エピソード 4ー3
約束を交わした後、俺はリーシアを自室に送った。その帰り道、俺は自分の部屋には帰らず、セフィナのいる医務室へと向かった。
既に夜は更けている。
だが、俺にはセフィナが起きて俺を待っているという確信があった。
「――マスターでしょ、入ってもかまわないわよ」
ノックをすれば、そんな返事が聞こえてくる。俺は一度大きく深呼吸をして――覚悟を決めて医務室の中へと一歩を踏み出した。
彼女はウィスキーを片手に透明な笑みを浮かべていた。
「……セフィナ。俺は」
「――待って。まずは先に謝らせて」
俺の言葉を遮った。
セフィナはグラスをテーブルに置いて立ち上がり、頭を深々と下げた。
「リーシアと貴方の関係を優先すると言ったのに、あのようなことになってごめんなさい」
「……ということは、ベッドの中にリーシアがいるって気付いたんだな?」
「ええ、まぁ……その、目が合ったわ」
「そ、そうか……」
俺との逢瀬がレーネにバレそうになり、慌てて入ったベッドの中。先に同じ理由でベッドの中に隠れていたリーシアと目が合った。
そのときの心境を考えると……ものすごく同情する。
「俺も不用意だった」
「いいえ、リーシアの件に関しては私のせいよ。だから、ごめんなさい」
セフィナはもう一度頭を深く下げて――それから一呼吸おいて、彼女は勢いよく頭を上げた。そうしてジト目で俺を睨み付けてくる。
「だけど、レーネの件はマスターの責任よね? まさか、レーネにも手を出しているなんて……マスター、一体、どういうつもりなの?」
「……すまない」
「私はどういうつもりなのか聞いたのよ?」
「……すまない」
ただ謝ることしか出来ない。
そんな俺に対して、セフィナは眉を吊り上げる。
「マスターはリーシアを大切にしたいから、私との関係を終わらせると言ったはずよね?」
「ああ、覚えてる」
「なのに、レーネに手を出したの?」
「そうだ」
「まさか、他の子にも手を出したりは……」
「してる」
ここで言い訳は出来ないと、正直に答えた。
セフィナの眉が釣り上がっていく。
「――だったら、私が遠慮する理由なんてないじゃない!」
「そうだな……って、え?」
反射的に答えてから聞き返す。
直後、ソファを離れて詰め寄ってきたセフィナが俺の胸ぐらを掴んだ。
「いい、マスター、よく聞きなさい? 私はリーシアの幸せを願ってる。だから、リーシアには遠慮した。でも、他の誰かのために引き下がるつもりはないわ」
「いや、あの、俺はリーシアともそういう関係なんだが?」
「それについては後で追及するわ」
「……追及されるんだ」
「当然でしょう?」
「あい」
断罪はまだこれからだと知って項垂れる。セフィナは溜め息を吐くと、俺の胸ぐらから手を放し、ソファに座り直した。それから、向かいの席を俺に勧めてくる。
「……座っていいのか?」
「長話になりそうだからね。許すかどうかは事情を聞いてからよ」
「分かった」
と、向かいのソファに腰掛ける。セフィナは飲むかとグラスを掲げるが、さすがにそれは辞退した。そうして背筋を正すと、セフィナもまたグラスをテーブルの上に戻した。
「……それで、どう言うことかしら? 私との関係を清算しようとしたくらいだから、リーシアを大切にする気持ちに嘘はないのよね?」
「ああ、そこに嘘はない」
「なのに、複数の女の子に手を出しているの?」
「……そうだ」
セフィナは一瞬だけ眉を寄せ、それから息を大きく吐いた。
「分からないわね。それとも、分からせるつもりがないのかしら?」
「それは……」
打ち明けるべきか否か。散々迷った末に、実は――と、俺はアマリリス救出劇より前の記憶の多くが失われていることを打ち明ける。
信じてもらえるかが心配だったが、セフィナはドクターの肩書きを持つだけあって、「記憶の一部って言うのは、どの程度? 調律術式は使えているわよね?」と質問を投げかけてきた。
