デュラハンな彼とバンシーな彼女と
本日はたくさんのお運びありがとう存じます。
一席お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
天高く馬肥ゆる秋と申します。
爽やかな空についつい食が進んでしまう。そんな秋のお話です。
舞台になりますのは、とある世界にある妖精の国。
王立ケルト第三高校に通う、ふたりの妖精の物語でございます。
一戸建てが立ち並ぶ朝の住宅街。妖精たちが道を行き交います。
スーツ姿で憂鬱そうなお父様方。
子どもの気まぐれに翻弄されながら登園に走り回るお母様方。
朝の時間というものはどの世界も似たようなものでございますな。
「ちょっと半田ー! 早くしてよ、遅刻しちゃうでしょ!」
住宅街の真ん中で女の子の声が上がります。
「半田」と表札のかかった家の玄関先に、セーラー服姿の可愛らしい少女がひとり。
この物語の主役で、名を椎名バンと申します。
背中まで流れる美しい黒髪と宝玉のような赤目。妖精バンシー。曰く死を予言するらしいなどと、諸説逸話のある妖精でございます。
「うっせぇなぁ。まだ余裕だっつうの」
ぶっきらぼうな声が応えました。
家の中から出てきた詰襟姿の少年は面倒臭そうな顔を……持っておりました。
首があるべき場所にない。
少年は兜を被った首を小脇に抱えているのでございます。
こちらも黒髪赤目、なかなかに凛々しい顔。
名を半田ユーラ。もうひとりの主役でございます。
彼も妖精、首なし騎士で有名なデュラハンです。別に首が切られてこうなったんじゃあございません。
単に首と胴が離れている種族なんでございますな。
ややこしいので、区別するときは「首のユーラ」「体のユーラ」と呼ぶことにいたしましょう。
「おはよ。ユーラ」
「おう。はよ」
バンは笑顔で、ユーラは照れくさそうに、朝の挨拶を交わします。
このふたり、生まれた時からお隣同士。いわゆる幼馴染でございました。
ユーラは庭の奥から、一頭の巨大な首なし馬を引いて参ります。
コシュタ・バワーというデュラハンの家に伝わる由緒正しい妖精馬。こちらは本当に首から先がございません。やっぱりそういう種族なのでございますが、どうやってものを見ているのか、食べているのか、いまだによくわかっていないのだとか。
「コシュたんは今日も可愛いのう」
バンは愛おしそうに首なし馬の背を撫でます。コシュたんはバンが勝手にそう呼んでいるのですが、当の馬も自分の名前と思っているのか尻尾を振って応えました。
その間にもユーラは準備を整えます。
「ほい」
ふたり分のリュックを鞍の両サイドにかけてから、ユーラは首を差し出しました。
「ほい」
バンは驚くことなく首のユーラを受け取ります。
大きな馬でございますから、片手が塞がっていると乗りにくいというわけで。
体のユーラは勢いをつけてひょいと鞍にまたがりますと、続いてバンの手を取り、自分の前に乗せました。首を小脇に抱えているよりも、前のバンに抱えてもらっていた方がずっと乗りやすい。これがふたりの定番なのでございます。実に微笑ましい。
「落とすなよ」
抱えられたまま、首のユーラは釘を刺します。
「アンタ、毎日同じこと言ってて飽きないの?」
バンは兜を軽く小突きました。
「先週落としたの誰だよ……」
「覚えてませんー。夢でも見たんじゃないですかあ?」
「おま、首落ちるの結構怖いんだからな!」
子どもの時分から二人はずっとこんな感じでございました。
学校までは馬で二十分、徒歩だと一時間。毎日通うにはなかなかな距離です。
乗り合いの獣バスや魔列車もあるにはあるのでございますが、駅までが遠いのとお金もかかるということで馬通学が続いておりました。
「アンタ、ちょっと重くなったんじゃない?」
しばらくしてバンは確かめるように首のユーラを持ち上げました。
「き、気のせいだろ?」
心当たりがあるんでしょうな。ユーラはどうにもよそよそしい。
「うーん、重い気がするんだけどなあ。てか、だいぶ髪伸びたね」
バンの興味はすぐ髪の毛に移りました。持ち上げたときに、兜から長い髪がこぼれ出たのです。人間なら肩口くらいまではありそうです。バンはその黒髪をクルクルと指に巻き付けて遊びはじめました。
「やめれ。くすぐったい」
