第九話「目的」
保管庫の中で、目的のものはすぐに見つかった。
書庫の脇、資料室の傍に。浮遊する成果物、薬のようなものが見て取れる。
「私の目的は、あれなの」
「薬品、ですか?」
「うん。私の従姉が罹ってしまった病気。それを治せる可能性が、あれにはある。ようやくここまで来た」
浮かんだ水球に閉じ込められた薬瓶。それを見つめるモニカ先輩の目は遠くを見つめていた。お互い、契約に際してその理由までは話して居なかった。
何か事情があるのだろうとは思っていた。そこまでする理由が、お互いにあるからこそ、ここに居る。
自分も話して居ないくせに、話してくれなかったという事実にちょっとだけ胸が痛んだ。虫のいい話だ。
「驚いたな。俺の居ない間に本当に侵入する生徒が居るとは」
「え?」
振り返った先に水球が浮いていた。
次いで、腹部に衝撃が走る。
視界の端で、水球から伸びた槍状の水柱が腹部へ突き立っているのが見えた。
「ファナル君!」
遅れて来た痛みと、認識した事実に膝が落ちる。
敵だ。敵が目の前に居るのに。どうしてか力が入らない。
「俺は毒水使いでね。まぁ、ここの管理を任されている身としては、二人とも大人しく眠ってくれると助かるな」
「そんな。酷い怪我……ファナル君、しっかりして!」
後からモニカ先輩の声がする。
抱えた腹部は血まみれで、どのくらい深手なのかもわからない。
「おいおい。死んでも文句は言うなよ? 俺は今ヴェクミューレに居るんだ。細かい操作は流石に無理でな」
「管理者、高名な術師。英雄パーティの一人、ブエン・ジェント……」
「良く知っているなお嬢ちゃん。さて、坊主はやる気満々のようだがどうするね。大人しく身を差し出してくれれば、最低限の睡眠毒で済ませられるが?」
毒のせいで朦朧とする中、モニカ先輩の息を呑む音が聞こえた。
さっきの、薬瓶を見つめ救われたような顔をしていたモニカ先輩の顔がよぎる。
「駄目だ……先輩。せっかく、ここまで来たのに」
「……ううん。ファナル君。命はかけたけど、ここまでだよ」
「ちが、う。戦うのは、僕の……」
止めようとする僕の手を、モニカ先輩は優しく包んだ。
その顔は、よく見えない。
「ごめんね、こんな事に巻き込んで。チャンスだと思ったの。自分一人では到達できる気がしなかった。でも、君が居れば行けるって。都合良く押しかけて、引き込んじゃった」
それは違う。
確かに学園に来て間もない頃、先生の特訓を終えた僕に声をかけてくれたモニカ先輩は、僕の力目当てだったんだろう。でも。
「君は優しいから。でも、こんな怪我をさせてしまった。覚悟が足りなかった。だから、行くね。君はもう無理しないで」
離そうとするモニカ先輩の手を、僕は掴み返した。
行かせない。
「僕にだって、理由があります。僕の故郷は、ルンヘルトの異界なんです。そこでは、守護精霊のない身で皆戦っています。だから、僕はどうしても戦う術と。この保管庫にあるという守護精霊契約の秘密が欲しいんです」
僕は立ち上がる。
黒装は外だけではない。この身に刻まれた大いなる力だ。
毒程度、分解してくれる。
「だからこそ、止まれません。止まりません。僕こそ、先輩を離しませんから」
「ファナル、君……」
目の前の水球が泡立つ。何かする気だ。
「黒剣、展開」
予備動作なく、右手の先より黒き剣が飛び出した。それは浮いているだけの水球を容赦なく貫く。
「水に斬撃は効かねぇが、こいつは……」
「我が故郷の伝承。火竜より賜りしこの力、負けはしません!」
「救世の、断ち切るちか、ら……か」
黒剣から立ち上がった炎が水球を呑み込み、その存在を消し飛ばしていく。
やり切った。
本来なら抜けない黒剣を抜いてしまったせいか、それとも傷のせいか。
僕は立っている事が出来なかった。
「やだ。死なないでファナル君!」
「だい、じょうぶ……。これで術者とのリンクは切れた、から。あとは薬瓶を……」
「ファナル君? ファナル君!」
力が抜ける。
そこから先は、意識を保てなかった。