エピソード 3ー6
アーク=ノードの第二環、学術ブロックにある研究所。そこかしこがボロボロになっていた施設は、リーシアの一撃でついに崩壊を開始した。
天井が崩れ、俺達とリーシア達のいる入り口を分断する。
「マスター、まさかこれ!」
「ああ、リーシアに頼んで、天井を崩壊させた。これで、ヴァネッサが本体を追うのは不可能だ」
「まったく、相変わらず無茶をするのよ!」
レーネが悪態を吐くが、これが俺の考え得る最善手だ。
そして――
「ヴァネッサ! もう俺達と争う理由はないはずだ!」
休戦を申し込むが、彼女は獣のように吠えて襲い掛かってきた。
彼女の拳が俺に届く瞬間、レーネがあいだに割って入ってその一撃を受け止めた。だが、衝撃を殺しきれなかったレーネは俺の方へと吹き飛んでくる。
とっさに彼女を抱き留めるが、俺は彼女もろとも数メートルほど吹き飛ばされた。
「……いつつ。大丈夫か、レーネ」
そう言いながら腕を引き寄せようとすると、手のひらに柔らかな感触が伝わった。吹き飛ばされたときにレーネを抱きしめた俺は、ドレス風の戦闘服越しにその豊かな胸を掴んでいた。
「んぅっ。こんなときになにをしてる、なのよ!」
レーネがそう言って死神の鎌を振るう。俺に――ではなく、追撃を駈けようとしていたヴァネッサに、である。そしてヴァネッサはその一撃を回避して飛び下がった。
レーネはそこに追撃を掛けようとするが、俺の腕にそれを阻まれる。
「マスター、そういうのは無事に帰ってからにしろ、なのよ!」
「――っ、悪い」
慌てて手を放せば、レーネはヴァネッサに相対して、油断なく死神の鎌――冥響を下段に構えた。それを横目に、俺は再びヴァネッサに呼びかける。
「ヴァネッサ、戦闘を中止しろ!」
「がああああっ」
返事は咆哮で、ヴァネッサは再びレーネと斬り結ぶ。
「無駄なのよ。こいつ、既に意識がほとんど残ってないのよ!」
「――なっ」
それはつまり、擬似的ではない暴走状態にあると言うことだ。やはり、ゲームのように制限時間が過ぎたら終了、再使用までのクールタイムが発生する――なんて簡単な話ではないらしい。
「どうするのよ、マスター!」
「――撤退だ。ここで戦ったら崩落に巻き込まれる」
「了解、なのよ!」
レーネは言うが早いか、近くの壁を冥響で切り裂いて隣の部屋と繋げた。
「マスター、先行しろ、なのよ」
「ああ、任せろ!」
エーテルギアの残り時間を確認しつつ、壁の向こうへと飛び込んだ。
そこは廊下で、こちらに気付いた魔法生物が襲い掛かってくる。俺は即座に剣を抜いて魔法生物の一体を斬り伏せる。そこにもう一体が襲い掛かってくるが――
「どけ、なのよ!」
後ろから突っ込んできたレーネがその一体を蹴り飛ばした。フワリと翻るスカートの裾。その奥にちらりと布地が見えた。
「白のシルクか」
「真面目にしろ、なのよ!」
レーネが振り向きざまに冥響を振るった。その斬撃が俺の真横を掠め――背後の通ってきた壁の穴の上部を破壊した。再び壁が崩れ、立ったいまレーネが空けた穴が埋まった。
「いまのうちに逃げるのよ!」
「ああ、分かった!」
レーネと共に部屋を飛び出し、施設の外を目指して廊下を走る。直後、壁がたたき壊されるような轟音が響き、角を曲がる寸前にそこから飛び出すヴァネッサの姿が見えた。
「――くっ、とんでもない馬鹿力なのよ!」
「おまえもさっき、壁に穴を空けてただろ……」
廊下を走りながらツッコミを入れる。
「私のはテクニック、あれと一緒にするな、なのよ!」
「たしかに、レーネは技巧派だよな」
パワータイプのヴァネッサと比較するなら、レーネはテクニックタイプと言ったところ。そんなことを考えながら感想を零すと、レーネが不満を露わにした。
「変な含みを持たせるな、なのよ!」
「あ? 別に含みなんて持たせてないが?」
急にどうしたんだと戸惑うが、レーネは走りながらも不満を露わにした。