雰囲気がまんま、病院で受ける問診である。正確には記憶喪失ではないので少し後ろめたいけれど、記憶がなくて困っているのは事実だからと、俺は状況の説明を続ける。
「技術的なことは身体が覚えるみたいだ。でも、ヴェルターラインのマップは抜け落ちていた。それに、みんなとの記憶も曖昧だ」
セフィナはピクリと指を震わせた。
「……そう。だからあのとき、私にリーシアとのことを聞いたのね」
「ああ。目覚めたとき、リーシアにキスをされて、俺はリーシアと付き合っているのかと思って探りを入れたんだ。だから、セフィナの反応は予想外だった」
よりにもよって、リーシアとセフィナの両方と関係を持っているとは夢にも思っていなかったと口にすると、セフィナもまた苦笑を返してきた。
「それはまた、ずいぶんとややこしい状況だったのね」
「まあ、な。というか……信じてくれるのか?」
「貴方の行動が破綻しているからね。少なくとも記憶の混乱が起きていることは信じられるわ。だから、貴方のいう記憶喪失も本当だと思っているわ」
「……なるほど」
よかったと安堵して、だけどはたと気付く。俺があのとき、セフィナとの関係を清算しようとしたからこそ、いま彼女に信じてもらえている。
あのとき流されていたら、いまごろは疑われていたはずだ。そう考えると、誠実であろうと足掻いたことにも意味はあったのかもしれない。
「現状は理解したわ。でも、貴方が複数の女性に手を出した事実に変わりはない。そのことに対して、貴方はどうケジメを付けるつもりなの?」
「それは……一人一人、話した上で判断するつもりだ」
言いよどんだのは後ろめたさがあったから。
そして、セフィナはそんな俺の内心を見透かしたかのように言い放つ。
「つまり、浮気を拒絶した相手とは別れ、そうじゃない相手とだけ関係を続け、ハーレムを作ると開き直った――ということ?」
「いや、まぁ……そうなんだけど、もう少し言い方ってものがあるだろ?」
まるで俺が節操なし見たいじゃないか。
いやまぁ、まったくもって否定できないんだけどさ。
「言い方を変えたって、結果的には同じでしょう? それより、それはリーシアも納得済みのことなのかしら?」
「ああ。というか、リーシアから提案された」
それだけは少し予想外だったのか、セフィナはわずかに目を見開いた。
「そう。あの子が。なら、私から言うことは……いえ、私も宣言しておくわ」
彼女はウィスキーを飲み干すと、ローテーブルに手を突いて身を乗り出した。
そのまま猫のようにテーブルの上を這ってくると、そのまま俺の太股に両手を突き、胸の谷間を見せつけるような体勢で俺の顔を見上げる。
「貴方が関係を終わらせるか、そのまま関係を続けるのかの二択でケジメを取るというなら、私はこの関係を終わらせるつもりなんてない。私を沼に堕とした責任、取ってもらうわよ」
強気の発言、だけど、俺の太股を通して彼女の震えが伝わってくる。
「……いままで悪かった。俺はリーシアと同じくらい、おまえのことが大切なんだ。だから、おまえが俺の側にいることを望むなら、俺は決しておまえを手放さない」
それが俺に出来るせめてものケジメの付け方。
セフィナは少し驚いた顔をして、それから恥ずかしそうに顔を逸らした。だけど、最後は恥ずかしげながらも視線を向けてくる。俺は彼女を引き寄せて――その唇を奪った。
医務室を出ると、窓の外に見える夜空が淡く色味を帯びていた。
結構な時間が過ぎてしまったけれど、それでもレーネは待っていてくれるだろうか? そんなことを考えながら、俺はレーネの部屋を訪ねた。
だが、ノックをしても返事はない。
寝ているのだろうかと電子ロックに触れると、生体認証で鍵が開いた。ヴェルターラインのCEOだからか、それとも俺がレーネに鍵をもらったのか……恐らく後者だろう。
「……お邪魔します」
囁いて部屋の中に入る。
