魔法契約の意味、分かってらっしゃいます?
浮気者の夫を持った妻の話。
ゆるふわファンタジー世界設定です。
この世界における契約は、単純な口約束、書面の取り交わしによる契約に加えて魔法契約がある。魔法契約は、神官の立ち合いの下に取り交わされる最も重い契約で、反故にすれば天罰が下る。天罰の具体的な内容については不明だ。何故なら、魔法契約という神聖な契約を破ることを誰もが恐れているからだ。契約の神は、何よりも平等であり、苛烈な女神だと伝わる。その女神の怒りを買うようなことをするような物好きはいまい。
それ故に、王侯貴族の婚姻は魔法契約の形を取る。それぞれの家の権利を明文化し、守るためだ。
「奥様、大変でございます!」
血相を変えて駆け込んできた家令に、一瞥だけをくれて母は優雅にお茶を飲む。午後のお茶の時間を邪魔されて、少しばかり不機嫌なようだ。
「なんですか、騒々しい」
ゆっくりとお茶を味わってから、静かに口を開いた母は落ち着き払っていた。
「旦那様がお亡くなりになりました」
「そうですか」
真っ青な家令と対照的に、母はいつも通り淡々としていた。二の句が継げないでいる家令に、エスメラルダは静かに問う。
「お父様はどちらにいらっしゃるの?」
少なくとも自邸にいる気配はない。もし屋敷内にいるなら、もっと大騒ぎになっているはずだ。
「それは……」
口籠るが、その態度が逆に答えを物語っている。
「どちらのお宅にいらっしゃるのかしら?仮にも侯爵家の当主ですわ。別宅でお亡くなりになったとしても、本邸にお迎えしないといけません」
噛んで含めるようにエスメラルダが言えば、母が口元を微かに吊り上げる。家令にも気づかれぬ程、微かな変化だが。
「王都の方と伺っております」
数多いる父の愛人の中で王都にいるのは一人しかいない。
「困りましたね。最期まで帰ってくる家を忘れてらっしゃるなんて。お迎えに参りましょう」
「奥様が行かれるのですか?」
驚いたように目を瞠る家令をよそに母は立ち上がった。
「次期当主に先代の不始末をさせるわけにはいかないでしょう」
「お母様、私も一緒に参りますわ」
侯爵家の当主としては凡庸だが、下半身だけは非常に奔放だった父。年を重ねても衰えぬ美貌と、恋多き性格で、あちこちに愛人を囲っていた。だが、母のことは本妻として大事にしていたし、子どもたちのことは愛人以上に愛していた。特に歳の離れた末娘であるエスメラルダは殊の外可愛がっていた。誕生から数年は愛人を作ることもなかったのだから。
(それも数年でしたけど……)
エスメラルダの中には確かに父と過ごした楽しい日々がある。それが、上の兄姉たちとの違いだ。
「いやな思いをするかも知れませんよ」
言外に厄介な愛人の存在を匂わされるが、エスメラルダは気にしない。
「お父様は、お父様ですもの」
悪い人ではない。ただその愛が奔放過ぎるだけ。
「そうですか」
実質的な当主の母は、家令にこれからのことを指示してから出かける支度を始めた。
「お嬢様……失礼いたしました、公爵夫人もお召し替えをなさいますか」
母付きのメイドの言葉にエスメラルダは軽やかに笑う。
「いいのよ、お嬢様でも。若返った気分になりますもの」
嫁いでから一年が経つが、生まれた時から屋敷にいるメイドたちにとってみれば、まだまだお嬢様なのだろう。
「そうねえ。ちょっと明る過ぎますわよね」
実家で母とお茶をするために訪ったから、身につけているのは春らしい若草色のドレスだ。ポイントにレースをあしらっただけの地味なドレスではあるが、死者を迎えるには明る過ぎる色合いだ。
「承知いたしました。では、こちらへ」
メイドに先導され、かつての自室に入り、エスメラルダはふう、と息をついた。
