第66話
「きゃーっ!」
ダヴィトが、我が騎士がステキですわ!
城壁に飛び乗っては走りざまに剣を奮い、名乗りを上げられたのです。
「我こそ第三十八代黒騎士ダヴィト・フェダークなり! ツォレルンの騎士ども! 黒騎士の座を自国に取り戻したくば掛かってくるが良い!」
敵を畏怖させ、味方を鼓舞するのは騎士のあり様そのもの。そして自らが注目を集めることで、巨人の持つ馬車にいるわたくしから目を逸らさせるためのものでもありましょう。
巨人は城壁を瓦解させたことでその役割を果たしました。もう動けません。
魔術で治癒すれば再び動けるでしょうが、そのためには別の骸骨兵を大量に消費する必要がある。
それよりは今いる兵たちに戦ってもらった方が良い。そういうことでダヴィトたちと作戦の相談は済んでいます。
わたくしは多数の骸骨兵を従えていますが、わたくし自身に戦術や戦略、指揮官としての知識はありません。
ですので戦いは彼らに任せ、ただいざ必要な時に動けるように魔力を回復させるのみ。
ツォレルンの敵に気付かれぬよう息を潜めます。
……でも、ダヴィトの戦いが気になって窓をちょっと開けて覗いてしまうのです。
「きゃーっ!」
……暫くじっとしていましたが、大変です、ダヴィトが吹き飛ばされました。
その原因となった槍を投げて衝撃波を発生させた男。その名を聞いて心臓が握られるような痛みを感じました。
「マティアス・ツォレルン……」
わたくしが幽閉される原因となった帝国の皇子の名でした。
彼は一騎討ちを要求し、ダヴィトはそれを受けたのです。
「左曲がりぃ! 貴様らは死ぬ気で姫を護れ!」
「……りょ、了解でさあ!」
ダヴィトが叫びました。我が国の兵士たち、ダヴィトの部下であろう四十名ほどの方々がわたくしの馬車のそばに集まってきます。
ダヴィトがちらりとこちらを見ました。兜を脱ぎ捨てたお顔がこちらを見ます。この距離では、この暗さでは見えるはずがない灰色の瞳が、真っ直ぐにわたくしを見つめたように感じました。
「仕方ない人だ」
隠れていろと言われていたのに覗いていたことを、そう笑いながら咎めてくれたのが聞こえました。
そんなはずはないのに。
わたくしの顔に血が昇り、赤くなっていくのを感じます。それは、あの人の顔を見ることを、声を聞くことをわたくしが求めているからに他なりません。
まだ、出会ってほんの少しの時間しかたってないのに。
彼の存在がわたくしの中で大きくなりすぎているのです。
わたくしの手は自然と祈りの形に重ねられます。偉大なる神よ、どうか我が騎士に祝福を。彼に勝利の栄光を、そして彼が無事にわたくしの元へと戻ってきてくれますように。
「だ、大丈夫ですか?」
声が掛けられます。
「ええ。大丈夫ですわ。ええと、左曲がりさんでよろしいですか?」
咳き込む音が馬車の外で響きました。
左曲がりさん。面白いお名前ですわね。
「左曲がりさんはなにが左曲がりなのですか?」
「なにってそりゃあ、……ナニです」
「ナニってなあに?」
「ナニは……ナニです」
むう、答えては頂けないようです。質問を変えましょう。
「我が騎士ダヴィトは貴方たちから見てどのような人ですか?」
「……クソ強いです」
「馬鹿みたいに強くて厳しいですが……存外面倒見がいいっていうか」
「ついていけばなんとかしてくれる気がします」
「兄貴は最高です!」
口々に応えが返ります。
「怖がられるとダヴィト自身は言っていたけど」
「怖いけどクソ強いです」
「怖いけど面倒見がいいです」
「怖いけどなんとかしてくれます」
「怖いけど兄貴は最高です!」
ふふ、と思わず笑みが溢れます。
そうよね。ダヴィトについてきている兵士なのですもの。突然やってきた、わたくしの骸骨に恐れずついてきてくれるくらいに鍛えられているのだわ。
「姫様、始まりますぜ」
そう言って左曲がりさんは前を指さしました。
わたくしたちと骸骨、そしてツォレルンの兵たちが円形に広場の中央を空けています。
松明と篝火でぐるりと囲まれ、舞台のように明るくなっています。
そこに黄金の甲冑のマティアス皇子と、鉄の甲冑のダヴィトが向かい合います。共に兜は被らず素顔を晒した姿で、わたくしからは二人の横顔が見えました。
ダヴィトが両手に剣を携えているのを見て、マティアス皇子は控えている従者から、彼らが二人がかりで運んできた大剣を手にします。身の丈ほどもある巨大な剣を軽々と振れば風が巻き起こりました。
「臆さずやってきたか。改めて名乗ろう。余こそ"戦王"、マティアス・ツォレルンである」
その威風堂々とした姿に、溢れんばかりの覇気に湧き上がる歓声。
一方のダヴィトからはかつての王都での決闘や、先ほどまでの戦いのように威圧や殺気というものが感じられません。飄々と、涼やかさすら感じさせるような立ち姿です。
「では名乗ろう、我が名はダヴィト・フェダーク。黒騎士、"殺戮者"、そしてヤロスラヴァ姫の第一の騎士である」
––きゃーっ!
わたくしは身を捩ります。戦いが始まりました。