第71話
ξ˚⊿˚)ξ本日5/6話目。
視界がぼやけ、ダヴィトの姿が見えなくなります。
「っ……はいっ!」
わたくしは彼の身体に抱きつき、肩に手を回しました。彼の手もわたくしの背に回されます。
「我が姫、我が主人、我が……最愛」
んふー。最愛ですって!
「それも嬉しいんだけど、名前を呼んで」
「ヤロスラヴァ。……スラヴァ」
きゃー!
耳元で囁かれる低い声、素敵ですのよ!
彼の頬にわたくしの頬を寄せていると、わたくしを抱え上げるようにしてダヴィトが立ち上がります。
「うおぉ! 兄貴ー! おめでとうございます!」
そんな声が響き、ばさばさと旗が振られます。
「逸も……!」
「いちも?」
ダヴィトの言葉が不自然に止まりました。
「お前ら! 掃討は終わったのか!」
「ういっす!」
兵たちが戻り、わたくしたちを遠巻きに見ていたのでした。
「よし、撤収しろ!」
「その前に姫様を紹介してくださいよ!」
ダヴィトの視線がわたくしと絡みます。
「我が最愛、ヤロスラヴァ姫だ!」
そう言って彼はわたくしを掲げるように肩の上へ。
兵士の皆さんの指笛や歓声が上がります。
「みなさま!」
わたくしも声を上げます。
「貴方がたの奮戦に感謝を。いずれ必ず報います」
歓声が再び上がりました。
わたくしたちは彼らに先に撤収してもらいました。これから死霊魔術の秘術を行使するのでと。
わたくしはダヴィトに手を取られ、半壊した砦の城壁へと登ります。
外を見れば東の空が明けに染まりはじめています。まだ太陽はその姿を見せていませんが、地平が闇から紫へ。
レドニーツェの王国軍は前に進んできたようで、兄さまたちの軍旗が見えます。
先ほど掃討戦を命じましたが、逃げ惑うツォレルン軍のうち北の城門から出ようとした者たちは全て、シェベスチアーンや王の霊たちの憑依した死者に殺されました。南の破れた城壁から逃げた者たちは、前進してきた王国軍に捕らえられたようです。
振り返れば城内の広場には倒れ伏す無数の敵兵と、整然と並ぶ骸骨兵、わたくしとこの八年を共にしてきた霊たち、そしてその奥に倒れる巨大な骸骨兵。
わたくしは隣に立つダヴィトに頷き、一歩前に出ます。そして残った魔力を空っぽにするまで魔力を込めて呼びかけます。
「ここで命を落としたツォレルンの兵たちよ。死は敵も味方もなく誰にも平等です。汝らの死出の旅路が穏やかなものでありますよう。審判の場において心乱しませぬよう。偉大なる神よ、御許に召された人々に安らぎを与えてくださいますように」
霊王たるわたくしの瞳には地に伏せる死者にはその魂が重なって見えます。それらが薄れていくのが見えました。
「骸骨の兵たちよ。この地の民、この国の民。エーガーラントを護りし兵よ、貴方たちに感謝を」
骸骨兵が手にした武器を打ち鳴らしました。
わたくしは続けます。
「天狼星を追い、海を越え、愛する者待つ家に帰らんとする船乗りが如く。兵たちよ。我が鎮魂の歌に導かれ、帰らずの大河を越え、安息の地へと向かいなさい」
居並ぶ骸骨たちの身がぼろぼろと白い粉を落として崩れていきます。そうして現れた数千の霊たちが宙に舞い、薄れていきます。わたくしは彼らに手を振りました。
わたくしの斜め後ろでは、ダヴィトが兜を小脇に抱え、深く頭を下げたのがわかります。
ふと、霊が彼のもとに近づき、踊るように、何か語るようにして、そうして消えました。
曙光に照らされ、ダヴィトの目に光るものが見えました。
もしかしたら、彼の父母や友だったのかもしれません。
「最後に、貴方たちです。古き、古き霊たちよ」
霊廟にいた古代の王族、そして共に埋葬された使用人たち。
わたくしの使役する霊であり、わたくしを生かしてくれた恩人でもあります。
「貴方たちを封じていた霊廟はその力を失い、古の盟約もまた果たされた。国難にあって王族を護り敵を討つ。ヤロスラヴァ・レドニーツェの名において、それを認めます」
彼らは互いに顔を合わせました。
遥か古代の王族は残酷なことをしたものです。死してなお国を護る為に現世にとどまれと。ですが、それももう終わりにすべきでしょう。
「幽世への導きもわたくしが行います。本来、それが霊王なのですから」
シェベスチアーンが一歩前に。
「我らまだ姫にお仕え続けられますが」
わたくしは首を横に振り、隣の腕に寄りかかります。
「シェベスチアーン、それはもう、心配しなくても大丈夫なことなのよ」
老いた執事の顔に笑みが浮かびます。
「然り。もう心配されるべき幼き姫ではございませんな。ヤロスラヴァ様は立派な淑女で御座います」
シェベスチアーンが紳士の礼を取り、王族の方々も胸に手を当てて礼を示してくださいます。彼らは別れと祝福の声をかけながら、その姿が薄れていきました。
二人、霊がその場に残っています。一人の王と、一人の使用人が。
「余はカイェターンの兄であるからな。奴の消滅までは心配で眠りにつけんわい」
わたくしは頷きます。
「イザーク、貴方は?」
「王都にヘドヴィカさんたちがいるでしょう」
わたくしは頷きます。
そうですわね。お母さまに取り憑いているはずです。
「ねえ、彼女を置いて先に逝くのも不義理じゃない?」
なるほど、そういうことにしておきましょうか。
わたくしは彼らを送還しました。お爺さまやヘドヴィカたちと合流したらまた呼び出しましょう。