王都の中心街から少し離れた高級住宅地に馬車が到着したのは、夕方のことだ。地方貴族のタウンハウスも多い地区のため、社交シーズンではない春は静かだ。
その閑静な住宅街に似合わない派手派手しい門をくぐり抜け、馬車を降りれば、これまた派手派手しいドレス姿の女が駆け寄ってきた。
(お父様、女性の趣味はよろしくないみたい)
夜会でもお目にかかれないような宝石を砕いて布地にたくさん縫い付けたケバケバしい真っ赤なドレスに、思わず眉を顰めた。赤は値段の出やすい色だが、いかにも安物だ。
(悪食ですわね)
母は黒いドレスに黒いベールつき帽子、エスメラルダは濃紺のドレスに黒のベールを垂らしている。
「奥様、申し訳ございません」
静かな住宅街に響き渡る甲高い声と共に、わんわん泣き始める。その声に驚いたのか、窓からちらりと一人の少年が顔をのぞかせた。化粧の有無はあるが、愛人によく似た顔をしていた。
「旦那様に無茶をさせてしまった私の責任です」
わざとらしく鼻をすすりあげ、大袈裟に涙を流した顔は、化粧が剥がれ落ちて大層な状態になっていた。それでも、その目はどこか勝ち誇っていた。
「お迎えにあがりました。家の者を入らせますが、よろしいですか」
挨拶も悔みの言葉もない愛人に冷たい一瞥をくれる母。無表情ながら、呆れた様子なのが分かる。もっとも、これは娘の視点だから分かることで、他の者たちには気取られてはいまい。そこは長年の侯爵夫人の貫禄だ。
「え……あ、はい、ご自由に」
嫉妬を向けられると思っていたのか、愛人は拍子抜けした様子で頷いた。
母は、連れて来た使用人たちに指示を出し、くるりと踵を返した。
「お騒がせいたしましたね」
振り向いて一礼だけをして、そのまま馬車に戻っていく。
「お、奥様?」
呆気に取られた愛人の声を無視し、母は目線だけでエスメラルダにも戻るように促した。
「失礼いたしますわ」
エスメラルダは愛人に形ばかりの礼を取ってから、母に続いて馬車に戻った。
「趣味が悪いとは思ってましたが、想像以上ですわね」
馬車の扉が閉じるなり母が口を開いた。
「御し易そうだからではないですか」
よく言えば素直そうだ。額面通りしか物事を考えられない相手は新鮮だったのだろう。
「面倒なことにはならないといいですね」
先程見た少年を思い浮かべながら言えば、母は冷たく笑った。
「何のための魔法契約ですか」
「まあ、それもそうですわね」
結婚に際して交わした魔法契約。それは、今現在でも有効だ。
「でも、ひと騒動ありそうですわ」
エスメラルダの言葉に、母は無言で変わらぬ冷笑を浮かべた。
父の葬儀でも派手に泣き喚いていた愛人たちが屋敷に押し寄せてきたのは、遺産相続に関わる魔法契約を取り交わす日のことである。
その日は、外に嫁いでいる姉たちも、分家の当主となった兄も揃っていた。この国では、配偶者と次期当主が遺産の大半を継ぐのが慣例になっているが、他の子どもたちにも相続権はある。相続者全員が魔法契約に署名して、遺産相続は完了する。
「お通ししなさい」
押しかけてきた愛人とその子らの存在を聞き、母は無表情のまま家令に命じた。
「父上にも困ったものだ」
呆れたようにため息をつく長兄と、汚らわしいものでも見るように扇で顔を半分隠す次姉。長姉は、面倒臭そうに持っていた本に顔を落とした。
「騒がしくなるやも知れませんが、ご容赦くださいまし」
母が頭を下げたのは、魔法契約の立ち会いに来ている神官たちだ。
この世界には魔法を使える人間は一握りしかいない。大昔は当たり前のように存在していたらしいが、現在では神殿に所属する神官くらいしかいない。彼らは、魔法契約を作るなどの業務に当たっている。