体のユーラがピクリと震えます。胴と頭が離れていても、感覚は繋がっているんでございますな。
鼻歌混じりのバンはくるくると遊び続けます。
「床屋あんま好きじゃねえんだよなぁ」
ユーラはぼやきました。
床屋嫌いのデュラハンは珍しいものではございません。デュラハンという妖精はなかなかに苦難の歴史を過ごしてきたのでございます。なにせ見た目が首なしです。昔は差別なんかも当たり前でございました。
特にヘアカット、こいつはいけない。さらし首だのヘアカットマネキンだのとひどい言われよう。現代社会では種族差別が禁止されているものの、見たまんまの光景には変わりない。根の深い話でございます。
「それならアタシが切ったげよっか?」
バンが指を止め、そんなことを言い出しました。
「お前そんなに器用だったっけ?」
「失礼ね! 自分で前髪整えたりとかしてるわよ」
ユーラはしばらく黙って馬を走らせておりましたが、「まあ、それなら頼むわ」と軽い気持ちで返しました。
前置きはこのくらいにしておきましょう。
放課後になりました。
帰ってきたバンは、慌ただしくしておりました。着替えを済ませて、部屋を片付け、浴室を準備いたします。
本日さっそくユーラが髪を切りに来るのでございます。
幼馴染がお互いの家で遊ぶなんてことはよくあるお話でございますが、このふたり、中学に上がる頃には自然とそれもなくなっておりました。かれこれ四年ぶりという大事件。バンはお年頃なのでございます。
「アイツの髪を切るだけなんだから」
なんて自分に言い聞かせたりしておりますが、そこは乙女。なんだかんだと部屋着から下着まで、下ろし立ての可愛いものを選んでおりました。
椎名家は共働きで、ご両親は本日飲み会。夜遅くまで帰ってこないというのは、きっと偶然なのでございましょう。
「てか、遅くない?」
準備が終わっても一向にインターホンが鳴りません。帰ってきてから三〇分は過ぎております。半田家は玄関開けたら徒歩〇分。ベッドの上でソワソワしているのもそろそろ限界でございました。
催促しにいこうかと玄関まで来たところで、インターホンが鳴ります。
「アンタ、何してたのよ! 遅くない?」
勢いよくドアを開け、バンは文句を飛ばしました。いつもなら言い返すユーラでございますが、なにやら朝とは雰囲気が違いました。
「あー……ちょっとしたトラブルが、な……」
シャツにデニム、頭に兜とラフな感じのユーラは、歯に物が挟まっているような、なんともごにょごにょとした様子。バンも別に喧嘩をしたくて呼んだわけじゃあございません。
「まあいいわ。上がって。お風呂場でいいわよね?」
「お、おう……」
お互いに勝手知ったる家でございます。特に案内もなくふたりは廊下奥の浴室へ向かったのでございます。
浴室はもう準備万端。脱衣所には椅子が、浴室にはデュラハン用の首置きが用意されております。首置きというのは折りたたみ式の簡易テーブルのようなもので、高さが調節可能という便利な家具でございます。
「まだ首置きあったんだな」
「まーねー。アンタがいつ遊びにきてもいいようにって、ママが。首はこっち。体はそっちね」
ユーラが言われるまま、首を台に置きますと、バンは口を尖らせました。
「ちょっと、兜脱がないと切れないでしょうが」
妖精の国といえど、兜をしたまま散髪するなんて話は、聞いたことがございません。するとユーラ、視線を逸らしました。
「すまん、脱げん」
「は?」
バンは目が点になりました。
「ちょ、嘘でしょ?」
「朝、ちょっときついなあって思ってだんだけどよ。帰ったら脱げないんだわ。あれこれやってみたんだが、脱げん……」
「アンタ、やっぱ太ったんじゃないの……」
今朝のやりとりを思い出して、バンは呆れた様子。
このままでは埒があきません。バンはスマホを取り出しました。
「ぜったい脱がす!」
『デュラハン 兜 取れない』。
便利な世の中でございますな。多くはないもの、いくつか記事が見つかりました。
こうして「ユーラの首引っこ抜き大作戦」がはじまったのでございます。
「簡単なのから試していくわよ」
「お、おう。頼む」
ユーラはとにかく不安げでした。なにせ首が動かせない。何をされるのかわかったもんじゃありません。
「まずはこれね!」とバンは大きなボトルを手に取り、ユーラに見せました。
「サラダオイル?」
「そう。これを……こうやって」
