣き疲れたかのように眠りについた。それを見届けた俺は、セフィナと共に部屋を出る。
医務室に戻ると、セフィナが物言いたげな顔を向けてきた。
「……なんだ?」
「あの指輪、本気なの?」
「本気というか……あれを渡すことで、暴走の危険を少しでも減らしたかったんだが……もしかして、彼女に渡すのはダメだったか?」
「いえ、そういう理由なら理解はするわ」
理解はしても、納得はいっていない顔。やはりなにかあるのかと確認しようとした直後、施設内にアラートが鳴り響いた。