一歩前に進むと、背後の扉が閉まって暗くなる。だが、しばらくしていると目が慣れたのか、ベッドの上で丸くなる、ネグリジェ姿のレーネの姿が常夜灯の明かりで浮かび上がった。
ネグリジェは薄手の生地を使っているのだろう。常夜灯のわずかな光りの中でも、彼女の肌が透けて見える。俺は彼女に手を伸ばし――途中で我に返って首を横に振った。
「……マスターなら好きにしていいのよ?」
不意にレーネの呟きが聞こえた。
寝言かと思ったが、レーネの金色の瞳が開かれている。彼女は身を丸めたまま、俺のことを静かに見上げている。その目は、俺の答えを待っているかのようだ。
「レーネ、話がある」
「……聞きたくないのよ」
彼女はそう言って手で両耳を塞ぐ。
「いや、だから」
「聞かなくても分かるのよ。この時間まで来なかった、それが答えなのでしょう?」
「なにを言ってるんだ?」
「だから、リーシアと仲直りして、私との関係の清算に来たのでしょう?」
俺が遅くなったことを、そういうふうに受け止めたようだ。どうすればレーネを安心させられるのか、考えた俺は――レーネの胸を鷲掴みにした。
「マ、マスター、急になにをするのよ? ――んぅっ」
驚いてこっちを見たレーネの唇を奪う。そうして驚くレーネを抱き寄せて、おまえを捨てるつもりなんてないと、これでもかと分からせてやった。
一息を吐いたあと、レーネはベッドの上に身を投げ出して荒い息を吐いていた。彼女は引き寄せたシーツで汗ばんだ肢体を隠している。
俺はそんな彼女の頬を撫でる。
「という訳で、おまえを逃がすつもりなんてないから安心しろ」
「せ、説明を要求するのよ!」
「いま、散々してやっただろうが」
「‘分からせる’のと‘説明’はまったく違うものなのよ!」
レーネがシーツで身体を隠しながら睨み付けてくる。
少し考えた俺は、そうだなと口を開く。
「俺の記憶が抜け落ちていることは話しただろ?」
「ええ、もちろん覚えているのよ」
「俺がどうして複数の女性に手を出したのかは分からない。でも結果的に、俺が複数の女性に手を出したのもまた事実だ。だから、俺はこの状況から選べる最善を選ぶつもりだ」
「……まさか、公然と複数の女性と関係を持つつもりなの?」
レーネが信じられないと目を見張る。
ややもすれば呆れているようにすら見える。でも、俺はふざけてなんていない。手を出してしまった後であるなら、こうするのが一番誠実だと思った結果だ。
まあ、自分自身がハーレムに抵抗がない、って言うのも大きいんだけどな。
「それを拒絶する子がいたらどうするのよ?」
「そのときは土下座でもなんでもして償うつもりだ。でも、ハーレムでもいいと言ってくれるなら、ずっと一緒にいる。途中で手放したりなんてしない。だから、レーネ――」
と、手を差し出した。
この手を振り払うなら、俺はレーネが他の幸せを見つけられるように支援する。でも、この手を取ってくれるなら、全力で幸せに出来るように側にいる。
そんな覚悟でレーネの反応を見守る。
彼女は視線を彷徨わせた後、ゆっくりと腕を伸ばした。そして俺の手を――掴み、思いっきり自分の方へと引き寄せた。
「なにを――んっ」
倒れ込んだ瞬間、彼女に首を引き寄せられ、乱暴に唇を奪われた。歯と歯がぶつかってわずかな痛みが走る。驚いて目を白黒させるあいだも、レーネは情熱的に求めてくる。
そしてほどなく、顔を離したレーネは、少し恥ずかしそうに俺を見た。
「し、仕方ないわね。地獄まで付き合うって約束、しちゃったものね」
この期に及んでも憎まれ口を叩くレーネが可愛い。そして、レーネが受け入れてくれたことに安堵する。俺はやっぱり、三人を同じくらい好きなんだ。
最低なことをしている自覚はあるけれど、最悪の事態にはなっていない。とくに、三人が序列争いみたいなことをしなくて本当によかった。
そんなふうに息を吐く。
このときの俺は、彼女達がいずれ正妻戦争を始めるなんて夢にも思っていなかった。




