エピソード 3ー10
事後の気怠い心地よさに身を任せながら、俺はぼんやりと目を開いた。目の前に広がったのは金色の髪。レーネが俺の腕の中で疲れ果てて眠っている。
そんな彼女を起こさないようにそっと身を起こす。硬い床の上に上着を敷いて眠ったので身体が痛い――が、エーテルギアの使いすぎによる痛みはいくらかマシになっていた。
それにしても――と、気持ちよさそうに眠るレーネを見下ろす。彼女の寝顔を見ていると、昨日の乱れに乱れまくったレーネのだらしない顔がちらついた。
結局、レーネのことも自分の意思で抱いてしまった。
正直、後ろめたさで死にそうだ。だが、後悔はない。この先に訪れるであろう修羅場も込みで、俺は彼女達と向き合っていくと決めたから。
……いや、出来れば修羅場は回避したいのだけれど。
回避、出来るかな?
出来ればいいけど……無理だろうなぁ。
せめて、女の子同士が争う展開にだけはならないように立ち回りたい。というかそんなことになったら、ヴェルターラインの施設が、昨日の研究所のように崩壊しそうだ。
そんなふうに考えながら、眠っているレーネの顔に零れ落ちていた髪を指で払う。そうして彼女の頬を撫でると、その長い睫毛がピクッと動いた。
続けてゆっくりと瞼が開き、金色の瞳が俺を見上げる。
「……マスター、目が覚めたのね」
「ああ、おはよう。レーネ」
笑いかけると、レーネは瞳を揺らした。
そうして視線を彷徨わせた後、おずおずと俺を見上げてくる。
「昨日のマスターは私のテクニックにメロメロだったのよ」
「記憶を捏造するな。いや、レーネの身体に溺れたのは事実だけどな」
興奮しすぎて、泣きじゃくるレーネを容赦なく抱き潰してしまった。
「……そう言えば、大丈夫か? 昨日は、ずいぶんとふらふらになってたが」
「わ、忘れろ、なのよ」
自分で言い出したくせに――とは言わない。
俺は苦笑しつつ、レーネの頭を撫でた。
すると、レーネは寝そべったまま、視線だけで俺を見上げてきた。
「マスターは、後悔してない?」
「してない」
「でも……」
なにか言いかけるレーネの口を指で塞ぐ。
「最低なことをしてる自覚はある。下手をしなくても修羅場になるだろうなと思ってる。でも、複数の女性に手を出した責任からは逃げない」
「……マスター」
レーネは一瞬だけ目を輝かせ、それからゴミでも見るような顔になった。
「言ってることはただのくず男なのよ?」
「……悪い」
俺が項垂れるとレーネはクスリと笑った。
「でも、そんなくず男に惚れちゃったから仕方ない。地獄まで付き合ってやるのよ」
「地獄って……刺されるの前提かよ」
「刺される以前に、きっとここから生きて帰れないのよ」
珍しくレーネが弱音を吐いた。
彼女の金色の瞳がわずかに赤みを帯びていた。
「大丈夫だ。言っただろ、二人で生きて帰ろうって」
「でも、外は敵だらけなのよ。それなのに、援軍は期待できない。リストレインも壊れて、戦闘すらままならない。そんな状態で外に出たら、きっとすぐに殺されるのよ!」
上半身を起こしたレーネが、俺を見上げながら涙目で訴えた。精神が不安定になっている。リストレインが壊れ、MAHSの制御が利かなくなっているせいかもしれない。
そんなふうに考えて、俺はレーネを抱きしめた。
「レーネ、大丈夫だ。俺がレーネを守るから」
「……違う、のよ。死ぬのは……嫌だけど、怖いのはそれじゃない。私が怖いのは、私を守ろうとして、マスターが死んでしまうことなのよ!」
「そんなことは……」
「ないなんて言わせないのよ。さっき、実際に死にかけたじゃない!」
レーネが涙目に訴える。それに対するいいわけは思いつかなかった。そうして唇を噛む俺に対し、レーネは俺の腕の中で顔を上げた。
「ここから出た瞬間、きっと敵に見つかって殺されるのよ。それならいっそ、食糧が尽きるまで、二人でここに……」
レーネの手が俺の首に回された。レーネの瞳の中に自分の顔が見えるほどの至近距離で、俺とレーネは見つめ合う。そして、二人の影が一つになる――寸前、俺はレーネの肩を押し退けた。
「マスター?」
「ここで諦めたら、おまえを少ししか抱けないだろ。その程度で俺が満足すると思ってるのか? 無事に帰って、死ぬほど分からせてやるから覚悟しておけ」
「もう、マスターはエッチなのよ。でも、私も――」
そのとき、レーネの声を掻き消すように外で爆音が響いた。
俺とレーネは思わず顔を見合わせる。
「――いまのは?」
「戦闘音、誰か外で戦っているのよ!」
俺とレーネは急いで装備を調え、隠れていた建物から外に飛び出す。すると廃墟のかび臭さに加え、わずかに硝煙の匂いが鼻についた。
どこだと視線を巡らせれば、角の向こうから戦闘音が聞こえてきた。
「マスター、もう走れるのよ?」
「ああ。走るだけならな。そういうレーネは大丈夫なのか?」
「ここっ、こんなときになにを言ってるのよ! いくら足腰を立たなくされたからって、一晩も経てば走るくらい余裕なのよ!」
「……いや、リストレインが壊れた影響を心配したんだが」
そうか、一晩経っても、走る以上のことには影響が出るほど足腰立たなくなったのか。
まぁ……すごい乱れようだったもんな。
と、そんなことを考えながら、レーネと共に戦闘が繰り広げている通りを目指して走る。角を曲がった瞬間、魔法生物の一体と出くわすが――
「――動かないでください!」
聞き慣れた声が響き、次の瞬間には魔法生物が吹き飛んだ。そうしてバラバラに崩れ落ちる魔法生物の向こう側、狙撃モードの緋響を構えるリーシアの姿があった。
「――リーシア!」
声の限りに叫ぶと、彼女は駆け出し、そのまま俺に抱きついた。
俺は慌てて彼女の身体を抱き留める。
わずかな汗のニオイ。そして彼女の温もりに、無事に合流できたんだと実感を抱いた。
「マスター、レーネさん、無事だったんですね!」
「ああ、おかげさまでな。そっちは無事か?」
「はい、負傷者はいますが、全員、命に別状はありません」
レーネがそう言って後方を振り返る。
その視線を追えば、仲間達の無事な姿が確認できた。
「無事でなによりだ。でも、よくここが分かったな」
「実は、ヴァネッサさんに、マスター達の居場所を教えてもらったんです」
「……ヴァネッサに? そうか、あいつ……」
借りは返したぜと彼女の声が聞こえた気がした。
「再会を喜び合っているところ悪いけど、指揮権を返すわ。マスター、命令を」
レーネの背後、セフィナが俺に問い掛けてくる。
見れば、敵の排除を終えた仲間達が、一堂に会して俺の指示を待っていた。
「――よし、撤退だ! 帰るぞ、俺達の居場所に!」




