俺だけ転移されなかった件について
よろしくお願いいたします。
俺の名前は斉藤 悠。どこにでもいる、ごく普通の高校二年生だ。
唯一の違いと言えば――
「転生モノ、読みすぎたかもしれない」
毎朝の通学電車で、スマホ片手に異世界なろう小説を読むのが日課。
そんなある日。いつも通り電車に乗っていた俺の足元に――
魔法陣が現れた。
しかも、車両全体に広がる大きな魔法陣と、俺の真下だけに別の複雑な紋様が描かれる二重構造。
ざわつく乗客。
「えっ……なにこれ」「やばくない?」「え、異世界転移?」
俺は胸の鼓動が高まるのを感じていた。
(来たか……俺の物語が……!)
ついに俺にも、なろうテンプレの世界が始まるんだ。これは特別な魔法陣。絶対そう。きっと俺だけにすごいチートが与えられて――
眩い光が車両全体を包んだ。
目も開けられないほどの白い輝き。
(ありがとう……神様……!)
そして――光が収まり。
気づけば。
車両には、俺一人しかいなかった。
「……あれ?」
静まり返った電車。先ほどまでいたはずの通勤客、同じ学校の生徒、ギャルっぽい女子高生――全員、消えていた。
俺だけが。
残っていた。
「え、いや、ちょっと待って?」
慌てて魔法陣の跡を確認するが、消えている。
スマホも圏外。何も変わっていない。駅も普通に過ぎていく。
「なんで!? 俺だけ!? おかしくない!?」
何度も叫んだが、答える者はいない。
――いや。
一つだけ、異変があった。
俺の足元に、焦げ跡のような紋様の残りカス。
そして、その中心に、小さな紙切れ。
『転移エラー:対象の属性が過負荷状態のため処理を中断しました』
「……俺、容量オーバーだったの?」
その日から、俺の"異世界転移後の世界"(地続きの日常)は始まった。
学校に行っても、友達は全員“失踪者扱い”。警察も手がかりなし。
ニュースは“集団蒸発事件”として毎日トップニュース。
「え、あれニュースになってるの!? 俺、乗ってたんだけど!?」
だが俺は、話すたびに“妄想扱い”。
結局、俺だけが異世界転移イベントに参加すらできなかったという、奇妙な孤独を背負うことになった。
そんなある日。
家の鏡に、また魔法陣が浮かび上がる。
『次回メンテナンス時、未処理対象を再確認します』
「……え? もう一回チャンスあるの?」
希望が蘇る俺。
だが同時に、疑念も浮かぶ。
(“未処理対象”? 俺って、エラー処理なの?)
その後も俺は、毎朝鏡の前で身支度しながら、鏡に浮かぶ“再転移のお知らせ”を見て過ごすことになった。
まるで、何かのアップデートを待つスマホゲーのプレイヤーのように。
ある日、メッセージが変わった。
『処理準備完了。転移は“次回指定列車”にて実施予定です』
――ついに来た。
俺は震える手で、指定された電車に乗り込む。
……だが。
「……あれ?」
また一人、残されていた。
三度目の転移エラー。
周囲はまたしても消え、俺だけが。
今度の紙切れには、こう書かれていた。
『あなたの物語は“この世界”で進行中です。異世界転移の必要はありません』
「……いや、そうじゃないんだよなぁ」
俺の冒険は、異世界ではじまるはずだった。
だがこの現実が“俺だけの世界”だというのなら。
「じゃあまあ、主人公っぽく生きてみるか」
今日も俺は、普通の高校生。
異世界転移できなかった主人公の、少しだけズレた物語が――始まる。
ありがとうございました。