エピソード 3ー8
『マスター、敵が迫っているのよ!』
コネクトレインからレーネから悲鳴が届く。もう四の五の言っている時間はない。
俺はへたり込んだままのヴァネッサの腕を引いて立ち上がらせる。
「ヴァネッサ、動けるな?」
「だから、アタイは暴走で……てめぇ、なにをしやがった?」
「リストレインの応用だ」
本当は俺のユニークスキルだが、それを明かして自分の身を危険に晒すつもりはない。
ヴァネッサはわずかに怪訝そうな顔をしたが、次の瞬間には少し顔を赤らめ、「ならこの指輪はどう言うつもりだ?」と問い掛けてくる。
「その指輪は……」
MAHSの症状を抑えるためにと口にする寸前、はたと気付いた。指輪を付けていないのに、ヴァネッサの症状は治っている、と。
やっぱり精神的な意味だけなのか?
だとしたら、俺は生死に関わる状況で、突然婚約指輪を渡した変なやつなのでは?
い、いや、実は効果がという可能性もある。少しでもヴァネッサの生存率を上げられるなら、その可能性に縋るべきだ。
『マスター!』
時間がない。
俺はヴァネッサの手を掴み、箱から取り出した指輪を強引に指に填めた。
「おま、だから、なんのつもりで、こ、こんな……っ」
「いいから、付けていろ。次に俺と会うまで絶対に外すな!」
「……う、うん」
赤らんだ顔でコクリと頷く。
これでいい。課金指輪の効果がどのようなものだったとしても、ヴァネッサの暴走を抑制してくれるはずだ。俺は続けて、携帯医療キットのをヴァネッサに押しつける。
「これは……」
「そのまま死なれたら寝覚めが悪いからな」
そう言って立ち上がり、続けてレーネにコネクトレインを繋ぐ。
『レーネ、敵を引き付けながら逃げられるか?』
『どうせ、無理って言ってもやれって言うつもりなのよ?』
『無理って言うなら俺がやる』
『悪い男、なのよ。そんなこと言われて、無理なんて言える訳ないのよ』
『……悪い』
『いいから、合流ポイントを言え、なのよ』
『ああ、合流ポイントは――』
手元の端末から地図を確認。
俺はレーネに合流ポイントを伝えた。
「ヴァネッサ、魔法生物はこっちで引き付けておく。上手く逃げろよ」
「あ? てめぇ。ちょっと、ま、待ちやがれ! この指輪の説明を――」
ヴァネッサが立ち上がって文句を言っているのを振り返って確認。あれだけ動けるのなら大丈夫だろうと、俺はレーネと合流するべく走り出した。
なんどか出くわした魔法生物を倒しつつ、合流ポイントへと到着。
だが、レーネがいない。
『レーネ、いまどこだ?』
『合流ポイントの、一つ前のブロック、なのよ……』
『なにがあった?』
レーネの声が苦しそうだと不安になる。
『たいしたことじゃない。ただちょっと、リミットを超えてスキルを使いすぎただけ、なのよ』
『……は?』
『もう、意識が持つか、分からないのよ。だから、悪いけど、先に帰って欲しい、のよ』
熱に浮かされた者が発するような声が脳内に響く。その意味を理解するより早く、俺はレーネのもとを目指して走り出す。
だが――
『起動限界まで、残り10、9、8……』
エーテルギアから警告がなり、0と共に身体能力が一般人のそれにまで落ち込んだ。
「くっ、こんなときに!」
走りながら魔石を換装し、再びエーテルギアを起動する。
『警告。エーテルギアの連続使用は、使用者に深刻なダメージを――』
『いいから起動だ!』
警告をスキップして身体能力を向上、俺は全力でレーネの元へと掛けだした。
そうして駆け抜けるあいだに襲い掛かってくるのは後悔の念。
ここがゲームではなく現実である以上、スキルの効果が説明通りとは限らない。だからこそ、俺もエーテルギアの連続使用ができた。
だがそれは、スキルの副作用だって説明通りとは限らない、という意味でもある。その事実に、俺はもう少し早く気付くべきだった。
己の不甲斐なさを悔やみながら表通りを駈ければ、角の向こうから戦闘音が聞こえてきた。
俺は全力でその角を曲がる。
視界に広がったのは、ロボットのようなエリート個体をまえに、片膝を突いているレーネの姿。エリート個体はガトリングとおぼしき右腕をレーネに向けている。
そして、ガトリングが駆動音と共に回り始め――
「――レーネ!」
残りの距離を全力で駆け抜けた俺は、そのままエリート個体に体当たりをする。すさまじい衝撃が返ってくるが、エリート個体もまたバランスを崩した。
ガトリングから一瞬で放たれた数十発の弾丸がレーネのすぐ横を薙ぎ払う。
まさに九死に一生を得た。
それを理解すると同時、俺は刀でエリート個体のガトリングを切り落とした。
「マ、マスター? なにをしにきた、のよ?」
「おまえを助けに来たに決まってるだろ!」
「……私を?」
「ああ。おまえのピンチにはすぐに駆けつけるって言っただろ!」
俺は答えながら、エリート個体を斬り結ぶ。エリート個体はガトリングを失ったが、左手に剣を持って応戦してくる。その一撃一撃が重く、俺は徐々に押され始めた。
