エピソード 2ー12
第二環の一角にある研究施設。
いまだ完全な形を保つ施設の最奥に、巨大な研究所が存在した。その部屋の奥には、巨大な機械。その中心には、SFで見るコールドスリープのような装置が設置されている。
「……これが、MAHSの治療用ポッドなんでしょうか?」
リーシアの呟きに誰も答えない。誰もがそうであって欲しいと願っている。にもかかわらず、ポッドを目の前にしても、素直に喜べないほどの辛い過去を背負っている。
冷静なのは、MAHS患者ではない治安維持部隊の面々だった。
「よし、まずは資料を探し、このポッドを分解して持ち帰るための手段を探す!」
リアナが命令を下し、ハッと我に返ったセフィナが、「私も手伝うわ」と、治安維持部隊の技術者達と共に、医療ポッドへと駈けていった。
「レーネの部隊は周囲を警戒。とくに、アスペリアの部隊に気を付けろ。リーシアの部隊はこのポッドの資料を集めるんだ」
「了解なのよ」
「了解しました」
レーネとリーシアがそれぞれ仕事を開始する。それを横目に、俺は部屋の片隅にある棚に歩み寄った。ひんやりとした空気に、わずかにカビの匂いが乗っていた。
俺はふと視界に入った引き出しを空ける。そこには何枚もの紙の束が収められていた。
「……数百年前のものにしては綺麗だな」
「アーキライン文明では紙の品質もいまよりよかったのかもしれません」
横にいたリーシアがそう教えてくれる。
たしかに、和紙は千年でも持つことがあると聞いたことがある。他にも中性紙やアルカリ紙なんかも、同じくらい持つ可能性があるんだったか?
「この紙だけでも、貴重な資料かもしれないな」
そんなことを考えながら、俺はその紙の束を手に取って目を通す。そこには、ソシャゲでも明確にされていなかった、旧文明の滅んだ理由が書かれていた。
旧文明――アーキライン文明。いまよりもずっと発展したその時代は、膨大な魔力を動力にした機械――通称、マギアギアによって発展していた。
AIによる総合管理システムに、オートメーションによる各設備。魔力というクリーンな力によって発展したその頃は、人類史の中でもひときわ栄華を極めた時代だった。
そして、その魔力を供給していたのが支配階級に君臨する者達。ハーモニア適正者と呼ばれる、膨大な魔力を持つ人間達であった。
「……ハーモニア適正者、いまのMAHS患者が支配者か」
いまでは忌み嫌われる感染者扱い。だが、以前はむしろ特権階級の証だったと知って驚きを禁じ得ない。それがなぜ、いまのようになったのか……と、俺は資料を読み進める。
状況が変わったのは、アーキライン文明の末期。ハーモニア適正者が生まれなくなった。つまり、膨大な魔力があるからこそ栄華を誇った世界で、魔力の供給源が年々と減ったいったのだ。
そうして、マギアギアによる設備は縮小を余儀なくされた。
だが、人類がハーモニア適正者の支配を受け入れていたのは、膨大な魔力による恩恵があったからだ。その恩恵がなくなれば、世界の支配構造が覆される。
それを危惧した支配階層の者達は、ハーモニア適正者を生み出す研究を始めた。
「政略結婚に、試験管ベイビー、遺伝子操作までか……手段を選ばずだな」
現代日本よりも優れた技術を使っている。だが、ハーモニア適正者は減る一方で、ついには稼働するのは一部の施設のみとなったそうだ。
その頃には、ハーモニア適正者と、そうでない人類の諍いも増えていた。アーキライン文明は、緩やかに滅び行く運命だった。
そんな中で生み出されたのが、ホープギアと呼ばれる装置だと、その資料には書かれていた。
「ホープギア……希望の装置?」
その資料がここにあったと言うことは、俺達の考える、MAHSの治療用ポッドのことだろうかと考える。だが、話の流れ的に、MAHSの治療用ではありえない。それどころか、医療用ですらないかもしれない。
「誰か、ホープギアという記述が書かれた資料を見てないか?」
周囲で資料を漁っている者達に問い掛けるが望んだ答えは得られない。
俺は他の資料を読むことにした。
どれも貴重な資料ばかりだった。
ソシャゲのイベントストーリーでも、時々こう言った資料を発見して、アーキライン文明の設定を知るという展開があったが……その中でも、今回はとくに確信に迫っている。
まさか……MAHS感染者がハーモニア適正者と呼ばれる支配者層の人間で、それ以外の人間が、支配される側の人間だったなんてな。
だとしたら、いまMAHS患者が虐げられているのは因果応報、なのだろうか?
……たしかに、その一面はあるのだろう。だが、だからって、いま生きているMAHS患者がそれを受け入れる理由にはならない。ホープギアが、名前の通り、MAHS患者の希望であってくれと願いながら、俺はいくつかの資料に目を通した。
そして次の引き出しを空けると、そこには一冊の日記帳が収められていた。
俺はその日記をそっと取り上げて開く。
たまたま開いた最後のページには涙の痕と共に、次の一文が残されていた。
たった一人の娘の幸せと、数百万人の数十年の安念。どちらかを選ぶというのなら、その答えは決まっている。私は母親である前に、この街の統治する人間の一人だから。
だから、せめて犠牲となる娘の命が人類の未来を紡げるように、私も全力を尽くそう。
たとえ、その先に地獄が待っているのだとしても。
ヒビキ・ヴァレンティ




