第70話
ξ˚⊿˚)ξ本日4/6話目。
きゃーっ!
我が騎士が! ダヴィトが勝ちましたわ!
強い! 素敵! さすが我が騎士ですわ!
周囲からも殿方の野太い声で、うおおおと歓声が上がります。
ダヴィトは剣を天に掲げ、わたくしに勝利を捧げてくださり、そして膝をつきました。
きゃーっ⁉︎
いけません。死ぬような怪我は負っていないとは思いますが、あんな全精力を使い果たすような戦いをしていたのですもの。ダヴィトが倒れてもおかしくありませんわ。そしてあそこは敵味方入り混じる円陣の中央です。というか敵の方が圧倒的に多いのですから、攻撃を受けてしまえば大変です。
今はまだツォレルン軍も圧倒的強者であったマティアス殿下が倒れたことに衝撃を受け呆然としています。だからこちらが先手を取らねば。
「みなさん!」
高らかに声を上げます。
「我が騎士ダヴィトが敵将マティアスを討ち取りました! この戦、我々の勝利です! 勝鬨をあげよ!」
レドニーツェが勝者であり、ツォレルンが敗者であると認識させるのです。
わたくしの意志に従い、物言わぬ骸骨兵たちは骨の武器を掲げ、互いにぶつけ合って音を響かせました。
複合獣の描かれた紋章がわたくしの横で翻りました。
そして勝鬨が上がります。
しばしその声を響かせ、右手を上げてそれを止めます。
敵味方がわたくしに注目しています。
「敵残党を掃討せよ!」
そう言ってわたくしは手を正面に振り下ろしました。
えっ? という顔で左曲がりさんがこちらを見ます。
「さっき我が騎士が降伏など認めぬと言ったでしょう! あの平原を忘れましたか!」
骸骨兵たちが揃った動きでドン、と武器を地面に叩きつけます。
「い、いいえ閣下!」
閣下ではなく殿下ですが、まあ良いです。
「さあ、前進なさい!」
人数で言えばまだまだこちらが少数。ですがツォレルン軍は将を失い、士気が瓦解しているところに掃討戦と宣言されたのです。彼らはもはや逃げ惑う羊の群れに過ぎません。
わたくしはゆっくり、真っ直ぐダヴィトの元に歩いて行きます。
敵は逃走を始め、こちらの軍が追っているのです。ただ死体と篝火だけが残された空間に我が騎士の姿がありました。
「ダヴィト」
わたくしが声を掛ければ彼の顔が上がります。灰色の目がわたくしを捉え、慌てたような表情をされました。
「ああ、姫。申し訳ありません。ちょっと力が抜けてしまい」
彼は跪いたような姿勢となり、立ちあがろうとします。わたくしはそれをとどめました。
「我が騎士に捧げられた勝利、感謝いたしますわ」
「光栄です」
わたくしはちらりと地に倒れる黄金の鎧を見ました。
「わたくしの名誉を、八歳の時に損ねられたわたくしの名誉を取り戻してくれてありがとう」
「はっ」
懐から布を取り出すと、彼の顔に当てます。
汗と、土と、血に塗れた顔を拭って……拭って……血が広がっていくのはどうすれば。
「姫様、御手が傷ついています」
ああ、そうでした。先ほど右手を骨の馬車に叩きつけてしまったのでした。
ダヴィトは手甲を外すと、わたくしの右手を優しく取ります。
わたくしは左手に布を持ち替えて、彼の顔を拭いました。うん、素敵ですわ。かがみ込んで額に口付けを落とします。
「我が姫?」
「あ、あれです! 感謝の気持ちの顕れです! ほら、騎士の叙任の時もしましたし大丈夫ですわよね⁉︎」
何か勝手に身体が動いてしまいましたわ!
「そうですか」
ダヴィトは手に持ったわたくしの右手を軽く持ち上げると、指先に口付けを、次いで手の甲に口付けを落としました。
「くくく、口づけは触れるか振れないかくらいが礼儀ですわよ!」
明らかに唇の感触を感じましたわ!
「申し訳ありません、田舎者なので」
「嘘ですわ! 今まではそんなことしてませんでしたもの!」
さらにダヴィトはわたくしの手をひっくり返し、指の腹に口付けを、そして掌に、さらに手首に口付けを落とします。
「ひゃうっ」
「これは感謝と尊敬と敬愛と思慕と独占したいという気持ちの顕れです」
「多くありませんこと⁉︎」
「まだまだ足りませんが」
灰色の瞳が、炎の橙を宿してわたくしを見上げます。
「我が姫」
「ひゃいっ!」
「この戦果を以って、エーガーラントの地を貰いませんか? 俺と共に」
ん、んん?
まあ誰がなんと言おうとも、この戦の戦功の一位と二位はダヴィドとわたくしでしょうから、望めばそれくらいもらえるでしょうけども。
「姫がレドニーツェの王城に住まいたいなら勿論構いません。それでも俺は貴女の騎士として生涯仕え続けるでしょう」
わたくしは頷きます。
「ですが姫はそこから出てきたのです。ここにいるということは姫ではなくなり、苦労をおかけするでしょう。ですが」
わたくしの手を握る彼の手に力が篭ります。
「我が主ではなく、我が妻として共にいてはいただけないだろうか」