「嘘を吐いても私には分かるのよ! あと、私もあれから勉強したのよ! もうあのときみたいに無様な真似は晒したりしないのよ!」
「……?」
マジで意味が分からなかった。だが次の瞬間、脳裏に過去の映像――恐らく俺がレンになる前の記憶がフラッシュバックした。
レーネは俺の腕の中、押し寄せる甘美な感覚にただただ翻弄されていた。
「……なるほど、あれから勉強したのか」
ゴクリと喉を鳴らせば、「思い出すな、なのよ!」と怒鳴られた。そうして廊下を駆け抜ければ、下へと続く階段にたどり着いた。だが、その階段から魔法生物が上がってくる。
「レーネ、壁を抜け!」
「はあ? 正気なのよ? ここは――」
「俺を信じろ!」
「あぁもう!」
レーネが冥響を使って壁を切り裂いて穴を作る。
その向こうは虚空。
「飛ぶぞ、レーネ!」
「そうだと思ったのよ!」
手を差し出せば、レーネは俺の手を掴んで共に虚空へと躍り出た。そこは施設の外、ただしここは5階で――俺達は重力に引かれて落下する。
「マスター、後は――」
「――頼んだ!」
そう叫べば「いい加減にしろなのよ!」とレーネは悪態を吐く。だがそれと同時に、俺のことを抱きかかえつつ、虚空に衝撃波を放ってビルの外壁へと接近。
そこに冥響を突き立てて減速した後、壁を蹴って朽ちた信号機へ。そこに冥響を引っ掛けて一回転すると、落下のベクトルを側面へとずらした。
そして向かうのは、魔法生物の真上。
「どけ、なのよ!」
冥響を振るい、魔法生物を両断しながら地面の上に降り立った。むちゃくちゃ格好いい。
ただ、PVなら何度でも見たいけど、体験した本人的には二度とごめんだ。
平衡感覚を失ってレーネに寄りかかっていると、手の甲を抓られた。気付けば、収まりきらない胸の感触が手のひらの中にあった。
思わず、その胸の感触を確かめてしまう。
「んっ。だから、そういうのは帰ってからにしろ、なのよ!」
「すまん、触り心地がよくてつい」
「……か、帰ってからにしろって、言ってるのよ!」
デレたツンデレーネが可愛い。
と、そんなことを考えていた直後、俺達の後方で爆音が響いた。
「……おいおい、マジかよ」
見れば、道の真ん中にさっきまでなかった小さなクレーター。そしてその真ん中には、ボロボロのジャケットとホットパンツ姿のヴァネッサが片膝を突いていた。
「マスター、どうするのよ?」
「そう、だな」
ここで逃げても負ってくる可能性が高い。かと言って、ここで戦っていたら……と、俺がその予測にたどり着くより早く、ボス個体の魔法生物が出現、ヴァネッサに襲い掛かった。
獣のような咆哮と、生物ならざる者の雄叫びが辺りに木霊する。魔法生物に死の恐怖はなく、暴走状態にあるヴァネッサもまた同じ。自らを省みない者達の戦闘が始まった。
……火力アップと引き換えに、防御力が下がるスキルって、こういう状態なんだろうな。
ゲームならリスキーなスキルというだけ。だが、その光景は凄惨の一言だ。互いに防御なんて顧みず、ただ純粋に相手を殴り続けている。
あのままだと、勝っても負けてもヴァネッサは生き残れないだろう。
「レーネ」
「分かってる、いまのうちに逃げるのよ」
「いや、ヴァネッサを助けるぞ」
「なのよ!?」
信じられないと目を見張った。
次の瞬間、レーネはジト目で俺を睨む。
「さては、あの太ももが好きなのよ?」
「……違う。彼女には借りがあるだけだ」
「いま、少し答えに間があった気がするのよ?」
「彼女は俺を信じ、アマリリスを預けてくれた。それに、彼女が俺達と敵対しているのは、それがMAHS患者のためだと信じているからだ。そんな彼女を死なせたくない」
「……あぁもう、分かったのよ。なら作戦を考えろ、なのよ」
悪態を吐きつつも、なんだかんだで無茶な頼みを聞いてくれる。
そう言えば、『嫌な顔をしながらも絶対に断らないレーネちゃん』ってファンアートがあったなぁと、そんなことを考えながら作戦を伝えた。




