魔術公からの依頼 上
「よくぞ参られた。
世に名高き屈強な冒険者たちよ。
我こそは、この魔術都市の長……。
と、名乗りたいところだが、どうやらそれどころではないご様子だな?」
芝居がかった仰々しい仕草は、出世してからの日々で身に着けたのだろうか?
ともかく、いかにも都市の支配者でございといった格好で出迎えたジンは、しかし、肩透かしを食らわされたようだった。
何となれば……。
「ふふ……。
いえ、大したことではございません。
ええ、そうです。
大したことではございませんとも」
「そうです。
これは、言うなれば日々の中に存在するちょっとした修行でしかありません。
そちらのレフィさんはともかく、わたしたちに関しては、どうもお気遣いなく」
家来が用意したらしい薄手の浴衣に着替えたシグルーンとギンは、頭のてっぺんからつま先に至るまでを真っ赤にしていたからである。
ちなみに、同じく全身真っ赤っ赤のレフィは、ダウンして珍しく素顔のモブ忍者ABCから介護を受けていた。
凍りつきそうになったり、湯当たりになったりと、なかなか忙しいバカエルフである。
この状況を見れば、何が起こったかは、猿でもアランでも明らかだった。
「何だ、お前ら?
もしかして、サウナで我慢大会でもやってたのか?
あれは、健康に注意しながらほどほどのところを楽しむもんだぞ」
はち切れそうな浴衣に、どうにか筋骨隆々な体を収めたアランが、やや呆れ混じりの顔でそう言う。
「むう……」
「まあ、ちょっと対抗はしちゃいましたか。
ちょっとだけ」
シグルーンとギンがそう言うと、ジンはさもおかしそうに膝を叩いた。
「はっはっは!
いや、当家自慢のサウナを、存分に楽しめて頂けたようで何よりだ。
あらためて名乗ろう。
我こそは魔術都市イーアンの長、魔術公ジン・ガオシ・ギーツである。
そこにいるヨウツーとは、旧知の間柄といったところだ」
ジンにそう言われ、アランとギンはともかくとして、シグルーンが改まった態度でソファに座り直す。
「あなた様が魔術公であらせられましたか。
知らぬこととはいえ、不敬をお詫びいたします」
シグルーンとアランに関しては、魔術都市からの依頼も受けたことがある。
とはいえ、ジンのような要人中の要人と接する機会はなかったらしく、少しばかり驚いているようだった。
かしこまった茹でダコの聖騎士に対し、ジンが手で制する。
「いや、いや、改まった態度など不要。
そもそもは、俺の娘が困っている人たちを招いたと、ただそれだけのことなのだからな。
とはいえ、だ。
皆さん方がヨウツーめの身内ということならば、少しばかり事情が変わってくる」
そして、一同に対し身を乗り出しながら、こう言ったのだ。
「そこにいるヨウツーが、ネーアン殿の名代としてこの地に馳せ参じたことは、皆さんも承知のことだろう?
そこで、皆さんにはヨウツーめと同様、この地で行われる魔術公選定の儀に参加して頂きたいのだが、いかがか?
無論、報酬は用意させて頂こう」
「と、言われても……」
「だな……」
アランとギンが、こちらに視線を向ける。
その反応は、当然のことといえた。
「あー……。
その……何だ……ジン」
「何だお前?
話してないのか?」
「本当なら、まず俺の実家へ行ってから諸事情を明かすつもりだったからな」
ヨウツーがそう言うと、ジンは呆れたようにソファの上で反り返ってみせた。
が、すぐに気を取り直す。
「そういうことなら、そうだな……。
そいつの家庭事情は置いておいて、そもそも魔術公という地位がどういったものかについて、かいつまんでお話しよう」
言いながら、ジンが自分の装束……。
魔術公にしか許されぬ純白のそれを指し示した。
「このイーアンという街は、よそと違った方法で統治されていましてな。
有力者たちの合議によって、都市運営が決定されている。
その筆頭が、五賢――ネーアン殿をはじめとする偉大な賢者たちだ。
とはいえ、いかなる組織においても、頭という者は必要……。
その頭こそが、魔術公という地位だ」
「だったら、話し合いで決めるってこと?
ヨウツーはともかくとして、あたしたちが参加する余地なんてないんじゃない?」
口を挟んだのが、モブ忍者たちに介護されているレフィだ。
グロッキー状態からやや回復したエルフに対し、ジンが薄い笑みで返す。
「魔術公に求められるものは、様々だが……。
やはり、魔術都市の長に相応しい力の持ち主であることが求めらる。
そこで、議会によってあらかじめ選出された候補者たちには、様々な試練が課せられるのだ」
「そして、その試練で最も優れた成績を収めた者が、次代の魔術公になるというわけですか。
何というか、ひどく象徴的な存在なんですね」
「でもよ。
それだと、結局、おれたちの加わる余地はなくねえか?」
アランの疑問はもっともなものだが、それは、魔術公選定の儀について無知だからでもある。
ゆえに、ジンはにやりと笑って答えた。
「ここで重要なのは、魔術の腕のみを問うのではなき、相応しい力の持ち主であることを見極めるというところなのだ。
試練に対しては、それぞれ二名から三名までの助太刀が認められている」
「なるほど。
どれほど優れた助っ人を用意できるかも含めて、魔術公としての素質というわけですか」
「いかにも」
シグルーンの言葉へ、ジンが満足そうにうなずく。
「そうなると、ジン様は、わたしたちに助力してほしい候補者がいるわけですよね?
二名から三名となると、全員で協力するのは無理になりますが?」
「いいや、是非、全員にご助力願いたい。
と、いうのも、俺が後援している候補者は二名いるのだ。
まあ、後援するも何も、二人共私の娘なのだがな。
――入ってきなさい」
ジンが扉の方に向けて言うと、あらかじめ待機していた者たちが姿を現す。
一人は――エリス。
シグルーンたちのサウナ対決には参加しなかったか、あるいは無理して長居をしなかったのだろう。
客前ということもあり、しっかり正装したその姿は、湯上がりでわずかに火照っており……。
どうも、在りし日のソニアを思い出してしまってよくない。
そして、もう一人は、エリスより四つか五つ年下だろう少女……。
ちょうど、シグルーンと同い年くらいだろうと思える娘であった。
姉同様に長く伸ばした黒髪は、ツインテールでまとめられており……。
姉とは異なり、何か攻撃的な気配を感じ眼差しで、無遠慮にこちらを値踏みしてくる。
随分と遠慮がないというか、勝ち気な感じがする娘だ。
が、この雰囲気には、どこか懐かしさを感じる。
(そうだ。この娘は、ジンに似ているんだ)
懐かしさの正体へ気付き、少しばかり温かい気持ちとなった。
吊り上がった眼差しも、刺々しい雰囲気も、父親から受け継いだもの。
その上で、母ソニアの整った容姿は受け継いでいるのだから、これは、父親よりも大分得をしている少女と言えるだろう。
「姉の方は、あらためて挨拶させる必要もあるまい。
妹の方は、リム・ガオシ・ギーツという。
リム、ご挨拶なさい」
父親に促され、リムという少女が一歩前へ出る。
そして、ばさりと魔術師のローブを翻しながら、こう言ったのだ。
「このアタシが、魔術公となるための手伝いをさせてあげる!
感謝し、よく仕えなさい!」
父親の若い頃よりも傲岸不遜だった。