「お気になさらず」
貴族の家では珍しいことではないのか、それとも父の浮き名を知っているのか、神官は静かに頷いた。
どたどたと不調法に部屋に押し入ってきたのは三人の愛人とその子たちだ。
「よくいらっしゃいましたね。こちらから使いを出そうと思っていたので、手間が省けましたわ」
淡々と言う母に、愛人たちは呆気に取られて何も言い返せなかった。
「ちょうど相続の契約を交わすところでしたのよ」
新たな来客にお茶を出すように使用人に言い付け、母は優雅に座った。
「私の息子は、侯爵の血を引いていますわ。遺産を受け取る権利はあります」
口火を切ったのは、愛人の一人だ。どこか儚げな美貌をしているが、その目は油断なく光っている。確か、没落男爵家の元令嬢だったはずだ。もっとも、とっくに平民になって久しいが。
「私の子どもたちも、侯爵の子です。疑うなら調べてもいいわ。神官様もいらっしゃるようですし」
神官は、生まれた子の親を判定する魔法も使える。貴族家には必要だが、不始末を白状するようなものだから積極的に利用する者はいない。
「疑ってなどおりませんよ。遺産が欲しいのなら、差し上げますわ。わたくしも、子どもたちも、相続放棄いたしますから。今日も、そのために集まったのですよ」
母の言葉に、兄姉たちも静かに肯定する。
「え?」
「もちろん、爵位は差し上げませんよ。もっとも、既に夫の死と同時に嫡子である長男が侯爵位を襲爵しておりますが……」
愛人たちは顔を見合わせる。
「夫の遺産は、皆様方でお分けになったらいかが?」
母が静かに述べた途端に、愛人たちが火花を散らした。
「遺産の配分はわたくしたちには関係のない話ですから、魔法契約書だけ取り交わして、後は皆様でゆっくりお話しになって」
さあ、と母が差し出した魔法契約書に、我先にとサインする愛人の子どもたち。一応内容は読んでいるようだが、彼らは本当に魔法契約の意味を理解しているのだろうか。
(まあ、契約書にはお母様と私たち嫡出子の相続放棄のことと他の相続人が相続することしか書かれてませんものね)
相続においては非嫡出子にも権利はあるが、嫡出子の四分の一と決まっている。非嫡出子が未成年の場合は、その生みの母が後見人として相続する形になる。配偶者と嫡出子が相続放棄をすれば、相続分は増える。
「確かに契約の成立を証明いたします」
神官の厳かな声と共に、契約書が光る。魔法契約が成立した証だ。
「では、私はこちらで失礼いたします。一部は神殿で保管いたします」
丁寧に契約書を畳んで箱にしまい、神官は立ち上がった。
「お送りいたします」
長兄が先導し、神官は立ち去った。
途端に、愛人やその子たちは居丈高に座り直した。
「誰が相続するかは決まってませんが、いつこちらを出て行かれますの?」
取り澄ましたように言うのは、商人の娘だ。それなりに実家の羽振りが良かった時に社交界に顔を出して父と知り合ったらしい。
「何のお話でしょう?」
母は、静かに商人の娘を見つめる。
「だから、ここはもうあんたらの物じゃないんだよ。侯爵のお情けで住んでいたお飾りの本妻のくせに」
父が亡くなった王都の屋敷に住む愛人が顔を歪めて笑う。どこぞの場末の酒場の女に引っかかった父の愚かさにため息が出る。
「あら、この本邸はとっくに現侯爵の息子の名義になっておりますの。相続には含まれませんわ」
涼しい顔で扇を広げる母。
「な……」
酒場の女は拳を戦慄かせる。
「この家の主人は私だ。話し合いは他所でしてくれ」
戻ってきた長兄が手を叩けば、がっちりとした体型の騎士たちが愛人とその子どもの肩に手をかけ、些か乱暴に退場を願った。
