エピソード 1ー2
リーシアは意味深なセリフを残して部屋から出て行った。それを見送ったいまも、俺の心臓は早鐘のように鳴っている。清楚で純真、そんなリーシアから大人のキス&夜のご奉仕宣言。
まさか、俺とリーシアは付き合っているのか!?
いや、結論づけるのは早い。
原作にそんな描写はない。さっきのキスだって、恋人同士のキスではなくて、家族がするようなキスかもしれな……いや、ねぇよ!
完全に大人のキスだったじゃねぇか!
ということは……ホントに?
って言うか、あの手慣れた感じ、さっきのが初めてって感じじゃないよな? それに、ご奉仕って……つまり、そういうことだよな?
なら、そういう関係になったのはいつだ? イベントシーンにそんな描写はないはずだ――と、俺は課金指輪をプレゼントするエピソードを思い返した。
決戦前夜、紅い月の夜。
レンは課金指輪を持って、屋上で夜風に当たるリーシアの隣に座る。リーシアはなにも言わず、ただ静かに紅い月を見上げていた。
心地よい雰囲気の中、レンがおもむろに口を開いた。
『……もう直ぐ決戦だな』
『ええ』
『今度は、生きて帰れないかもしれない』
『だから私を置いて行く、なんて、言わないですよね?』
『それは――』
レンは言葉を濁した。
MAHS患者はその特徴でもある膨大な魔力を武器に戦う。普段はリストレインによって制御されているが、激しい戦闘中はその限りではない。
とくに、リーシアは先日暴走して死にかけたばかりだ。そんな彼女を戦場に送ることに迷いを抱くレンに対し、リーシアは覚悟を秘めた笑顔を浮かべる。
『私はマスターに二度も命を救われた。私の命はとっくにマスターのモノなんです。だから、置いていくなんて、悲しいことは言わないでくださいね?』
『……分かった。なら、これを』
そう言ってレンは指輪を差し出した。
通称、課金指輪。
互いの絆を深めることで、使用者の暴走確率を下げて能力を高める装備。
それを見たリーシアは口元に指を添えた指先を震わせた。
『マスター、嬉しいです』
星空の下、見つめ合う二人。
そして、画面は紅い月の輝く空を映してイベントは終了。その日を境に、レンとリーシアの関係はより深くなるのだが……え? もしかして、あの後?
お……俺はまさか、屋上でリーシアとやったのか!?
そこまで考えたとき、一瞬だけ頭に痛みが走った。直後、真っ赤な月の下、俺の上で悩ましげな表情で唇を噛むリーシアの姿が脳裏をよぎった。
マジか……マジなのか。
まさか、リーシアがあんな……いや、考えるべきところはそこじゃない。重要なのはレン――つまりは俺が、リーシアと既に肉体関係にあるという事実だ。
客観的に考えて、もう付き合っちゃえよと言いたくなるような二人が、実は付き合っていたというのは納得のいく展開だ。俺はそんな展開も好きだし――なにより俺自身が嬉しいと思った。
リーシアは俺の推しキャラだ。いつも一生懸命で、ずっとレンのことを支えてくれる健気な少女。そんなリーシアのことを、俺は好ましく思っていた。
現実となったこの世界で、彼女と深い関係になれるのなら望むところだ。
もちろん、セフィナやレーネのことも同じくらい気に入っている。でも、さっきも言ったように、現実でハーレムはあり得ないし、他の子と付き合うためにリーシアと別れたいとは思わない。
だけど、もしも誰でも選べる状態なら、俺はたぶん優柔不断に陥っただろう。だから、既にリーシアと付き合っていたという状況は、結果的によかったのだと思う。
リーシアと恋仲であるという現実を受け入れ、彼女だけを愛し、一緒にこのダークファンタジーの世界を生きていく。それはきっと、最高に幸せな第二の人生になるだろう。
ただ、不安もある。
それは、俺がちゃんと告白をしたのかどうか、と言うことだ。
さっきも言ったが、作中のエピソードにそういったシーンは一つもない。行間で身体を重ね、告白はしていない。という可能性も否定できない。
まずは確認しようと考えた俺は、アマリリスが治療を受けていることを思い出した。
治療といえば医務室、創設メンバーの一人であるセフィナがいる場所だ。研究者でありドクターでもある彼女は、リーシアのことを妹のように可愛がっている。
そんな彼女であれば、俺とリーシアの関係も知っているはずだ。
という訳で、俺は部屋を出て医務室へと向かった。
そして――道に迷って娯楽施設にやってきた。
いや、違うんだ。
ソシャゲだと施設の名前を選んでワープする方式だから、位置関係が頭に入っていないんだ。どれもこれも、見慣れた設備ではあるんだけどな。
……というかこれ、俺のアカウントが元になった世界で間違いないな。
娯楽施設の内装が、俺が配置した通りになっている。部屋の隅っこに、アニバーサリーの記念家具を並べてあるのとか、間違いなく俺が置いたまんまだ。
「あら、マスター。負傷したって聞いたけど、もう大丈夫なのよ?」
凜とした声に呼びかけられる。視線を向けると、ウェーブの掛かった金髪サイドツインの女性がドレス風の戦闘服を纏って立っていた。
推しキャラの一人、レーネ・ミラリスだ。
「レーネ、医務室がどこにあるか教えてくれないか?」
「はあ? 頭でも打ったのよ?」
いぶかしげな視線を向けられるけれど、ここまでは計算のうちだ。彼女は元貴族令嬢で、MAHSが発症すると同時に家を追われた。根は優しい女の子だけれど、プライドがとても高い。
だから――
「いや、レーネが覚えてるかなと思って」
「馬鹿にしているのかしら? 医務室は向こうの通路を抜けた先、右手にあるのよ」
少し挑発すれば、こんな風に答えてくれる。俺は「ちゃんと覚えていたか、偉いぞ、レーネ」と笑って、からかっているのかと怒るレーネから逃げるように医務室へと向かった。
医務室はセフィナの城だ。
ヴェルターライン設立の中心人物であり、リストレインを開発した研究の第一人者。そんな彼女が常任する医務室自体は普通だが、その奥には最新の研究所が広がっている。
空調の風が少し肌寒く感じさせる。俺は少しの緊張感と共に医務室の扉をノックする。
セフィナにどうやって探りを入れるか考えながら扉を開けると、ソファにもたれかかったセフィナが、緩やかなウェーブの掛かったブロンドの髪を指先で弄んでいた。
医務室特有の匂いに、彼女の香水がわずかに香る。
彼女は俺に気付くとふっと笑みを零した。
「あら、マスターじゃない。まだどこか痛むところがあった?」
「いや、傷は大丈夫だ。セフィナが見てくれたんだろ、助かったよ」
「どういたしまして。リーシアも心配してたわよ」
来た――と、俺は息を詰める。
セフィナはリーシアのことを妹のように思っている。レンのことも憎からず思っているが、一歩引いてリーシアの幸せを願うお姉さんキャラ。
そんな彼女だから、探りを入れたらなにか反応が得られるはずだと口を開く。
「リーシアか。……なぁ、セフィナ。おまえは俺とリーシアのことをどう思う?」
迂遠な質問で、俺がリーシアと付き合っているのか確認した、つもりだった。だが、それは想定外の反応を引き起こした。
セフィナは口元だけで笑い、俺を静かに睨み付ける。
「……マスター。あの夜のことは、なかったことにしたはずよ?」
おいまさかこっちもか!? と俺は息を呑んだ。




