第二話「訓練」
炎が散った。
暗闇に舞う火の粉が目に焼き付く。
ブラフだ。
火を直接見てはいけない。
上から振って来る火炎弾。
それと同時、視界の左下方より音もなく這い寄った何かが迫る。
竜だ。
小型だが、それでも子供を一飲みしそうな頭部が牙を見せている。
その突撃をぎりぎりの所でいなす。
左の黒き盾は砕けたが、一撃を逸らす事に成功。
腕は痺れたがそう言っていられる状況ではない。
次に警戒すべきは――。
そう頭を回し、反応が一瞬遅れた。
躱した竜の先、うねる尻尾が目の前にあった。
はっと気付けば放課後だった。
何度目の光景だろうか。頭上には化粧板で装飾された幾何学模様、もはや見慣れた天井がそこにはあった。
「また先生と特訓してたの?」
その声に目を向けると、モニカ先輩がベッドの脇に座っていた。
応急室の一角、西日が差し込む中、彼女は眉根を寄せている。
夕陽に照らされ、元から鮮やかだったオレンジブラウンの髪がより印象深く見えた。
「まだ守護精霊も授かってないんだから無理しないの。焦る必要もないじゃない」
腕を組んでモニカ先輩はそう言うけれど、そうも言っていられない事情が僕にはあった。
「それでのんびりしてて良いわけじゃないし、ちょっとでも強くならないと。僕らの目的のためにも」
「それは、そうかもしれないけど。でもなぁ」
言いたい事はわかる。
この国には守護精霊というものが居て、皆それと契約してから本格的な訓練に入る事になっていた。
その契約前に、生身で戦うなんてやめろと言っているのだ。
でも仮にそうだとしても、契約出来る歳まで待ってはいられないのだから、これはモニカ先輩の感傷なのだろう。
その気持ちはありがたいけれど、それでも僕は――。
「うん。やっぱり駄目。あなたは私の大事な共犯者でしょ? 勝手に怪我なんてされたら困る」
共犯者。
身を乗り出して大真面目にそんな事を言う。
この人は、いつも距離が近いんだ。
関係ないと言いたかったのに、言いにくくなってしまった。
そんな心理まで見抜かれているような気がして。
僕は正面からモニカ先輩の目を見ることが出来なかった。
「こら。ちょっと。ファナル・ベチーナ君?」
「いえ、ちょっと。何でもないので気にしないで下さい」
「何でもないわけないでしょ。こっちを見て。大事な話なんだから」
がしっと両手で僕の頭を掴み、強引に視線を合わせてくるモニカ先輩。
彼女、モニカ・ラッテとの共犯者契約。
それが僕、ファナル・ベチーナにとって。この学園で結んだ最初で最後の契約だった。