エピソード 4ー1
誰もがこれはヤバいと思う修羅場はどんな状況だろう?
たとえば、姉妹のように仲良しの二人の女性と同時に関係を持っていることがバレたとき? あるいは、その二人に対して、更に他の女性と関係を持っていることがバレたとき?
それとも、複数の女性と浮気している現場を抑えられたときだろうか?
……うん、どれもヤバいと思う。
なら、それらが一斉に発生したらどうだろう? どれか一つでも破滅しそうな修羅場のフルコース。とんでもなくヤバいことだけは分かるのに、俺はいまその修羅場を迎えようとしている。
ベッドの中、右側に隠れるのは半裸のリーシア。
彼女はセフィナが登場以降、なにも語らずに沈黙を守っている、怖い。
そして左側に隠れる半裸のセフィナもまた、レーネが登場した後は息を潜めている。いまごろは、反対側にいるリーシアに気付いているのだろうか? 怖い。
そして最後に登場したレーネ。
彼女はベッドで寝転がる俺を見ると、「あら、寝るところだったのよ?」と首を傾げた。それから、セフィナが脱いだスカートに視線を向けた。
それを拾い上げたレーネは――
「なるほど、寝るところだったのよ」
さきほどと同じ言葉を、だけど少し違うニュアンスで口にする。
バレた。絶対に、バレた。
ものすごくヤバい。
もはや修羅場は不可避だけど、四人で愛憎劇を繰り広げるのだけは回避したい。
「と、ところで、レーネは夕食にでも誘いに来たのか?」
喉がカラカラになるのを自覚しながら、なんとか誤魔化せないかと思ってそう口にした。それを聞いたレーネは少し考える振りをした後、口元に指を添えて微笑んだ。
「そう、マスターはお腹が空いているのね。夕食はなにがいいかしら?」
レーネはそう言ってセフィナのスカートを拾い上げると、自らの腰に添えてみせた。
「マスターは脂の乗ったステーキが好きなのよ?」
「ま、まあ嫌いじゃないが――」
――ってぇ! まさかそれ、セフィナのウェストのことか!? というか、バレたら殺されそうな理由を追加するのは止めていただきたい。
――と、心の中で悲鳴を上げていると、レーネはセフィナのスカートを落とし、ベッドの反対側へと回り込んだ。そしてそこで、リーシアが脱ぎ捨てたブラを拾い上げ、自分の胸に添えた。
「でも、さっぱりとしたステーキも好きなのよ?」
「ま、まあ、嫌いじゃないけどな……」
もはや、それがリーシアの胸のサイズを揶揄しているのは明らかである。だが、ここでそれを指摘して、自ら修羅場を勃発させる訳にはいかないと、俺は死んだ魚のような目で答えた。
ちなみに二人の名誉のために説明すると、セフィナは肉付きのよいグラマラスな女性で、リーシアは小柄でスレンダーな女の子であり、レーネはその中間なだけ。
三人ともタイプが違うだけで、誰かのスタイルが突出している訳ではない――と、心の中でフォローしているあいだに、レーネはブラを足下に戻しながらクスクスと笑う。
「ふぅん、マスターはどっちも好きなのね。でも私は、サーロインステーキをおすすめするのよ」
「あ、ああ、それもいいと思うぞ。ただ、いまはそんな気分じゃないかな」
おまえは事情を知ってるだろ? 頼むからこれ以上ややこしくしないでくれと迂遠な言い回しで懇願する。レーネは笑って、ペロッと舌を出した。
可愛いな、こんちくしょう。
「仕方ないわね。食事に誘うのは、また今度の機会にしてやるのよ。その代わり、そのときはフルコースに付き合わせるから、覚悟しておけ、なのよ」
レーネは笑っているが、それが二人、あるいは俺に対する宣戦布告であることは明白だ。俺はやっぱりカラカラの声で、「分かった」と辛うじて答えた。
そうしてレーネが部屋をあとにする。
それから、十秒、二十秒と沈黙が続いた。左右から押しつけられた胸を通して、二人の鼓動だけが響いている。それを聞きながら、耐えがたい沈黙に耐え忍ぶ。そんな時間が一分ほどが過ぎた頃、不意にセフィナがもぞもぞ動いて布団から抜け出した。
「……セフィナ」
「あ、危なかったわね。もう少しでレーネに変な誤解をされるところだったわ」
誤解もなにも――である。
だけど、すぐに分かった。セフィナはたぶん、布団の中でもう一人――リーシアがいるであろうことに気が付いた。だから、いまのはリーシアに対する弁明。
もしかすると俺と同じくらい。
――否。リーシアを妹のように可愛がり、リーシアの幸せを優先しようとしているセフィナこそが、いまここで一番気まずい思いを抱いているのだろう。
だから――
「セフィナ、飲み会ならまた今度付き合ってやる」
「え? あ、あぁ……そういう話だったわね。じゃあ……今度、朝まで付き合ってもらうわ。あと、その……あ、後は任せたわ!」
セフィナはそう言って服に袖を通すと、逃げるように部屋を出て行った。
とりあえず、血みどろの愛憎劇は回避できたらしい。いや、レーネやセフィナとは、後で話し合うことになると思うので、先延ばしになっただけなのだが。
それでも、四人で修羅場――というよりはマシだろう。
とはいえ……と、俺はベッドの中にいるリーシアに意識を向けるが、彼女はいまだに動かない。
仕方なく、俺は「リーシア、もうみんないなくなったぞ」と呼びかけてみた。
そして五秒、十秒、十五秒と待つが……やっぱりリーシアの反応がない。
「なあ、リーシア、なにか言って――っ」
カプリと、二の腕を噛まれた。
「リーシア、ちょっと痛い……いや、マジで痛い、ちょ、リーシアさん!?」
あまりの痛みに思わず掛け布団を撥ね除ける。その下に隠れていたリーシアは二の腕に噛み付きながら、涙目で俺のことを睨み付けていた。
……よくよく考えると、四人で修羅場だった方が、まだマシだったかもしれない――と、これから始まる修羅場を思い浮かべた俺は――少しだけ死を覚悟した。




