エピソード 3ー11
本隊と合流した俺達は無事にアーク=ノードから脱出した。
ホープギアのデータの取り扱いについては少し話し合いがおこなわれたが、本機が瓦礫の山に沈んだこともあり、リアナは目的の物はなかったと報告すると約束してくれた。
こうして、評議会への報告はひとまず治安維持部隊に任せ、俺達はヴェルターラインの基地へと帰ってきた。
怪我人はいたが死者はいない。俺も全身が筋肉痛だったが、セフィナのスキルで回復してもらった。帰還したその日の夜にはすっかり元気である。
そうして一晩が過ぎた次の日の朝。
ベッドの上で目覚めると、リーシアが掛け布団の中から這い出てきた。彼女は俺を見下ろしながら小さく喉を鳴らし、「おはようございます、マスター」と微笑む。
いや、レーネとあんなことがあったのに――と思うかもしれないが、俺はもう現実から逃げない。逃げるとすればそれは、リーシアにいつ浮気を打ち明けるかについてだけである。
……そこ、最低とか言わない。
とにかく、俺は複数の女性と関係を持ったという現実を受け入れた。だから次は、修羅場にならないように立ち回る。
という訳で――
「おはよう、リーシア」
そう言ってリーシアの頬を撫で、その手を滑らせて形のよい胸に手を伸ばす。彼女はすぐに目を潤ませて「もう一度しますか?」と甘い声で囁いた。
「それも魅力的だが――今日は作戦の事後処理をしないとな」
このままだと起きるのが午後になってしまうと、俺は未練を断ち切ってベッドから降り立った。それから服を着ていると、シーツを纏ったリーシアがベッドから降り立つ。
朝陽を浴びて、シーツ越しに彼女のシルエットが浮かび上がる。
「マスター、コーヒーはいかがですか?」
「頼む。それから、評議会への報告の件だが――」
「それならレポートをリアナさんに提出しておきました。彼女から評議会へ報告してくれることになっていますから、上手く処理してくださるでしょう」
「……さすがだな」
阿吽の呼吸で答えてくれる。それに心地よさを感じながら、俺はコーヒーを淹れるリーシアの後ろ姿を眺める。シーツ越しに浮かぶシルエットが愛らしくも妖艶で、そして――
――事後。
昼食を終えた俺はセフィナのいる医務室へと顔を出したが、あいにくの無人だった。どうやら、隣の研究ルームにいるらしい。という訳でそちらに足を運ぶと、セフィナはアマリリスが使う魔装の試作テストをおこなっていた。
「あら、マスターじゃない。もう起きて大丈夫なの?」
「心配してくれてありがとな。セフィナがスキルで治してくれたからすっかり元通りだ」
「そう、よかったわ。それで、私になにか用かしら?」
「あぁ……アマリリスが気になってな」
いまのところ、暴走の兆候はないと報告を受けている。
だが、それは現実逃避をしているからに他ならない。彼女はいまだに、よい子にしていたら母親が帰ってくるのだと信じている。母の死を知っているはずなのに。
「……そうね。よい兆候、とはいえないわ。でも少なくともいまは見ての通りよ」
言われて、研究ルームの中央にいるアマリリスに視線を向ける。
まだ12歳。幼さの残る彼女は、桜色のポニーテールを振り乱し、自分の身体より大きいウォーハンマーを軽々と振り回している。その姿は元気そのものだ。
だからこそ、怖いんだけどな。
現実を受け入れていない証拠。母の死を否定するのではなく、そもそもなかったことにしている。それがどのような精神状態なのか、医者でもない俺には推し量ることが出来ない。
「ひとまず、触れない方がいいんだよな?」
「そうね、それが最善かは分からないけど……最悪は暴走することだからね」
正解のない選択を歯がゆく思いながら、あらためてアマリリスを眺める。彼女は俺がここに来てからずっと、ウォーハンマーを軽々と振り回している。
前世でそれを見たのなら、中身がスカスカのピコピコハンマーかなにかとしか思わなかっただろう。だが、そのハンマーは間違いなく数十キロ級の質量がある。
彼女が軽々とウォーハンマーを振るうたびに、周囲の空気が悲鳴を上げている。
――と、彼女の青い瞳が俺の姿を映した。
「あっ、お兄ちゃんだ!」
文字通り弾かれたように、アマリリスが俺のまえに飛んできた。ウォーハンマーを抱えたまま飛びつかれたらと戦くが、彼女は俺のまえでピタリと止まった。
「お兄ちゃん、見て見て! セフィナお姉ちゃんに作ってもらったの!」
そう言って無邪気にウォーハンマーを振り回す。子供がおもちゃを振り回しているようにしか見えないが、周囲には突風が発生している。
子供に戦闘訓練をすることに抵抗はあるが、彼女は間違いなく才能がある。
それに、ゲームの設定を考えれば、アマリリスは戦いながら心の傷を乗り越えていくことになるはずだ。それをねじ曲げて戦いから遠ざけた場合、不測の事態になるかもという不安がある。
それなら訓練をさせた方が安全だという判断で、「よかったな」とアマリリスの頭を撫でる。
「アマリリス、魔装のバランスはどうかしら? それに、魔力の消費は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ! これなら戦える。私、これで一杯、いーっぱい、悪い人達をやっつけるの! そうしたらきっと、お母さんも早く帰ってきてくれるよね?」
無邪気な笑顔で問い掛けてくる。
アマリリスは以前よりずっと明るくなって――だけど、現実はまったく見ていない。このままでいいのだろうかという不安と、現状を維持するしかない無力感に苛まされた俺は拳を握る。
「……アマリリスが頑張れば、きっとお母さんは喜ぶよ」
「だよね、だよね! それでお母さんが帰ってきたら、この指輪を見せてあげるの!」
アマリリスがそう言ってかざした左手の薬指、そこには俺が上げた課金指輪が填められていた。
いや、待って欲しい。
たしかに課金指輪をあげたのは俺だ。
それに、この世界ではそれが婚約指輪として認識されていることもいまは理解してる。だけど、さすがにアマリリスの薬指によくぴったりなのはおかしいだろ!
