エピソード 3ー1
研究所の入り口にヴァネッサが立っている。もうアスペリアの部隊が追いついてきたのかと驚くが、彼女以外の兵士の姿は見当たらない。
突出した彼女が一人で追ってきたのだろう。だが、単体でも決して侮れない戦闘能力だ。彼女と戦闘になれば、無視できない被害を受けることになるだろう。
とはいえ、いまは先に確認するべきことがある。
目の前の巨大な装置。
治療用のポッドだと聞かされていたそれは、MAHS患者にとっての希望なんかじゃない。ハーモニア適正者――いまで言うMAHS患者を暴走させ、魔力を取り出すおぞましい装置だった。
「……ヴァネッサ、おまえはこれの正体を知っていたのか?」
俺の問い掛けに、ヴァネッサは険しい顔で頷いた。そんな彼女と俺のやり取りをまえに、まだ事情を理解していないリーシアが疑問を呈する。
「マスター、どういうことですか? これは治療用ポッドなんですよね?」
「……違う。これはMAHS患者を意図的に暴走させ、魔力を絞り取る装置だ」
「――なっ!?」
リーシアが息を呑み、周囲からも驚きの声が上がる。
唯一の救いは、治安維持部隊の面々も同じように動揺していることだ。彼らがホープギアの正体を知っていたら、こんなふうに驚いたりしないはずだからな。
「ヴァネッサさん、いまの話は本当なのですか!?」
リーシアが問い掛ければ、ヴァネッサは静かに頷いた。
「ああ。だから破壊する。決して評議会には渡さない」
ヴァネッサの言うとおりだ。
評議会はMAHS患者を排斥している。そんな彼らがこの装置を手に入れてなにをするつもりなのか、それを考えるだけで吐き気がする。
ヴァネッサが俺達を追ってきた理由も明白だ。俺に、アマリリスを守ると言ったのは嘘だったのかと詰め寄ってきたのも同じ理由だろう。
だが――
「破壊などさせるものか。この装置は持ち帰れとの命令を受けている」
リアナはそう言い放った。
その言葉を切っ掛けに、ヴァネッサの瞳がわずかに赤みを増した。
「はっ、真実を知った上で、この装置を持ち帰ると? やっぱりてめぇらはクズの集まりだな」
「貴様! 治安維持部隊を侮辱するのか!」
「侮辱? てめぇらがクズなのは事実だろうが!」
「……どうやら、我らの実力を侮っているようだな。いいだろう。それほどまでに我らが気に入らないというのなら、貴様はここで――」
「――待ってください!」
なし崩しに戦闘になりそうな中、今度はリーシアが声を上げた。彼女はその小柄な身体で両手を広げ、ヴァネッサを庇うように両者のあいだに入った。
「リーシア、なんのつもりだ? まさか評議会に刃向かうつもりか?」
リアナが睨み付け、治安維持部隊の面々が武器に手を掛けて殺気立つ。それを見た魔装部隊の面々も武器に手を掛けた。
一色触発の中、リーシアは一歩も引かずに彼女らの視線を受け止める。
「聞かせてください。貴方達はホープギアを、MAHS患者を生体部品にするような非人道的な装置を持ち帰り、一体なにをするつもりですか?」
「我らはただ、評議会に装置を持ち帰れと命令されただけだ」
リアナは淡々と答える。
リーシアはわずかに考える素振りを見せた後、言葉を選びながら口を開いた。
「……では、聞き方を変えます。旧文明の技術、マギアギアが再現されるにつれ、現代でも魔力が不足がちになっています。だけど、魔石の採掘にも限りがある。評議会はその魔力の不足をどうやって補うつもりなのですか? その答えが、あれなのではありませんか?」
リーシアはズバリと尋ねた。その核心を突いた言葉に誰もが息を呑む。
リアナの答えによっては、すぐに戦闘が始まってもおかしくない。それを理解した治安維持部隊と、魔装部隊の面々のあいだで空気が張り詰める。
そして――
「……否定なさらないのなら、この装置を貴方達にお渡しする訳にはいきません」
最初に口火を切ったのはリーシアだった。それを受けた治安維持部隊の面々が武器に手を掛ける――寸前、リアナが「待て!」と制止の声を上げた。
彼女は額に汗を浮かべ、緊張した面持ちで口を開く。
「ヴェルターラインは依頼を受けた身だろう! 契約を保護にして、評議会と敵対するつもりなのか!?」
「我々が受けた依頼は、MAHS患者を治療するポッドの確保。MAHS患者を生体部品にするようなおぞましい装置なんかじゃありません!」
「……だから、裏切りにならないとでも言うつもりか? そんな言い訳が評議会に通用すると思っているのか? リーシア、おまえは我らを敵に回して本当にかまわないのか?」
リアナが問い掛け、リーシアもまたわずかな迷いを見せた。
どちらも引くことが出来ない。だけど、ヴェルターラインはMAHS患者とそれ以外の人間の架け橋だ。ここで戦闘を始めることもまた、互いの未来にならないことを知っている。ゆえに、二人は一歩も引かず、けれど交渉を終わらせようともしない。
張り詰めた空気に息が苦しくなる。
そのとき――
「おっと。そういう話なら、アタイはもちろんヴェルターラインに味方するぜ?」
瞳を紅く染めたヴァネッサが高らかに宣言して、二人の駆け引きに一石を投じた。




