第一話「屋根の上で」
レンガの乾いた音を響かせて、屋根の上を走る。
荘厳な本館上から見ても空は高く、その向こうに見える霊山は白く大きかった。
「右行ったよファナル君!」
「はい!」
名前を呼ばれ気合を入れる。
ここまで来て離されるわけにはいかなかった。
塔のようにそびえ立つ屋根の装飾を縫い、逃げる影を追う。
ちらちらと見える尻尾までもうすぐだ。
「キキッ!」
こちらの気配を感じたのか、焦ったような声があがる。
追っているのは膝丈くらいの猿。小さく、すばしっこい。もう見失いたくなかった。
「計画通りに」
伝わる声に頷いて返す。
返事を返す余裕はなかった。
「今!」
合図と共に、塔の先から飛び出して来た小鳥が猿の行く手をふさぐ。
手乗りサイズの黄色いムクドリは翼を広げ、猿へと飛び掛かった。
猿は一瞬動きが止まったものの、すぐに小さな鳥を避けるように跳躍。
その一瞬と、空中に居る事が重要だった。
踏み込みながら手を伸ばす。
それでも猿には届かない。相手はそれをわかって跳んでいる。
だからこそ、これが効く。
腕から先へ意識を向けた。その途端、何もなかった空間から黒い装甲が現れ、身体を覆いながら猿へと届く。
黒き装甲。腕の延長のように伸びた大きな武装が僕の能力だ。
逃げていた猿は黒い手甲の指に捕まっている。
「キーッ!」
「お見事!!」
捕まえた勢いで数歩進みながら息をつく。
汗ばんだ身体に吹き抜ける風が心地良かった。
敷き詰められたレンガや装飾に、眼下に広がる建物群。遠方に見える山々もそうだが、その手前にある王城も大きく立派で、故郷では想像したこともない世界が広がっていた。
リーエン魔術学園の屋根から見る景色は、いつにも増して輝いて見える。
「ファナル君お疲れ様、相談者を呼んでくるから下に降りて来てね」
傍に来たムクドリから女性の声が聞こえて来た。
契約で繋がった主人の声を真似ているのだとしても、まるで鳥と話しているみたいで未だちょっと慣れない。
「はい。モニカ先輩もフォローありがとうございました」
「あはは、口しか出してないけどね。その子、大丈夫?」
言われて目を向ければ、装甲板で構成された手の隙間から逃れようともがいている猿の姿が見えた。
「元気そうです。属性は土なので下では苦労しましたけど、何とか」
「流石にレンガを操る力はないと思うけど、降りてからは地面に気を付けて」
今捕まえた小型の猿も、モニカ先輩の契約している小鳥も、精霊であることに変わりはない。
本当に、この国では人々のすぐ傍に色んなカタチで精霊が過ごしていた。
特にこのリーエン魔術学園では、ちょっと見渡しただけでも精霊を従えて学びに来ている生徒たちばかりである。
「本当、変わった国だなぁ」
モニカ先輩のムクドリが飛び立っていくのを見送りながら、そう独り言ちる。
この国で、守護精霊を授かれない自分は果たしてやっていけるのだろうか。