「う、わあ? ぬあっ!?」
雑に首をひっくり返すとバンは、どぼどぼどぼと、後頭部のあたりから油を流し込みました。
「油でぬめって引っこ抜けるっていう寸法ね!」
バンは得意げですが、やられている方はたまったもんじゃあありません。気持ち悪いし、油臭い。
「おい! やめ!」
「ガマンしなさい! さてさて、そろそろいいかなぁ」
抗議の声もなんのそのその。バンはユーラの髪を掴んで、勢いよく引っ張りました。つるん。
「あ。ダメだ」
油まみれの髪の毛は手応えなくすっぽ抜けました。髪の先まで油まみれ。まさにつかみどころもない。
「えー。振ったら落ちたりしないかなぁ?」
「おま! 待っ--」
バンは兜を持ち上げようといたします。ユーラは止めますが間に合わない。油まみれの髪の毛を握り、バンの手はそれはもうぬるぬる。兜なんて持ち上げられるわけがございません。
うなぎのようにつるんと滑る。ゴロンと台を転がった。もちろんそのまま真っ逆さま。ガーンとド派手な音がお風呂場に響き渡ります。
「あ、ごめん……」
「ぐおおおおおおお」
床の上で、首のユーラは器用に悶絶しておりました。バンはタオルを手にユーラを抱え上げました。
「やー手が滑っちゃってさ」
「お前なあ!!」
「だからごめんて。次いってみよ。ね」
こんな調子でございます。
このあと、ブンブン振られるわ、水風呂に沈められるわ、あれやこれやとめちゃくちゃされたユーラでしたが一向に兜は脱げない。
かれこれ二時間。ユーラは半分白目。バンもだいぶ息が上がってきておりました。
古今東西、疲れというのは正常な判断を鈍らせるものでございまして、何をどうしてこうなったのか、気がつけばふたりは一緒にサウナに入っておりました。
「もうこうなれば痩せるしかない」という意見が一致したのでございます。
椎名家にはサウナがついておりました。バンの父親が大のサウナ好きだったのでございます。
一般家庭用の狭い個室。熱気あふれるそのなかには、バスタオルを巻いたバンが、首のユーラを抱えて入っておりました。
お互い無言。
それもそのはず、サウナに入って腰を下ろす。しばし熱気に当てられる。ふたりは同時にハッとした。
どう考えてもこれはおかしい。子どものころに一緒にお風呂に入ったのとはわけが違う。
しかし入ってしまったものはどうしようもございません。
バンもユーラも完全に固まってしまっておりました。
とはいえここはサウナです。そんなに長居はできません。バンの肌は見る間に上気いたします。
「もう……むりぃ……」
艶かしい声を出し、バンは膝の上に乗せた首のユーラを持って出ようといたしました。
これがよくなかった。
熱い。
サウナにあった兜が熱くないわけがありません。
「あっつ!!?」
バンは思わず首のユーラを取り落とす。ユーラの悲鳴が……あがりませんでした。転がるユーラは白目で泡を吹いていた。熱々の兜です。無理もありません。バンが慌てて拾い上げようとしたときでした。
「あ」
兜が脱げました。サウナの熱で膨張していたのと、中身が脱水していたのでしょう。コロンと兜から首が転がり落ちました。
「とれたぁあぁ!!」
かくして「ユーラの首引っこ抜き大作戦」は終わりを迎えたのでございます。
さて、このあとユーラは無事に目を覚まします。
首のユーラはバンの膝の上でございました。
「兜、取れたんだな」
「うん」
バンの赤目はいつもよりも赤くなっておりました。
「死ぬかと思った」
「ごめんて」
バンは口を尖らせると、ユーラはため息をつきました。
「これからは気をつけるわ。もうこりごりだ」
「だからごめんてば」
バンがむくれると、ユーラは優しく微笑みました。
「そうじゃねえよ。バンに泣かれたら本当に死んじゃうかもしれないだろ?」
『くびったけ』というお話でございました。
おあとがよろしいようで。
氷川亭こはなと申します。
最後までお付き合いいただきありがとう存じます。
と、今回は落語風にまとめてみましたが存外に難しい!
以前は何度か寄席にいったりもしまして、それなりに聞いていたりはしたのですが、それっぽくできていたらいいなあと思う次第でございます。
サゲがわからん! と言われたら、申し訳ないです。
次回のテーマは文化祭なんです。
一番難易度高いのが文化祭だと思うんですよねえ(苦笑