しかも、敵が目の前の一体で終わりとは思えない。時間を掛ければ他の敵が集まってくる。さっき、不意を突いたときに倒せなかったことが悔やまれる。
「レーネ、動けるか?」
戦闘をしながら問い掛けるが返事がない。横目でその姿を確認すると、彼女はなにやら放心したような顔をしていた。
「レーネ、しっかりしろ!」
「……え? あ、ああ、なに、なのよ」
「動けるか!?」
「え? あ、ごめんなさい。歩くくらいなら出来るけど、いまは正直、暴走しないように、魔力を抑え込むのが限界なのよ」
「――そうか、分かった」
目の前の敵を俺がなんとかした上で、増援が来るまでに逃げるしかない。
そう覚悟を決め、エリート個体と斬り結ぶ。
正直に言って分が悪いが――エリート個体は右腕を失っている。俺は左側へと回り込んだ。エリート個体は対応しようとするが、右腕を失っているエリート個体の反応はわずかに遅い。
俺はその隙を突き、横薙ぎの一撃を――
「――罠なのよっ!」
レーネの叫びを聞くのと同時、俺は上半身を捻った。それとほぼ同時、ロボのような姿をしたエリート個体の顔の横から一発の弾丸が放たれた。
俺をたやすく殺すであろう凶弾が引き延ばされた時間の中で迫り来る。必死に身体を逃がそうとするが、その弾丸は直撃コースで避けられない。
そして襲い来る衝撃、俺はなすすべもなく吹き飛ばされた。
「マスターっ! ――っ、動け、動きなさい、私の足!」
レーネの焦った声が遠くから聞こえてくる。
そして、死を呼ぶ足音が近づいてくる。俺は辛うじて身体を動かして仰向けになる。そうして見上げた正面には、俺を見下ろすエリート個体の姿があった。
霞んだ視界の向こう、エリート個体が左腕で剣を振り上げていた。
「……こんなところで終わるのか」
思えば、Chord MAHSの世界に転生したのは悪くなかった。推しキャラ達に見境なく手を出していたのは驚いたけれど、それだって悪いことばっかりじゃない。
まだ会ってない推しキャラ達だっているのに、こんなところで終わるなんて思っていなかった。
そうと知っていたら、もっと自分に素直になったのにと、走馬灯のように推しキャラ達の姿を思い浮かべる。
「マスター、逃げなさい、マスター!」
……あいつ、焦ったときは『なのよ』って口調じゃなくなるんだなと、そんなことを考える。それとほぼ同時、エリート個体が剣を振り下ろす。
その一撃を食らえば、俺は間違いなく死ぬ。そうしたらどうなるんだろう? もとの世界に帰るのか、それともこのまま人生に終わりを告げるのか。どちらにしても、彼女達との時間はこれで終わってしまう。
終わる? 彼女たちとの生活が?
……嫌だ。いつか死ぬのだとしても、そのときは満足して死んでいきたい。こんなふうに中途半端な関係のまま終わるのは嫌だ!
そんな想いに突き動かされ、必死に上半身を捻る。
だが、回避が遅すぎた。エリート個体の剣が俺の身体に吸い込まれる。――寸前、魔法生物の足場が崩れ、わずかにそれた剣が俺の肩を掠めるように虚空を切り裂いた。
なにが、起きた? ただの偶然? それとも最後まで足掻いた俺に与えられた奇跡? あるいはゲームの強制力かなにかだろうか?
いや、いま重要なのはそれよりも――
「――マスター、トドメを刺せ、なのよ!」
レーネの叫び声と同時、俺は足下に落ちていた剣に飛びつく。背後からエリート個体の迫る気配。俺はその剣を振り向きざまに突き出した。
硬い装甲を突き破る感触。そして次の瞬間、エリート個体は倒れ伏した。
それを見届け、俺もまた大の字に倒れ込む。
「マスター、しっかりなさい!」
レーネが足を引きずりながら近付いてくる。
「……レーネ、無事か?」
「私より、撃たれた自分の心配をしろ、なのよ!」
「ああ、そう、だったな……」
撃たれた辺りを手で触れる。だが、想像していたような血の感触はなかった。代わりに、腕に取り付けていたコネクトレインが砕けていた。
どうやら、とっさに腕で庇ったとき、コネクトレインが身代わりになってくれたらしい。
「マスター?」
「あぁ、いや……これが守ってくれたみたいだ。レーネは?」
「私も、なんとか無事なのよ」
「……そうか。じゃあ悪いんだけど、俺は安全なところまで運んでくれ」
「はあ? 無事なら自分で歩け、なのよ」
レーネが悪態を吐くが、俺はそれにまともに返す余裕がなかった。
「……マスター? しっかりしろなのよ!」
「わる、い。……エーテルギアの、連続使用の……反動、で……」
意識を保っているのも難しくなってきた。それを辛うじて伝えれば、レーネは「分かった。なら、私が必ず、マスターを安全なところまで連れて行ってやるのよ」と口にする。
頼もしくて愛らしい俺の推しキャラ。
彼女に任せれば大丈夫だと、俺は安心して意識を手放した。




