エピソード 3ー7
ヴァネッサ――二十六歳、女性。
モチーフ武器はグラトニアの暴餓葬脚。無骨な鉄甲とブーツであるそれは、使用者自身の安全をまったく考慮しない設計思想で作られている。
そんな武器を使う彼女は、ジャケットにホットパンツという服装で、引き締まった太ももを惜しげもなく晒している。彼女はその見た目通りにワイルドなお姉さんである。
そのヴァネッサがいま、魔法生物を相手に死闘を繰り広げている。
魔法生物の姿は様々だが、今回は身長の倍はあるゴーレムのような姿をしている。そのデカさは間違いなくボス個体。しかも、恐らく長く活動している強力な個体だ。
そんな相手に、ヴァネッサは一進一退の攻防を繰り広げている。
だが、ヴァネッサは人間で、相手は魔法生物だ。
いくらヴァネッサが暴走状態だとはいえ、疲労やダメージによる動きの低下は免れない。自身を省みない彼女は徐々にその動きを鈍らせていった。
その様子を、俺とレーネは近くにある家屋の屋根の上から見守っていた。
「……なんというか、マスターは悪い男なのよ」
「人聞きが悪いことを言うな」
「でも、彼女がピンチになるのを待ってから助けるつもりなのよ?」
「……仕方ないだろ。いま割って入っても、三つ巴の戦闘に逆戻りするだけなんだから」
ヴァネッサが共闘してくれるなら話は別だ。だが、暴走していなくても共闘してくれるかは怪しい。ましてや暴走しているいまは敵にしかならない。
ここで割って入って、魔法生物とヴァネッサの両方から狙われる訳にはいかない。
「理解は出来るのよ。でも……マスターがピンチの私を助けてくれたときも、ギリギリだったのよ?」
それは偶然だと、喉元まで込み上げた言葉は寸前で引っ掛かった。それは俺がレンに転生する前の出来事で、その辺りの詳細な描写はなかったからだ。
さすがに、行間でそんな鬼畜なことをしているとは思えないが……
「もしそうだと言ったら、どうするつもりだ?」
興味本位で聞くと、レーネはふっと笑った。
「どうもこうも、いまさらなのよ」
「……いまさら?」
「私はもう、マスターと共に生きると決めたのよ」
レーネはそう言って笑う。
……あぁ、そうだった。普段はツンデレのような言動をしているが、ここぞというところでは覚悟の決まった格好いいセリフを口にする。レーネはそういう女性だった。
そして、俺はそんな彼女の生き様に惚れている。
だから俺は、保証できない過去の代わりに未来を口にする。
「安心しろ。おまえが危ない目に遭ったら、タイミングなんて計らずに駆けつけてやる」
「……そ。でも、私はピンチになんて陥らないから心配するな、なのよ」
そう言ってそっぽを向く。
レーネの耳は少しだけ赤く染まっていた。
――と、そんなやり取りをしているあいだにも、ヴァネッサと魔法生物の戦闘は進んでいる。ヴァネッサの動きは明らかに精彩を欠き、魔法生物に押され始めている。
「……そろそろだな。レーネ。配置に付け」
「ええ、任されたのよ」
レーネが音もなく移動を開始した。それを見送り、俺もまた適切な場所へと移動する。しばらくするとヴァネッサが魔法生物の攻撃を避け損ねて壁に叩きつけられた。
『――レーネ』
コネクトレインで呼びかける。返事はなく、代わりに屋根から飛び降りたレーネは落下の勢いをそのままに、冥響で魔法生物の片腕を切り落とした。
ゴーレムは咆哮を上げ、ターゲットをレーネへと変える。だが、片腕を失った状態のゴーレムがレーネの敵になるはずもない。
レーネはゴーレムを圧倒していく。それを横目に、俺はヴァネッサに意識を向ける。彼女は意識が朦朧としているのか、壁により掛かりながら足掻いていた。
奇しくも、俺が転生する直前に見たPVと逆の状況。
「ヴァネッサ、大丈夫か?」
「……ぐっ。はは、てめぇには、これが……大丈夫に、見えるってぇ……のか?」
大ダメージを負ったからか、彼女は理性を取り戻していた。
だが、魔力は変わらずに荒れ狂っている。
