第7話
カイェターンお爺さまが仰りたいのは、かつてのわたくしは魔術など学んでいなくとも離れていた霊の声を聞き、存在を知覚していたということですわよね。
もちろん死霊魔術への適性が高い霊王である故ですが。それでも魔術を扱えるようになっている今のわたくしがこの距離の金貨一つ探せないはずがありましょうか。
否ですわ。
わたくしは目を瞑って深呼吸を一つ、体内の魔力に意識を集中すれば、この部屋におわす全ての霊たちの存在が感知できます。
霊、空気、石、骨、金属……。
「いけそうですわ」
わたくしはお爺さまの黒々とした眼窩を覗き込んで言います。彼は興味深そうに頷きました。手の中で四つの杯が踊り、伏せられます。
「どれじゃね?」
「金属探知:金……こちらです」
左端の杯を指します。お爺さまが杯を返せばそこには金貨が。
お爺さまが杯を伏せて混ぜます。
「もう一度行くぞ……どれじゃね?」
「金属探知:金……こちらです」
わたくしは右から二番目を指せばそこに金貨が。
「良いのう。では最後じゃ」
今までよりも素早く、激しい動きで杯が踊りました。目では追えないような速度です。
そして杯はぴたりと止まり、今まで同様に四つの杯が並びました。
「金属探知:金……お爺さまの左の袖の中です」
カイェターンお爺さまはゆっくりと骨だけの右手をローブの袖に入れて、抜き出しました。その人差し指と中指の間には金貨が輝いています。
「ひょひょ、見事じゃ」
わたくしはふう、と息を吐きました。
これでやっと四大属性の基礎を修めたと……。
「ヤロスラヴァ・レドニーツェ」
お爺さまが珍しくわたくしの名を愛称でなく呼びました。
彼に表情はありません。しかし普段と違い、居住まいを正した真剣な雰囲気です。わたくしも背筋を伸ばして答えます。
「はい」
「大魔道カイェターンの名において。汝を四大属性魔術の達人の位階に到達したことを認めよう」
「そんな! わたくしはまだ基礎魔術を修めただけの新参にすぎません!」
彼は肩を竦めてみせます。
「この霊廟がなぜ封印されていたと思うのだね。わしの魔力を封じるためぞ。この魔力封じの結界の中で基礎魔術が発動できる新参者がおるものか」
封印……?
「無論、汝はまだ上位の術式を知らぬ。だが、学べばすぐにでも扱えるようになろう。故に達人と認めるものである」
そういって拍手をされました。
カシャカシャと骨のぶつかる音が響きます。
「ひょひょ、スラヴァちゃん、おめでとう」
「……なぜ、そんな」
「ふむ。そうさな。これは仮の話だが……スラヴァちゃんが霊王の力を隠して生きたいと願った場合のためよ」
「力を隠して……」
カイェターンお爺さまがそう言った途端、周囲から強い圧を感じます。
この部屋の霊が一斉に集まってきたのでした。
彼らは何も口にすることなく、じっと責めるような意志をお爺さまに向けます。
「ええい、鬱陶しいですぞ!」
お爺さまは羽虫でも払うように手を振ります。
「現世において霊王が忌まれていることくらいあなたたちにも分かっているでしょうが!」
先ほどお爺さまが仰ったように、お爺さまを封印するためにこの霊廟が閉ざされたのだとしたら、ここにいる霊たちは全てお爺さまよりもさらにご先祖様ということになるのでしょう。
どことなくやりづらそうです。
「お爺さま、お婆さまたちは霊王の力を隠さずにいて欲しい様子ですが」
「当たり前じゃ、わしも、彼らも死者、声の届く生者が恋しいだけじゃ。だが、直近の魔王を名乗った者を含め、死者を操る者はとかく人の世では生き辛かろうよ」
なぜか笑みが浮かびます。
「わたくし、そもそも北の離宮から出ることが叶わぬ身でありますのに」
その笑みは霊であってもわたくしを大切に思ってくれる者がいるという喜びであり、そして不自由な身の上の諦念であったかもしれません。
しかしお爺さまは仰いました。
「良いか、スラヴァちゃんよ。人生は何が起こるかわからぬぞ。神授の儀の前に自分が幽閉されるなどと思っておらなんだろう?」
わたくしは頷きます。
「つまり、逆に人生が豊かになる転機もあるじゃろ。スラヴァちゃんが四大属性魔術を使うかどうかは自由じゃ。だがいざという時の為の備えはしておくべきじゃし、心構えは必要じゃ」
「お爺さまもそういった転機がございましたか?」
お爺さまはぴしゃりとご自身の頭を叩きます。乾いたコーンという音がしました。
「たくさんあったともよ。そもそもわしとて生前、屍王になるなどと思ったことはなかったわい。さ、そろそろ昼過ぎじゃ。従者が待ちぼうけしておるぞ」
わたくしは霊廟を辞去しました。
そしてその日の午後から、わたくしは人生が変わり始めたのです。