第72話
ξ˚⊿˚)ξ本日6/6話目。
これにて完結。
ご高覧ありがとうございます!
エーガーラントの城壁の上、わたくしは朝焼けに色付いて行く草原を、奪回した城をぼうっと見つめます。
もう霊たちもいない。そこには戦の跡が残されているだけ。
今は軍靴に荒らされ血に染まった土地ですが、いずれかつてそうであったというように黄金の穂を垂れる地となるのでしょう。
「長き夜、お疲れ様です。姫様」
背中から声が掛けられます。わたくしは頷き、呟きます。
「わたくしは贅沢になってしまいました。かつて周りに死者の霊しかいなかった時は孤独で、ただ、父でも母でも誰でも良い。誰かにわたくしを見て欲しいだけだったのに」
「それは当然のことです」
わたくしは首を横に振ります。
「それが、誰でもでは嫌になってしまった。ダヴィト、貴方に見て欲しいに変わり」
わたくしは振り返ります。彼の瞳がわたくしの瞳を見つめてくれる。
「そして見ていて欲しいでは満足できなくなってしまった。貴方と話したい、知りたい、触れてもらいたいになってしまった」
ダヴィトの手がこちらに伸ばされます。わたくしは彼の腕の中へ。彼の手がわたくしの身体に回され、そして顔が近づきます。
「騎士の誓いも夫婦の誓いも。永遠に貴女と共に」
そうしてわたくしの唇が啄まれました。
…………
––十年後。
「という訳で、お前さんの父上は武勇が認められてここの領主で伯爵となったんじゃ」
「お父さますごい!」
上等な服を着込んだ骨がわたくしの娘を抱えています。
「お前さんの母上は死者たちの力を借りてこの土地を豊かにしたんじゃとさ。めでたしめでたし」
「お母さまもすごい!」
「そうじゃのー。二人ともすごいのー」
カイェターンお爺さまが雑な昔語りをしていますわ。
「あ、お母さまだ!」
娘がお爺さまの固そうな膝から降りてこちらへと走ってきます。わたくしは彼女を抱き上げました。
「フラン、お爺さまにお話してもらっていたの?」
娘の名前は女王の名からいただきました。
「うん!」
「お爺さま、ありがとうございます」
「ひょひょ、お安い御用じゃ」
「さ、フラン。今日はラドさんがいらっしゃるわ、着替えましょう」
「ノートラントのおじさま!」
ノートラント伯とは今でも付き合いが続いています。元々の領地は遠かったのですが、ダヴィトが友好的に接する数少ない貴族ということで、エーガーラントの隣の領地に転封されたのです。
わたくしと娘がヘドヴィカや使用人たちに手伝ってもらいながらちょっとお洒落に着替えてエントランスホールに向かえば、そこにはもう旦那様がいらっしゃいました。
「あら、ダヴィト」
「ああ、用意は済んだのかい」
黒髪はきっちりと整えられ、灰色の瞳はかつてと同じ。ですが鋭さが取れ、優しく弧を描くことが増えました。髭を僅かに伸ばして整えています。
均整の取れた筋肉質の身体は変わりません。今も毎日剣を振っているのですから。腰に佩くのは決闘用の刺突剣ではなく、あの戦の時も使っていた宝剣です。服装は貴族としてのもの、金糸で精緻な刺繍の施された、苔色の燕尾服です。
「まあ、素敵な旦那様だわ!」
「お父さまかっこいー」
「ふふ、ありがとう。俺の奥さんは世界で最も美しいよ」
そう言うと彼は腰を折り、わたくしの指先に口付けを落としました。
もう! 素敵!
「くぁー」
わたくしがくねくねしているとホールの隅のソファーに座り魔導書を読むお爺さまが奇妙な声を漏らします。
「結婚してから十年も経つというのにあっついのー」
「「もう儂には熱さを感じる肌はないんじゃがな」」
わたくしとダヴィトの声が揃います。
「アンデッドジョーク!」
フランが叫びました。お爺さまはぴしゃりと額を掌で叩きます。
館に笑みが満ちました。
ああ、わたくしったらとても幸せですわ!
死霊の姫君ヤロスラヴァは思う。ただわたくしを見て欲しいだけなのにと。
Princess Jaroslava the Necromancer Only Wants to Look at Her.
The End.