ジャケットはボロボロで、額からは血が流れている。それどころか、腕があらぬ方へと曲がっている。死んでいるんじゃないかと錯覚するほどの惨状。
だが、レンとしての俺は、彼女がこの程度では死なないことを知っていた。
『マスター、魔法生物の沈黙を確認したのよ』
コネクトレインを通じてレーネの声が響いた。
俺はいったんヴァネッサから意識を外して応答する。
『レーネ、よくやった。引き続き周囲の警戒を頼む』
『出来るだけ急げ、なのよ』
レーネとの通信を終え、俺は視線をヴァネッサに戻す。
彼女は動きを止めた俺を不思議そうに見上げていた。
「……アタイを殺るのか? いいぜ、好きにしな」
「――違う。なぁヴァネッサ。俺はホープギアを悪用したりしない」
「……だから、なんだって言うんだ。どうせアタイは死ぬ。もう、関係ないだろ? それとも、それを信じて、安らかに死んでいけ、ってか?」
「この程度の傷、おまえならどうってことないだろ?」
「傷じゃねぇ、MAHSの方だ。日に日に制御が利かなくなってやがる」
「それなら大丈夫だ」
そう言って座り込んだままのヴァネッサに近寄る。
彼女は抵抗のつもりか拳を振るったが、それは幼子が振るうくらいの速度でしかなかった。俺はその腕を掴み、そのまま調律術式を発動する。
「てめぇ、なにを……っ」
「まずは暴走を止める」
俺の意識がヴァネッサの中に侵食し、反動で彼女の感情が流れ込んでくる。それは深い悲しみと絶望。何度も、次こそはと信じ、そのたびに裏切られた深い悲しみ。
そんな過去があれば、信じるなんて無理だよな――と、彼女の感情に同調しそうになる。それがノイズとなったのか、あるいは暴走の度合いが酷いからか、魔力の暴走状態を抑えきれない。
「……なにをしてるか、知らねぇが……無駄なことは止めておけ。なにをやっても無駄だ。アタイはもうすぐ、死んじまうからな」
「そんな悲しいことを言うな!」
たしかに、ここは人が簡単に死ぬダークファンタジーの世界だが、ヴァネッサは次のピックアップキャラでもある。なら少なくとも、彼女を救う方法はあるはずだ。
俺はその方法を必死に考える。
リストレインがあればよかったんだが、あいにくとここにはない。
「ヴァネッサ、ヴェルターラインに来ないか?」
「はあ? てめぇ、アタイに仲間を裏切れってぇのか?」
「そうは言ってない。だが、おまえの暴走を止めるには、それしか……」
「はっ、お優しいこって。だが……わりぃな、仲間は裏切れねぇ」
「この、分からず屋――っ!」
だが、PVで見たイメージ通りだとも思ってしまう。説得は無理だろう。なら、他の方法はと必死に考えを巡らす。携帯医療キットはあるが、暴走を止める役には立たない。
『マスター、そろそろヤバそうなのよ!』
コネクトレイン越しにレーネの弱音が聞こえた。なにか、なにかないかと懐を探った俺は、課金指輪の存在に気付いた。
課金指輪の効果は本当に精神的なものだけなんだろうか?
わからない。
だけど、他に希望がないのならやってみるしかない。ダメでも俺が恥をかくだけだ!
意を決した俺は片手で調律術式を使いつつ、もう片方の手でベルベットの箱を取りだした。それから片手で箱を空け、そこから課金指輪を取り出す。
「ヴァネッサ、おまえにこれを贈る」
「はっ!? ゆ、指輪? お、おま、こんなときに、ななっ、なにを考えてるんだよ!?」
慌てふためく、彼女の期待と不安が調律術式を通して流れ込んでくる。俺は彼女の腕を引き寄せ、その澄んだ瞳を正面から覗き込んだ。
「信じろ、俺を! 俺がお前を救ってやる!」
「は、はい」
顔を真っ赤にして乙女な反応を見せる。
同時に、彼女から流れ込んでくる負の感情が鳴りをひそめ、甘酸っぱいものへと変わる。
その瞬間、彼女の暴走を抑え込んだ。
こうして俺は、彼女はひとまず大丈夫だという確信と――修羅場の回避は無理そうだという確信を抱いた。