……まさか、そういう仕様なのか? そういえば、いつも都合よく懐から出てくるし、相手に合わせてサイズが変更する仕様もあり得る気はする。
「お兄ちゃんから指輪をもらったって聞いたら、お母さんびっくりするよね」
「……たぶん、卒倒すると思うぞ」
主に俺が――とは声に出さずに呟いた。
「……卒倒?」
「あぁいや……それより、アマリリス。テストはもういいのか?」
「そうだった! もう少し確認してくるね!」
アマリリスはそう言って、再び研究ルームの中央にあるフロアへと移動。そこでウォーハンマーを振り回し始めた。その光景を横目に、俺はセフィナに視線を向ける。
「……アマリリスは、あれで大丈夫なのか?」
「あの状態でいる限りは、ね」
それはつまり、緩やかに心が壊れている、ということに他ならない。
やはり、なんらかの方法で打開する必要がある。
リストレインの改良が必須、かな。
「ところで、マスター、まさか、本当に?」
「さすがにあんな小さい子に手を出すつもりはない」
婚約指輪も、アマリリスの精神安定のためになるならと否定はしないけれど、子供が大きくなったらお父さんと結婚する、くらいのノリだろうとは思ってる。
そんな話をして話題を打ち切り、そう言えばと口を開く。
「ホープギアのデータはどうだった?」
「吸い出せたデータは5割と言ったところね。抜けているところも多いけれど、資料も持ち帰ることが出来たから、長い時間を掛ければ再現することも不可能じゃないはずよ」
「長い時間を掛ければ、か。じゃあ、応用の方は?」
「……必ず、成果を出してみせるわ」
セフィナは具体的な期間を口にしない。
けど、彼女なら必ずやり遂げてくれるはずだと、俺はなにも言わなかった。そんな俺に向かって、セフィナがメモリーカードを投げてよこした。
それを危なげなく空中でキャッチする。
「……これは?」
「吸い出せたデータと、資料を纏めたデータのコピーよ」
「それを俺に渡してどうしろって言うんだ?」
「評議会に渡して欲しいのよ」
「は? それは――」
ヴァネッサの懸念を改めて言うまでもない。評議会にホープギアのデータは渡せない。そう口にするより早く、セフィナは「うちの出資者様がいるでしょう」と口にした。
「……カティア伯のことか?」
「そう、彼女。評議会のメンバーでありながら、陰からヴェルターラインを支援する才女。彼女なら、このデータを上手く使ってくれるような気がするのよね」
探るような眼差し。
まさか、カティアがMAHS患者であることを知っているのか――と驚くが、よくよく考えればセフィナはMAHS患者のドクターという役職を持つ。
であるならば、カティアがMAHS患者であることに気付いていてもおかしくはない、か。
確証は持てないが、藪を突けば蛇がでる可能性もある。カティアの秘密を勝手に明らかにする訳にはいかない以上、ここで余計なことを言うのは得策ではない。
「……たしかに、彼女なら悪用はしないだろう」
「ええ。それに、彼女の協力があれば、データの解析は格段に早くなるわ。もちろん、その技術を応用した、リストレインの改良も、ね」
「それが、カティア伯にデータを渡せという理由か?」
「それが理由の一つ。二つ目は――」
セフィナはそう言って日記帳を取り出した。
「それは……」
「貴方が持ち帰ったモノよ。もう一度読むのは気が引けるかもしれないけど……ここを見て」
セフィナが日記の最後のページを開く。
たった一人の娘の幸せと、数百万人の数十年の安念。どちらかを選ぶというのなら、その答えは決まっている。私は母親である前に、この街の統治する人間の一人だから。
せめて、犠牲となる娘の命が人類の未来を紡げるように、私も全力を尽くそう。
たとえ、地獄に落ちたとしても。
ヒビキ・ヴァレンティ
セフィナが指し示したのは、ページの最後に記された名前。あのときはスルーしていたけれど、ヴァレンティって……
「もしかして、カティア伯の祖先か?」
「恐らく、ね。これで彼女は……いえ、彼女の一族は評議会の一員となったのよ」
「そういう、ことか……」
旧文明を支配していたのはハーモニア適正者。
だが、ハーモニア適正者が生まれなくなったことで文明は滅び、次の時代は、それまで虐げられていたハーモニア適正者ではない者達が支配するようになった。
それが今作の歴史。
だが蓋を開けてみれば、セレスタリアを支配する評議会の面々は、かつてアーキライン文明を支配していた者達の子孫だった……って訳か。
さすが、ダークファンタジーを謳うだけあってドロドロしている。
「この日記を俺に見せて、どうしろって言うんだ?」
「それも含めて、判断は貴方に委ねるわ」
「……いいだろう」
少なくとも日記は渡すべきだ。
ほかの評議会nメンバーが相手なら、俺達ごと闇に葬ろうとする可能性も考慮しなくてはならないところだけど――彼女がそれをするとは思えない。
俺はそんなことを考えながら、セフィナから受け取ったデータと日記をポケットにしまった。