「品位の欠片もない方々でしたわね」
再び本を広げながら長姉が言う。歴史ある名門侯爵家の夫人の姉の周りにはいないような者たちだろう。
「魔法契約の意味を正しく理解なさっているのかしら?」
どこか楽しそうに笑う次姉も、生家と同等の侯爵家に嫁いでいる。
「父上も少しは相手を選べばいいのに。趣味悪過ぎだね」
伯爵位を賜って分家の主人になった次兄はため息をつく。父譲りの美貌の持ち主だが、奥方にぞっこんで、義姉一筋の堅物だ。
「だから魔法契約をしっかり結ばれたのでしょう、母上」
長兄の言葉に、母は扇を閉じてアルカイックスマイルを浮かべた。
初めて婚約者となる侯爵令息に会ったのは十五の時。恐ろしい程の美貌に圧倒されたが、同時に言動の端々にある軽薄さに気づいた。だから、正式な婚姻の際には、細かく魔法契約を取り交わしたのだ。将来にわたって困らぬように。
結婚生活は、想像通りだった。だらしのない夫はあちこちでアバンチュールを楽しんでいて、家にほとんどいなかった。それでも、二人の息子と二人の娘が生まれるまではおとなしい方だった。結婚の契約として、「息子二人が生まれるまでは夫婦関係を持つこと」「他所で交渉を持った場合は、神殿で病気の検査をしてからしか妻に触れられない」の二点を盛り込んでいたからだろう。神殿で検査をすることは、不始末の告白と同義なのだ。
末の娘が生まれる頃には一時悪い虫が大人しくなったようで、よい夫、よい父になった。
だが、それもせいぜい五年。それからは反動のように、余計に派手な愛人関係を持つようになった。婚外子を盛んに儲けるようになったのも、この頃からだ。
「お母様がお元気そうで何よりですわ」
末娘の言葉に、サファイアは微笑む。
「帰る家を覚えていないような方でしたからね。最期まで思い出すこともなかったようですし」
よりにもよって愛人の家で頓死するとは、恥もいいところだ。どうにか「病死」としたが、知っている者は知っているだろう。
「困った方ですね」
相槌を打とうとした時だった。どたばたと玄関の方から物音が近づいてくる。家令の押し留めるような声も響いているが、物音は止まらない。
「あら、意外に早かったようですわ」
予想通りの展開に、サファイアは口元を吊り上げた。
「どういうことよ!」
鼻息荒く乗り込んできたのは、酒場の女だ。名前などは知らないが、夫の愛人の一人である。
「お静かになさって」
王都にありながら静かな別邸をサファイアは気に入っている。
「この屋敷も、別荘も、相続対象にはならないと伺いましたわ」
苛立ちながら扇を握り締めるのは、元男爵令嬢だ。
「当然でしょう?この別邸は、わたくしが生家からいただいた家ですのよ。夫の資産ではございませんわ」
「なんですって!聞いてないわ」
ぎりぎりと奥歯を噛み締め、足を踏み鳴らすのは商人の娘だ。
「別荘は、私が父から生前にいただいてましたの。婚家の領地に近くて助かってますわ」
娘のエスメラルダが優雅にカップに手を伸ばす。
「騙したのね!」
商人の娘の言葉に、サファイアは笑う。
「人聞きの悪いことをおっしゃらないで。遺産を欲しがったのはあなた方でしょう?」
「こんなのおかしいわ!やり直しよ!家屋敷どころか、別邸の一つも遺産に入ってないなんて!」
それらは全てサファイアの産んだ子らに生前贈与されている。そういう契約だったからだ。
「魔法契約の意味、分かってらっしゃいます?神聖な契約を反故にしたら、天罰が下りますわ」
魔法契約は一度結んだら、解除は出来ない。双方納得の上で、再契約は可能だが、再契約の意思はこちらにはない。
「なんですって!」
