エピソード 3ー4
『エマージェンシー、エマージェンシー。第二環、研究ブロックの施設にて攻撃を検知。防衛プロトコルを起動。魔法生物を展開し、対象を排除します。全職員はただちに避難してください』
ゲームで馴染みのあるアラートだが、現実で、しかも排除の対象が自分たちだとなると迫力が違う。恐怖に飲まれそうになりながら、俺は「総員、警戒態勢! 魔法生物が来るぞ!」と叫ぶ。
だが、誰が味方で、誰が敵かはっきりしていない状況で、ヴェルターラインの魔装部隊と治安維持部隊の面々が牽制し合うように向き合っている。
このままだと、四つ巴の戦いになってしまう。
そう思ったとき、真っ先に声を上げたのはリーシアだった。
「みなさん、いまは争っている場合じゃありません。まずは魔法生物を排除しましょう!」
「――っ、彼女の言うとおりだ。治安維持部隊は魔法生物の迎撃に当たれ!」
とっさにリアナが続いた。
二人の命令に、両部隊の面々が迎撃態勢に入る。だが、ヴァネッサはそれに加わろうとしない。それどころか、ホープギアに追撃を加える。その一撃でシールドの一部が破損した。
途端、セフィナが焦った面持ちで詰め寄ってきた。
「マスター、あれを壊させないで!」
「分かってる! リーシア、レーネ。二人でヴァネッサを止めろ!」
「はい、マスター!」
「了解なのよ!」
リーシアが斬撃モードの緋響で斬り掛かる。ヴァネッサが飛び下がるが、そこをレーネの冥響による一撃が薙ぎ払う。死神の鎌の一閃は、けれどヴァネッサの鉄甲に迎撃された。
「~~~っ、なんてバカ力なのよ!」
「なんだと、この鎌女!」
「誰が鎌女なのよ!」
反射的に言い返したレーネが大ぶりの一撃を放つ。ヴァネッサはその鎌を蹴り上げて回避、レーネの懐へと飛び込んだ。圧倒的有利な状況。レーネの顔に焦るが浮かぶが――
「させません!」
リーシアの斬撃がヴァネッサを下がらせた。
「レーネさん、彼女の挑発に乗ってはダメです!」
「分かってるのよ! ……でも、感謝はしておくのよ」
ツンデレかな? と、場違いな感想が思い浮かぶ。だが、俺にそんな場違いな感想をする余裕があったのもそこまでだった。
すぐに「魔法生物が現れたぞ!」という誰かの声が響き、魔法生物が研究所に流れ込んできて、そこかしこで戦闘が始まった。
認めたくない事実だが、リーシアとレーネは二人掛かりでもヴァネッサに押されている。残った者達で魔法生物を迎撃するのにも限りがあるだろう。
「――セフィナ、この状況でホープギアを持ち帰るのは無理だ」
俺の訴えに、セフィナは悲痛な表情を浮かべた。ぎゅっと握りしめた拳から血の気が消えて真っ白になっている。
彼女がどれだけMAHS患者を救うために努力しているか、彼女のエピソードを全部見た俺はよく知っている。この任務をたやすく達成できると思い込んでいた自分を殴りたくなる。
彼女に罵倒されたって仕方がない。だけど、彼女はどこまでも理性的だった。
「ならせめて、データを吸い出す時間をちょうだい!」
「……分かった。出来るだけ急いでくれ」
「ええ、分かってる!」
セフィナはホープギアに駆け寄り、端末を使ってデータの吸い出しを始める。俺は彼女の護衛に付きながら、コネクトレインを使ってリーシアとレーネにチャンネルを繋いだ。
『リーシア、レーネ。いま、セフィナがホープギアのデータの吸い出しを始めた。それが終わるまで、ヴァネッサの足止めを出来るか?』
『了解です、マスター!』
『この状況で、マスターは無茶を言いやがるのよ!』
即座に応じるリーシアと、悪態を吐くレーネ。異なる反応を示しながらも、二人は同時にヴァネッサに躍りかかる。
リーシアが斬撃モードの緋響で斬り掛かるが、ヴァネッサが鉄甲でその一撃を弾き返した。そうして耐性を崩したリーシアに、ヴァネッサが追撃を掛けようとするが――
「させないのよ!」
レーネが冥響による一撃を放つ。死神の鎌がヴァネッサの胴を薙いだと思った瞬間、ヴァネッサは虚空へと飛び上がって回避。
そして――
「緋響、狙撃モード――撃ちますっ」
膝立ちになったリーシアが、緋響をスナイパーライフルに可変、引き金をそっと落とした。次の瞬間、轟音と共に一発の弾丸がヴァネッサに吸い込まれる。
「――しゃらくせぇっ!」
リーシアが引き金を引くのとほぼ同時、ヴァネッサは射線上に拳を振るった。彼女の鉄甲と弾丸が激突して、甲高い音を響かせる。
恐るべき反応――だが、ヴァネッサはその身を回転させながら吹き飛んだ。そのまま壁に叩きつけられ、壁に寄り掛かるように崩れ落ちる。
「ふふっ、あのタイミングで狙撃をするなんて、さすがリーシアなのよ」
レーネが笑って、死神の鎌を肩に載せる。
「レーネさん、まだ終わってません!」
「なにを言うのよ。貴方の狙撃を至近距離で受けて無事なはず――っ」
みなまで言うより早く、レーネはスカートの裾を翻して魔装を構えた。
それとほぼ同時、ヴァネッサの指がピクリと動いた。俺達がまさかという思いに支配される中で彼女は目を開き、ふらつきながらも立ち上がった。
「ば、化け物なのよ!」
「うるせぇ……グラトニアを使ってるアタイと対等に戦うてめぇらに言われたくねぇよ」
目元に伝い落ちた血を拭いながら、ヴァネッサが凄惨な笑みを浮かべる。頭から血を流す彼女にのジャケットやショートパンツはボロボロで、むき出しの腕や太股は傷だらけだ。
「ヴァネッサ、ここは引いてくれないか? 俺達はホープギアを決して悪用したりしない。本来、俺達とおまえ達に争う理由はないはずだ」
MAHS患者と一般人の調和を目指すヴェルターライン。そしてMAHS患者だからと排斥されたことに恨みを抱く集団、アスペリア。目的は違えども、分かり合うことなら出来るはずだ。
そんなふうに訴えるけれど、ヴァネッサは首を横に振った。
「悪いな。そんな希望はとっくに捨てたんだ」
ヴァネッサはどこか寂しげに呟いて、それから鉄甲を打ち合わせた。グラトニアの暴餓葬脚。彼女のモチーフ武器は、リーシアの狙撃を受け止めてもなお傷一つない。
それを見た瞬間、俺は嫌な予感を覚えた。
Chord MAHSは戦術系RPGで、それぞれのユニットには、リーシアが使った可変のような、特殊なスキルやエクストラスキルのが存在する。
そして、アスペリア所属のユニットには大きな特徴がある。リストレインを所持しない彼女らは絶えず暴走の危険を抱えており、だからこそ彼女らの戦闘力は高い。
そんな彼女らのエクストラスキルは――
「二人とも、いますぐヴァネッサを止めろ!」
「――もうおせぇっ!」
ヴァネッサが鉄甲を打ち合わせる。
刹那、彼女の瞳が深紅に染まり、周囲に膨大な魔力が吹き出した。