怒れる酒場の女をよそに、元男爵令嬢は青ざめている。腐っても元貴族なだけに、魔法契約の強制度は理解しているのだろう。同様に、契約命な商人の娘も白くなっていた。
「わたくし、寛容ですの。夫の火遊びに制約はかけておりませんでしたわ。ただし、爵位継承や子どもたちに障りがあることは許してませんの」
結婚時の契約に盛り込んだのは、「非嫡出子を儲けた場合は、金貨二千枚乃至同等の価値を持つ資産を、妻サファイアまたは妻との間の嫡出子に非嫡出子の誕生から一月以内に譲渡すること」という一文だ。金貨五枚もあれば一ヶ月楽に暮らしていけるから、破格の金額だ。いくら資産家の侯爵家でも、かなりの負担である。おかげで、夫も火遊びで止めていた。相手も、同じような貴族夫人が多かったから、子を生さないという条件は願ったり叶ったりだろう。
だが、年を経るにつれて、相手の質が下がっていった。無理もない。美貌は辛うじて保っていたが、長年の不摂生がたたって、少しずつ、だが、着実に容姿は衰えていった。年齢も重ねて、財力と爵位に寄ってくるような者ばかりになってきた。
非嫡出子が生まれ出したのは、二番目の息子が生まれて五年経った頃だろうか。最初の賠償金は個人資産から払われたが、三人目が生まれる頃には、家屋敷や別邸などの資産を、サファイアやその子どもたちに渡すようになっていた。
つまり、先代侯爵たる夫には、相続出来るような資産はほとんどなかった。むしろ、愛人たちを囲うための費用などで借財が嵩んでいたはずだ。
「ふざけんな!いいから遺産をよこせよ」
凄んでくる酒場の女だが、サファイアはちっとも動じない。頭の軽い獣など恐るに足りないからだ。
「あら、遺産はあなた方が相続なさったでしょう?」
にっこりと笑うその意味を、商人の娘は正しく理解したようだ。
「ま……まさか」
「わたくしたちには関係ございませんわ。むしろ、侯爵家に傷がつかなくて感謝すべきですわね」
机の上の鈴を鳴らせば、しずしずとメイドが入ってくる。
「先日いらしたお客様たちに使いをやってちょうだい」
「お、奥様!わ……私はそんなつもりでは」
慌てて膝を折る商人の娘を、元男爵令嬢と酒場の女が胡乱な目で見る。
「わたくしたちが相続放棄した時点で、気づくべきでしたわね」
そうすれば、侯爵家に傷はつくが、莫大な借財を返す必要はなくなる。
「お客様がいらっしゃるまで、お茶でもいかが?」
優しく微笑みつつ、護衛の騎士たちに部屋の入り口を固めさせる。
「美味しいお茶菓子もありますのよ。公爵家秘伝の味ですから、是非堪能なさってくださいね」
至上の営業スマイルを浮かべる末娘。嫁ぎ先の公爵家から持ってきた秘伝の菓子は、実に美味しい。彼女たちへのいい手向になる。
その後、やってきた借金取りたちに引きずられて父の愛人たちは出て行った。
上位貴族向けの高利貸したちの契約は、当然魔法契約だ。本人が借金を返せなければ、相続人が返す契約になっている。
「ところで、お父様の最後のお子は、亡くなる一月前にお生まれになったとか」
ふとエスメラルダがこぼした言葉に、母サファイアは顔を上げた。
「そのようですね」
「お父様は、資産がないどころか、もう借財も出来ない状態でしたわよね。お母様への賠償金はどうなさったの?」
「いただいてませんよ」
さらりと言い、母はお茶菓子を口に運ぶ。
「魔法契約を反故にしたら、天罰が下ると言われてますわね」
くすり、と笑う母の顔にはアルカイックスマイルがあった。完璧なその笑みの下にある母の積年の恨みを感じてエスメラルダはぞっとした。
「あなた達の婚姻に際しても、きちんと魔法契約を結んでおりますからね。夫婦仲が良いまま添い遂げることを願ってますよ」
このお菓子は美味しいですね、と少女のようにうきうきと母は言った。